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P.ゴールドスタイン J・スタインバーグが書いたものはアメリカで出せないので、宇野正美訳で日本で出した本ということです。ADL(ユダヤ名誉毀損防止連盟)のにらみがあって、このような本は出せないようです。イスラエルの諜報機関モサドの課員によって爆弾を仕掛けられる可能性があるようです。ADLのメンバーにはユダヤの大資本のとユダヤのがギャング、メイヤー・ランスキーがドッキングしたようなものです。メイヤー・ランスキーはラスベガスで賭博で儲け、ハリウッドに投資し映画産業も興した人です。ユダヤ大資本はアメリカのマスメディアを支配し、ユダヤのギャングは映画を支配しているのです。
この前、イチローが一年間のブランクを経て、日本で開幕戦に出場しましたがノーヒットで引退に追い込まれました。いくら天才といっても一年間も実戦に出なければ成果は出てきません。これがアメリカのやり方です。人を潰すには、仕事をさせないことにすることです。まさしくユダヤの大資本が現在日本に仕掛けていることです。グローバリズムの邁進で、物造りはもう古い、金融社会の訪れで、投資(バクチ)がメインになる社会が来ると言っています。これは物造りでコツコツ溜めた日本の資金をラスベガスで散財させようという算段です。やがて日本もユダヤ資本にのせられて、物造りをしないで賭博に明け暮れると、やがてイチローのようにヒットが打てなくなったように、日本の物造りの能力がなくなってしまい、欧米を脅かすことがなくなり、彼らは安心して眠ることができるようになるのです。
旧約聖書のエゼキエル書38章、「主の言葉われにのぞみて言ふ。人の子よ、ロシ、メセク、およびトバルの君たるマゴクの地の王ゴグに汝の面をむけこれに向かいて予言し、言ふべし」となっていて、ロシとはロシアのことで、トルコやイランやエチオピアの民族が連合してイスラエルを攻めてくるだろうという予言です。これをイスラエルの大艱難時代といい、神の介入にこれらの軍隊は一興に壊滅するという予言です。世界の歴史は聖書の予言通りになっているという考えは、キリスト教徒でもなくユダヤ教徒でもない人でも持っています。まさしく現在ロシアはシリアに軍隊を派遣しミサイルなど盛んに撃っていますが、これがやがてイスラエルに向かうのでしょうか。
宇野正美によると「クラブ・オブ・アイルズ」というものがあり、これはヨーロッパの王家のグループで、そのバックボーンにはロスチャイルド家がいて、グローバリゼーションを目指しています。「自由、平等、博愛」を標榜していますが、それは自分の身内の中だけで、グループ以外のものにはそんなものはありません。自分たちのグループがどこの国でも自由に儲けることができ、他国人であっても自国人と平等に扱ってもらい、博愛とはその国で儲けた金をその国に還元しないで、自分の身内にだけ還元することで博愛の精神を成就さしているのです。だからこのグループは愛国心と民族愛を最も嫌うそうです。トランプがマスコミからバッシングを受けるのは、ロスチャイルドがロイターをつくったように、マスコミはユダヤ資本が牛耳っているからです。トランプもある程度ユダヤ資本に迎合しないといけないのでしょう。今日のニュースでもイスラエルのゴラン高原の占拠をトランプが容認したということがありました。
一粒で二度おいしいという菓子のコマーシャルがありますが、一度見た映画を、また解説されると、このような見方もあるのかと驚かせます。「ローマの休日」では、オードリ・ヘップバーンの清楚さに見とれるだけだったのが、通過儀礼であると解説されると、わがままな王女が一人の女性になったのかと思い、ストーリーの各場面が少女から大人の女性へと変化していく風に見えてきます。オードリ・ヘップバーンは第二次世界大戦でオランダにいて飢餓を体験しています。このときの栄養失調がスリムな体型をつくったのでしょう。戦場でなかったアメリカの地のマリリン・モンローとは対極にいる女優です。
「スタンド・バイ・ミー」では少年が大人になる映画です。この映画音楽の歌詞がなかなかいいものです。
「もし僕らの上に広がる空が崩れて落ちてきたら、それか山や海にくずれてくるとしても・・・」
この歌詞は聖書の影響があると思われます。またエディット・ピアフの「愛の賛歌」から盗んできたものでしょう。
「たとえ空が落ちて、大地が崩れても、怖くわないのよ、あなたがいれば」
