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オドリコは1314年ヴェニスを出発し、行きは海路でホルムズ海峡からインド洋に出てインド、スマトラ島の淵を通り、スンダ海峡を通り抜け、ボルネオ島を大回りして、いまのヴェトナムにつき、それから中国の広東、海辺伝いに南京、1325年北京(当時ではカンバリク)についています。そこで3年間過ごし、今度は陸地を通りヴェニスまで帰っています。北京ではその3年間何度も王宮に招かれてその様子を記録しています。元の英宗、泰定帝の時代です。当時の北京はヴェニスが田舎に見えるくらいの、目も暗むような豪華さであったようです。
キリスト教の布教とはいえ、見ず知らずの国に単身で乗り込んでくる宣教師たちの心意気は見上げたものであります。他国の言葉も何とかマスターしていきます。通訳者もいたでしょうが、宗教のことで議論もしたりしています。なかには国王の肖像画に跪くことを拒否して焼き殺された宣教師もいます。宣教師たちは本国に派遣された国々の事情を手紙で知らせています。やがてこのようなことで、大航海時代宣教師たちは植民地獲得の手先であるように思われたのでしょう。
オドリコが広東に着いたとき、小人国があるといううわさを書き付けています。大きなメロンから人間の子供が産まれるとか、ある国では美人が多いとも、見たこと、聞いたことを書いています。
2015年の地点で、アップルの時価総額は91兆円、グーグルは44兆円だそうです。パナソニック、ソニーなどのそれは3.5兆円くらいしかありません。こうなってはいくら日本の企業が高性能なものを作っても、世界に拡散することはありません。アップルとグーグルとかの仕様形式に合わないと、もはや世界に通用することはないのです。残念ながら日本の企業はこれらの下請けになって生き延びるしかないようです。ところが、未だに日本の大企業は相変わらずガラパゴス製品を作っていて、時代の変化についていけないと解説しています。今からはもう一度「中世」に戻って、大規模工業から「家内工業」になり、3Dプリンターなど駆使して自分の好きなものを作っていくような時代になるということです。これが「メーカームーブメント」といわれるものであり、資金がなくても、「技術革新によってモノを作って世に出すことができるようになった」いうことです。その際たるものがアップル携帯のアプリを作ることでしょう。
これも自己啓発本でしょう。自己啓発本を何本も読むとアホになると言われています。生き方や自分のあり方をいろいろ教えてくれるのですが、作者ごとに食い違っているのですから、何冊も読むと頭がおかしくなるということです。何ら根拠も無く、作者の信念だけで書かれているのですから、覚めた目で読む必要があります。
「まねも5回変形させれば、原形をも凌ぐオリジナルになる」
映画「スターウォーズ」を5回変形したストーリーを例題として出しています。私のように70歳を過ぎると、どんな物語も馬鹿らしく思えてきます。物語は全てそうですが男と女が絡み合い、それも突き詰めてみると性欲ゆえであり、本能に従う人間ばかりです。これらの物語にはもはやこれっぽっちもオリジナル的なものはないのです。でも人間が若いと、幻想したがるのでしょう。何かそこに素晴らしいものが潜んでいると妄想したがるのでしょう。若いうちから、ブッタの教えを説くことは酷かもしれません。そこには何もないからです。すべて「空」です。
またシュールレアリズム時代の詩句、「ミシンと蝙蝠傘との解剖台の偶然の出会い」(ロートレアモン)を例に出して、異質なものの組み合わせがアイデアになるといったこと書いています。このようなことから技術者は新しい製品に作くるにあたって、「ミシンと蝙蝠傘」を同居させるようなものを考えさせられているようです。私も考えてみたのですが、「ミシンと蝙蝠傘」が同居したものを想像することはできませんでした。頭が固くなっているのでしょう。
この本の出版が2015年で、2020年のオリンピックには5Gの世界が日本では実現できていると書いています。
いろいろな図形やグラフなどが載っていますが、何を言っているのかさっぱりわかりません。2G,3Gそして5Gになるのですから、容量が増えたり、速度が増すということはなんとなくわかりますが、その反対に遅延性とか言われると、退化しているのではないかと思ってしまいます。
2020年には自動運転ができ、人間は車に乗ってスマホをいじっているだけでいいようになるようです。家の鍵も冷蔵庫も冷房器もみなコンピュータとつながり、独身者だと、寒い冬に家に帰ってきても、ちゃんと暖房がきいていて、ひとり住まいの侘しさを感じないでもいいようになるそうです。ここでは書かれていませんが、セックスも大いにかわってくるでしょう。AIが組み込まれた人形で、あなたの心臓の鼓動や、発刊や息遣いからあなたの心理状態を汲み取り、あなたが欲するような姿態をとってくれたり、あなたをリラックスさせる言葉をいいタイミングでかけたりするでしょう。こうなると生身の旦那や妻は鬱陶しくなり、自分の好みの顔や体に整形したAIチップの人形が、彼や彼女を慰めてくれるようになるでしょう。
「アレクサ、裸になって私のベットに来て」
と、言うと、筋骨隆々のAIチップのロボットが完璧な仕事をし、これによって熟睡でき、明日の朝にはすっきりとした気分で目覚めるでしょう。
1819年(文政2年)薩摩藩士3人と、その従士、船員合わせて28人が永良部島から鹿児島に帰る途中、しけにあって、朝鮮半島の庇仁県馬梁に流れつき、それから日本に送り返されたことがありました。この間の事情を克明に記録した安田喜藤太の日記があり、これを基にしてこの本は書かれています。安田喜藤太は絵心もあり、何枚かの絵を残しています。藩士の一人・川上彦十郎は帰還する前、釜山で亡くなっています。雨水を飲んで大方が下痢をしたというところから、川上彦十郎はとくにひどかったのでしょう。回復することなく死に、釜山に埋葬されました。一番くらいの高い武士・日高与一左衛門も病気がちで、折衝に当たったのは安田喜藤太です。朝鮮語はできないので、筆談、漢文で挑戦官吏と交渉しています。おおむね交渉は友好的に行なわれましたが、朝鮮側は豊臣秀吉の朝鮮出兵にこりているのでしょう、病気の川上彦十郎を上陸さしてそこで看病して欲しいと願っても許されませんでした。浸水した船の中ですから病状が回復するわけがありません。朝鮮もいろいろな薬効を与えてくれるのですが、帰還前に死んでしまいます。
朝鮮の下っ端役人が日高与一左衛門の槍の紙のカバーを破った時、従者の一人が薪でその役人を殴りました。カバーを破った朝鮮役人が悪いということで日本の従者にはお咎めなしです。朝鮮人が船にあったものを盗んで捕まりましたが、その者は棒で尻や背中を叩かれたと書いています。
安田喜藤太は漢詩もできるので、朝鮮役人との漢詩の交換もしています。
現在の韓国の状況を見ると、日本の女子の旅行者が韓国男に暴行を受けたように、薩摩藩士も現在では、ひどい目に会うかもしれません。韓国がやっているように、その日本の女子も韓国に倣って韓国のその男に対して「謝罪」を要求すべきでしょう。それも一回ぽっきりではなく、何度も何度も「一千年」も、それに賠償金と慰謝料を要求し、それらがかなえられたとしても、何かに付けて思い出し、蒸し返し、「謝罪」と「金銭」を要求し続けないとバランスが取れないと思われます。まあこれは冗談ですが、そういう気持ちになるような現在の日韓の状況です。