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『筆者の標榜する「文化の三角測量」の方法に従って・・・』と書かれていますが、「西アフリカ内陸サバンナ地帯のモシ社会」での、夜話と落語がどう「文化の三角測量」でつながっているのかよくわかりません。日本の昔話とよく似た話がモシ社会にでもあります。日本とアフリカは遠く離れているのだから、伝わったということではなく、人間は人種が違っても同じような考え方をするものだと川田順造は言っています。落語の起源がこういった昔話やなぞかけや駄洒落の類から出てきて、落語という精錬された形になったということで、モシ社会では夜の団欒に家族が集まって昔話をしゃべる段階にとどまっているということなのでしょうか。アフリカがもっと発展すると、面白い話をして生活できるような漫談家や落語家が出てくるのでしょう。文化の度合いというものは専門集団の数の度合いかもしれません。文化が高いということは専門家がたくさんいて何もかも分担してやっていく社会で、文化が低いということは何もかも自分ひとりでやらないといけない社会ということになります。川田にいう「文化の三角測量」とは専門性の多寡を測り、文化の度合いを推定することなのでしょうか?しかしながら文化人類学の大前提にはおのおのの社会が進んでいるか、おくれているかは言えないで、単に違いでしかないということですから、いくら専門家が他の社会よりも多くいるといっても、それが進んでいるとは言えません。そういう社会もあるということです。もちろん川田も文化が高い低いといっているわけではなく、日本では落語家がいて、アフリカのモシ社会では家族が笑い話に興じているということなのでしょう。
アレクサンドル・パラン・デュシャトレはパリ革命後一年目の1790年生まれで、1836年に死んでいます。父は会計検査院の判事ということで3万5千リ―ブルの年金をもらっていましたが、革命後うち切られ、彼は自活のために医学を学び、24歳でパリ大学の医学部の博士号を得ました。数年で開業医をやめ、公衆衛生の専門家になり、その一環としてこの売春婦に関する論文も出来上がったのです。
当時の売春婦は警察に登録されていて、娼家では一週間に一度の検査があり、病気の有無を調べていました。娼家以外のフリーの売春婦も警察に登録されているのですから定期的に診察が行われたのでしょう。アレクサンドル・パラン・デュシャトレは大いにこの警察の資料を活用しています。1万2千600人の売春婦の髪の毛の色、瞳の色、背の高さ、局部の状態、アヌスの状態、等々。日本で言えば江戸の末期ですから、さすがパリには日本人の売春婦はいなかった。髪の色では栗色が一番多く、瞳では灰色だそうで、中には赤の瞳もあります。背の高さの中央値は150~159で、今から見るとそう大きくはありません。局部の状態も激しく酷使するからといってとりわけ大きくもなく、いろいろあって一般女性とそうかわりはないということです。アヌスの状態も、こういったセックスは聖書では悪魔の仕業とされており、売春婦自体そうしたことはしていないと言い張り、検査してもはっきりしないということになっています。
梟商の梟はフクロウのことで、中国では悪強い鳥で、漢和辞典では梟臣というのが出ていて、「勢力のある悪臣」とあります。梟商とは大下の造語なのでしょう。古代ギリシャでは知恵を象徴しています。いづれにしても悪いかどうかはわかりませんが、賢い鳥なのでしょう。小佐野賢治も高等小学校出ですが、知能指数は高かったそうです。兵隊にとられても、出来損ないの兵士の振りをし、たくさん殴られましたが、前線から後方に回され、負傷兵の担架運びにされ、最後には病気の振りをして、広島の宇品の軍の病院に逃げ帰っています。それから軍隊に入る前にやっていた仕事、自動車の部品を売っていた会社の従業員をしていたということから、トラックで軍の物資を運ぶ会社を立ち上げます。軍のえらいさんに賄賂を贈り、事業を広げます。終戦間際新札を運んでいましたが、運んだ先に戦乱の混乱で相手が居らず、その金を猫糞します。その金で戦後、あちらこちらの土地を買い、バス会社を買ったりします。おまけに朝鮮戦争で米軍に取り入り、米軍の輸送の仕事も手に入れます。金がたまればたまるほど人脈も豊かになり、とうとう山梨の水飲み百姓のせがれが戦前では華族といわれた貴族のお嬢様と結婚するにまでいたります。この美しいお嬢様はさぞかし贅沢ができるだろうと思っていましたが、小佐野賢治は大のけちで、刺身を切って出したら、こう小佐野は言ったそうです。