両方とも終末論に根ざしているのかもしれません。終末になると天が割れて、義人だけが天国に召し上げられ、不信心者には地獄に落とされるということで、スタンド・バイ・ミーも愛の賛歌の「あなた」は神のことを言っているのでしょう。ハリウッド映画はユダヤ人が興したものであり、旧約新約聖書の影響をまぬがれないものです。旧約のカインとアベルと神の物語は、ハリウッド映画では父親への相克となります。父親を乗り越え、その後で和解に達するというドラマ仕立てになっているのです。反対に日本の映画「寅さん」では乗り越える父=厳しい神がいないので、絶えず通過儀礼に失敗し、成長はしないのですが、晩年の寅さんのように「幅のある」というか「渋みが」あるというか、近づきがたい神へのイメージではなく、おべべでも着させてあげたい、そこらに転がっているお地蔵さんという感じでしょうか。寅さんもセリフで「徐々に変わるんだよ。いっぺんに変わったら体に悪いじゃないかよ」
一神教はとかく世界に災いをもたらします。寅さんのようにぬるい方が平和に暮らせるような気がしています。
タルムードとは旧約聖書を読み込んで注釈し、その注釈をまた注釈し、それが何百年間も続き、現在でも原典に帰ったり注釈に戻ったりして、ユダヤ人にとっては自分のよりどころとなるものです。タルムードは窓枠であり、その窓を通して世界を見ることになります。枠がないと森羅万象で何もかもあるのですが何も見えてきません。フォーカスするためには窓枠がないとできないのです。これで精神の集中ができて、世界で放浪しても生きつづけることができたのでしょう。
単に物知りだけではタルムードの先生になれません。
「推論や論理付けの基礎となる理論や学問を理解し、研究の方法を理解することに重点がおかれた。」
ユダヤ人はどこに行ってもユダヤ教学院を作ります。日露戦争で日本に融資してくれたジェイコブ・シフも出エジプトの記念日にはホテルで静かにお祈りをささげています。
ユダヤ教とキリスト教の違いは「原罪」にあるようです。キリスト教徒は原罪のゆえに何もできなくただ神にすがるほかないようですが、ユダヤ教はたとえ原罪があっても「神が未完のまま終えたということを人間に完成させたいと思われた」と考え、「神とともに創造の業を為す同労者」ということで、あくまでも努力し、運命に翻弄されない人間になろうと考えるようです。
BC3000年からいからメソポタミや文明で文字が使われたということで、文字で記録された現在までの歴史が5000年ということです。もちろん文字の無い歴史もそれ以前からあり、出土品や遺跡などから歴史を推測していましたが、文字ができたことによって、より明確にその時代の様子がわかってきたのではないかということです。
今もそうですが、シリアあたりは3000年前から民族同士の戦いで、絶えず戦火にさらされていたということがわかります。やはり陸続きで移動がたやすいことが原因です。シリアだけではなくユーラシア大陸全体が陸続きなのですから、人間出会うと戦いになるようです。チンパンジーもそうですが、好戦的な遺伝子は人間になっても進化しておらず、かえってますます好戦的な遺伝子を強化しているようです。その点海に隔てられた日本の縄文人はのんびりと暮らしているような感じもします。大陸から人が来ますが、船で来るのですから、一挙に何万人と来て征服することは無く、戦いはあっても小規模なもので徐々に融和して来ています。
日本が文献に始めて出たのは3,4世紀のことで、中国の「魏志東夷伝倭人」で邪馬台国の卑弥呼が使節を送ったと書かれています。日本が漢字を借りて日本の正史を書き始めたのは7世紀頃で、出口治明よるとこの頃の日本は明治時代の鹿鳴館のようなことをやっていると言っています。先進国中国に馬鹿にされないために、法律をつくったり、階級を定めたり、日本の歴史書をつくったりして、とうとう聖徳太子の「日出る処の天子、書を、日没する処の天子に致す」と大見得を切ったりします。
21世紀の現在、もはや海で隔てられているメリットは、ミサイルとかドローンとかでなくなり、これから先日本はどう生きていくのがいいのかよくわからない状態です。この本ではキケロの言葉を引用しています。
「自分が生まれる前のことについて、無知でいることは、ずっと子供のままでいることだ」
13世紀までのこの前巻であるこの本を見ると、何と多くの殺戮が満ち溢れているかがわかります。もはやここに至っては攻撃遺伝子を改変するしかないようです。それかオスをなくしてしまうかです。