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釜山から時計回りで韓国を自転車で回った旅行記です。1500キロといっていますから、日本では広島から北海道の稚内までなるでしょう。日数は25日くらいです。
韓国人は個々では親切な人が多いのですが、教育の影響でしょうか、日帝の36年間の植民地政策を反省謝罪賠償しろ、慰安婦問題を謝罪賠償しろ、徴用工問題を謝罪賠償しろと一律に言ってきます。また独島は韓国のものだというのも型どおりです。前川仁之は1965年、日本と韓国は日韓基本条約を結び、8億ドルほどあたえ、そのかわり韓国は「日本に対する今後一切の請求権を放棄する」という取り決めをしているのだというと、大方のものがそのような金はもらっていないと答えています。この8億ドルは当時の韓国政府の予算の2倍くらいになり、現在に換算すると2兆5000億円にもなります。当時の日本と韓国の経済格差を考えると、20倍くらいあるのですから、韓国からしてみると50兆円ほどの価値があると思えます。それに何度も日本の首相は韓国に謝罪していると言っても、謝罪していないとか、謝罪しても誠意が感じられないと言っています。朴槿恵前大統領も千年も日本を恨むといっているくらいですから、70年ちょっとではその恨みも晴れないのでしょう。韓国の政治家は日本をバッシングすればするほど人気が出るというのですから、この方法はやめられません。最近韓国の学者が、徴用工はちゃんと給料をもらっていたし、慰安婦は儲けた金を親元に送金して立派な家を建てていたという内容の本を出すと、方々から脅迫を受けています。
これは朴泰赫の「醜い韓国人」に対して反論の書になっています。金容雲はハングル語の不自然さから、ソウルのいる朴泰赫は実在の人物ではなく、解説、翻訳者の加瀬英明が書いたものだと主張しています。
冒頭から歴史問題に触れ、
「日本人には普遍思想の規範の上に立つ経験体験を積み重ね上げた近代の歴史がいまだにつくられていなく、そのために日本民族の原初的な感情が濾過されていないことによる。それによって派生する社会教育の無秩序のためである」
過去朝鮮・韓国は日本に文明をもたらし、日本民族の野蛮性をたわめてやったのではあるが、この民族の好戦性格だけは何とも致しがたく、朝鮮は三国時代から、中世では倭寇、豊臣秀吉の二度にわたる侵略、そして最後挑戦を植民地にしたことを考えると、日本民族というものは、小賢しいけど大局を見る目が無く、上の者や先生に対して尊敬心がなく、反省心の欠片もない民族で、「恩を仇で返す」民族であろうということになります。
「日本は先進国から文化・技術を貪欲なほど吸収し、その収集過程のおいては先進国を学び姿勢を示すが、ひとたびある程度吸収し終えると、つぎはそれまで尊んできた先進国を「蛮人」扱いにする。朝鮮を「チョーセン、もしくはチョーシェン」、中国を「チャンコロ」、スペイン、ポルトガル、オランダを「南蛮」、アメリカ、イギリスを「鬼畜米英」と蔑むような言い方は最も良い例である」
「弱いものとあればすぐいじめるのが征服過程での日本人の原型に内在しているのかもしれない」
いわれれば、そういうところもあるかもしれません。私の小さい頃も、「チョウセン、チョウセン、ぱかにするな」とか「チャンコロ」などといっていました。今に至っても、学校でも会社でもいじめはたくさんあるようです。
広島長崎の原爆についても、シンガポールの特派員に言わせて、金容雲の気持ちを代弁させています。
「被爆されたかたにはほんとうに心苦しい言葉だけれど、僕は原爆投下は天罰だったと思う」
韓国人のほとんどがこう思っているのでしょう。人気のKポップの歌手が広島原爆ドームのTシャツを着ていて問題になりました。日本で稼いでいるのに、それはないだろうというのが日本人の思いですが、韓国人にしてみれば、少々稼がしてもらっても、この積年の恨みは晴れるものではないということなのでしょう。