「こう厚く刺身を切ったら金はたまらないよ」
おまけに寝るときは財布の中の金を勘定し、寝ている間に妻が財布から金を抜き取ることを用心していたといいます。この二人の間には子供は生まれませんでした。小佐野にとって華族の嫁と言う肩書きが欲しかったのでしょう。小佐野の体も病気で子供ができない体になっていたということです。
金があるとどうしたものか女が寄ってくるようであります。女優やスチュワーデス、銀座のクラブりえママ、りえママには株券で7000万円ほどつぎ込んだそうです。華族の妻英子への結納金は9000万円だそうで、変にけちなところがあると同時に妙に鷹揚なところもあるのです。
いづれにしてもどんな金持ちでも終わりは来るのです。1986年(昭和61年)亡くなります。69歳です。
キャバレーなどで働いていたバンドマンが、歌の下手くそな社長のために、彼の歌う速度に合わせた演奏をテープに録音し、バンドマンが実際にいなくても、そのテープで歌が歌えるというのが初っ端です。これを考え付いた男が井上大佑です。素人も歌いやすいようにキーを低くしたりして、こうしたものを何曲もテープに録音し、これらを夜の店、スナックやバーにリースしたのです。アメリカ大統領のクリントンも大のカラオケファンです。後続の会社がアメリカでこの形態をアメリカではやらせようとしましたが、時期早々ではやりませんでしたが、でもアジアでは大うけし、大発展を遂げます。とうとうカラオケが世界語になります。
井上大佑の起こした会社は最後にはつぶれますが、最初はテープ、次にディスク、CD,現在ではインターネット回線にドッキングしたものと、めまぐるしく変わり、商売の形態もリースあり、買取あり、通信情報料と刻々と変化していきました。どの世界も、最初先端を走っていたものが、いつの間にか最終ランナーになっていたということはよくあることです。井上大佑の弟がその会社を引き続いてやっていたのですが、時代の変化について行けず、最終的には大手に吸収されてしまいます。井上大佑がカラオケの特許を取っていれば今頃ビル・ゲイツのように大金持ちになっていただろうと思われますが、井上大佑が答えるのに、そのような大金があればほかのものに手を出し大失敗をしているだろう、みんなが平等に歌えるのがたのしいと。
アメリカの週刊誌「ライフ」にも「20世紀で最も影響力のあったアジア人の20人」という特集で、天皇と並んで出て、おまけにイグ・ノーベル賞ももらいます。井上大佑のような人がこれから先何百人も出てこないと日本の没落は防ぎきれないでしょう。
大下英治に期待するものは、週刊誌のトップ屋として隠蔽されたスキャンダルなことを暴き出し、鋭い切り口で糾弾するというものです。ところがこの本、「小説」と断って実在の人物のことを書いていますが、何かちょうちん記事のようにも思えてきます。主人公の千代の富士は怪我を克服し努力の人、先代の親方は弟子おもいで、九重親方は明るくてみんなから好かれ、相撲協会も何ら問題のない公明正大な公益財団法人であると。八百長問題、やくざとの関係、年寄株の問題、しごき、暴力の問題・・・など一切なしです。
千代の富士が引退したのは、若手の貴花田との初日の対戦で負けたことによります。ソップ型ですからアンコ型より長生きするだろうと思われましたが、引退から25年後2016年に亡くなっています。61歳です。
現在の相撲界は相変わらずモンゴル勢が強く、白鵬によってかつての偉大な日本人力士の記録をすべて破られています。もはや日本人から横綱が出てこないような気がします。力落ちた白鵬も次に出てくる有望な新人が出てこないものですから、引退しようにもできないのかもしれません。