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フリッピンのホステスさんが日本人の男はウンコ臭いと言っています。味噌や納豆、漬物など発酵食品を食べているせいかもしれません。しかしフリッピンのホステスさんは店の前を通るだけでも香水がにおってきますので、香水をつけていないときは、強烈な臭いを持っているのではないかと思ったりします。やっかいなのは、どの人も自分の発する臭いはわからないということです。日本人は他の国の人々と比べて、体臭は無いと思っていましたが、そうでもなさそうです。特に口臭は人前でのキスの習慣がないものですから、悪臭を発する日本人が多いと言っています。悪臭は単に悪臭で終わらないもので、その人の健康までも関わってきます。対人関係で不愉快な思いをさせるだけではなく、自らの体も不愉快になっているかもしれないのです。
歯磨きも食べた後すぐ歯磨きをしても意味がないといっています。私はそうしていましたが、これからは眠る前と朝起きた時にやるようにかえていきます。
「においは、大脳辺縁系にとっては本能的だが、大脳新皮質にとっては社会的なものと言える」
韓国に旅行に行ったとき、空気に何かにおうような気がしましたが、今、韓国最高裁が徴用工の判決を出した時、何と韓国人は執念深く、臭い人間なのかと思ったりします。多分これは、大脳辺縁系に残っていた韓国の空気の印象の記憶が、この判決の結果、大脳新皮質に移行し、韓国人に対する反発になったのでしょう。
英語のタイトルが、「phishing for phools」で、解説には、phishingは「一般に使われる用語」とあり、phoolsはfoolの意味で、著者の造語であるといっています。私の英語辞書には、phishing、phoolsも載っていません。「fishing for fools」(ばか者を釣り上げる釣り)となるのでしょうが、やはりノーベル賞をとる人の言葉遣いは少し違っているようです。
自由主義経済とは、スーパーマーケットのレジ列と同じようなものだという「物語」があります。すなわち、レジ台が何台も並んでいると、人々はすいたほうに行って、混雑が緩和されて円滑に経済がながれるということです。そこに「見えざる手」が働いて、「選択の自由を与えさえすれば、この世の天国が到来し、既存のテクノロジーや人間の能力や所得配分に基づいて最もエデンの園近いものが実現する」といった趣旨の物語です。でもこの両ノーベル受賞者は、この物語には「諸刃の剣」があって、聡い者が愚か者を食い物にする自由市場にもなるということがたびたび起こり、やはり何らかの規制をかけないといけないと言っています。と、同時に、「釣りは、釣り師にとって利益になるけれども、カモには利益にならない決断を」させる、この自由経済の裏面の部分を、「人々が自分自身に言い聞かせる物語」を通して、つまりfishingの事例を解読し、それらに釣られないようにすることが必要だと言っています。
インターネットでもフィッシングといって、カモを釣り、詐欺を行なっています。このルアー釣りも、生きた餌をつけるわけでもなく、小魚に模したプラスティックを食いつかせます。魚にとって踏んだり蹴ったりの話です。生餌で釣られたのなら、魚生の最後、いいものを食わしてもらったという、感謝の念を持って、往生をさしてもらいますが、食いついたら食えないプラスティックというなら、魚生の最後としては、悔いても悔いても魚心としては収まりのつかないことになるでしょう。
陸釣り、船釣りと大きく分かれますが、陸釣りには魚だけでなく、女性を釣ることも含まれています。魚にもすれた魚もいるそうで、ルアー釣りでもプラスティクの疑似餌をまるで生きているように竿を動かさないと、食いつかないということです。むかし、航空会社の機長の格好をした男が何人もの女性を結婚詐欺で、カネや肉体を掠め取ったという事件がありましたが、いまやそのようなことでは女性はひっかからないでしょう。反対に女性が男性を釣る時代になっているようです。この前のドラフト会議で、高校の球児たちが各球団にノミネートされましたが、各球団の二軍の寄宿舎の前には多くの女性たちがたむろしているという話です。