バーヴェル・ミハイロヴィッチ・ジェロトケヴィッチは商人、公爵ダデシュカリアニは役人、ウェーベリ中佐、カルネイェフ大佐、ミハイロフ中尉、アリフタン中佐は軍人で、前者二人は1885年、ウェーベリ中佐は1889年、後者三人は1895年、乙未事変の年に来ています。乙未事変とは朝鮮の王妃・閔姫を日本の浪人たちが殺害した年です。
1876年日本は朝鮮と通商条約を結びました。それから日本の商人や軍隊がゾクゾクと進出します。それにしたがって朝鮮人の日本排斥の気運が高まります。当時の朝鮮の雰囲気をどの旅行記も伝えています。朝鮮人の中にはロシアの力を借りて日本人を朝鮮から追い出して欲しいと懇願するものもいたと書いています。おまけに朝鮮の王はロシア領事館に逃げ込んでしまいます。
軍人たちの旅行記は、各港の深度や各地の物産、それに道路の状況や地形などを記録しています。日本との戦争を考慮しているのでしょう。年間通して凍らない港は特に重要だったと思われます。
東学党の運動も激しくなり、それらの暴徒に囲まれて危ない目にあったということも記されています。
朝鮮王朝に軍人にサーベルを見させてくれと頼んだら、抜くのに時間がかかり、おまけにその剣はさび付いていたということです。給料も兵器の装備もカネがかけられない状況だったのでしょう。その分王族や両班たちが贅沢しすぎたということです。軍人以上に悲惨なのは庶民で、一切労働しない両班たちにむしりとられて、労働意欲すらなくなっています。おまけに占い師やら祈祷師やらがやたらに多く、それらからも無駄なゼニをむしりとられているということも記しています。
第一章から第三章までは難しくて何を言っているのか私にはわかりません。単に食べることをこのように難しくいわれると。胃がむかついて来ます。
特に工場で作る食品ですが、メーカーが宣伝するところの文句が「無限の妄想」をかきたてて、本当に食べていいのか悪いのか個人では判定ができなっているということらしい。機能食品などは直接的に目にきくとか、痛風にきくとか、願にきくとは言えません。ぼやかして、「血液さらさら」とか「全身に抵抗力」とか「プリン体と戦う」とかいって、いかにもそれらが病気に、直接的には言えないが、間接的にぼやかして、きくといったような文句を書き連ねています。我々の大半は科学的検証などできなくて、ただメーカーの都合のいい妄想を刺激されて買うようになります。これからも先、これがいいとかあれがいいとかテレビで宣伝されるでしょう。健康食品で大富豪になった女社長をテレビで見ましたが、広い億ションにブランドのバックや靴など何百も取り揃えていて、女性たちの脂肪とダイエット食品の交換でこれらのものが手に入ったのだろうと思うと、これらのバックや靴には女たちの脂肪がまとわりついていると思われて来ました。
康熙帝が清の基礎を作り、雍正帝が持続させ、乾隆帝煮なって清の国土が最大になり、嘉慶帝になって財産を食い潰したということになります。たとえ満州族の支配だといっても、この時代、中国最大の栄光ある時代だったのです。18世紀の中国は現在のアメリカ以上のものであったようです。世界から人が集まり、絹、瀬戸物、茶など持ち帰りましたが、世界からは中国が欲しがるものはなく、ただ銀だけがそれらの代価として流入して来ました。東大の入試問題にも出た明代後期の「一条鞕法」から清の「地丁銀制」の税制が変わっても、いずれにしても銀で支払わねばならなかったのです。19世紀になってイギリスが茶の購入で銀の流出を防ぐために、インドから麻薬を持ち込み、それによって銀を回収しました。アヘン戦争を起こし、香港を99年間も租借するような条約を強制したりします。このあたりから中国は張子のドラゴンとわかり、欧米列国、遅れて日本から虫食い状態にされます。現在の習近平は清の乾留帝になりたがっているのでしょう。南沙諸島も台湾も琉球(沖縄)もみな中国のものだと主張しているようです。