これら純真な選手たちが、すれた女性に唾を付けられて、楽しい思いをさしてもらい、練習に身が入らなくなり、以後鳴かず飛ばずの成績でいつの間にかいなくなったという話はよくききます。ただの女性ほど男性をスポイルさせるものはありません。それなりの男になるには、高い障壁が男の前には必要です。昔はそれをイニシエーション=通過儀礼と呼ばれていましたが、いまや少子化の時代、高い障壁で男を選別する時代ではなくなっているのかもしれません。環境ホルモンの影響で男性の精子の数も少なくなっているようですから、この弱弱しい精子でも、不妊治療では使おうとしています。かつては一番元気のいい精子しか卵に入り込めなかったが、今では、弱弱しい精子でもピンセットの道具のお陰で入り込めるようになっています。世の中強い男ばかりがいてもいいというものではありませんが、そうかといって高い障壁をほとんど越えられないという男ばかりでも困りものです。
タイトルの「犬に学ぶ仕事術」とは、普通の犬は毎日働いているわけでなく、毎日飼い主と遊んでいるのですから、人間も犬に習って仕事を遊びやゲームに変えなさいということを言っているようです。まことに結構な話ではありますが、果たしてこれで会社や社会が成り立つのかは、私にはよくわかりません。楽しく仕事をする事例を出しています。パーティをするとか、プレゼントをするとか、・・・いろいろ書いていますが、仕事と遊びの垣根が取り外されてしまうと、仕事の後のあの開放感はなくなってしまいます。仕事、遊び、仕事、遊びとリズミカルに繰り返すことこそ、メリハリができて、人生を乗り切っていけるのではないかと思いますが、毎日遊びばかりでは、かえってこれば重みになって退屈するだけでしょう。時たまアメリカの学者はこのような能天気なことをシャーシャーという人がいます。グーグルの職場ではスケートボードに乗って社内を走り回っているようですが、生産性が高いということで、遊ぶということは生産性が高いのかもしれません。グーグルでは遊びが仕事になり、一日中、休んでいる時も遊びを考えない時間は無いということで、これでは生産性も上がるはずです。ある面グーグルの仕事のあり方は、日本版の仕事のやり方の裏返しです。日本では長時間会社にへばりついて、苦い顔をして仕事をしていますが、グーグルも長時間楽しそうな顔を作りながら、遊びを考え出さないといけないのでしょう。
アメリカのフットボールの有名な黒人の選手シンプソンが白人の妻とその妻の男友達を殺した容疑の刑事裁判で、アメリカ有数の弁護士をそろえ、無罪を勝ち取ったということがありました。その一年後の、その男友達の両親と殺された妻の両親が起こした民事裁判では、シンプソンを負けて、賠償金と慰謝料をとられています。
テレビニュースで、シンプソンの車がパトカーに後をつけられて、逃げている様子が放映されていました。遠くはなれた日本から見ても、シンプソンの犯行で間違いないと思われました。ところが裁判になると、コクラン弁護士が「人種カード」を使い、とてつも真っ黒いシンプソンを真っ白にしてしまいます。「人種カード」とは、シンプソン邸で見つけた片割れの血まみれの手袋を発見した警察官マーク・ファーマンが裁判の宣誓で、黒人に対して差別意識を持っておらず、ニガーといったおぼえもないと宣言しましたが、刑事物の脚本を書いていた女性のインタビューで、マーク・ファーマンは「異人種間の結婚は我慢ならない。やつらを引っ張ってきて、豚箱にぶちこんでやる。世界中のニガーは十把一絡にして焼き殺してやりたい」というビデオテープが出てきて、彼の嘘がばれます。このことによって、マーク・ファーマンが発見した片手の手袋は証拠としての価値を失い、しいては裁判そのものも逆転してしまいます。
刑事裁判も民事裁判も裁判官は日系の二世です。白人や黒人の裁判官では公平に欠くと思われたのでしょう。しかし刑事裁判の陪臣員は黒人が多数で、民事裁判では黒人は一人であとはすべて白人でした。どこの国でも人種は悩みの種です。トランプのアメリカファーストは白人ファーストであり、ブラジルでも白人ファーストのボルソナロが大統領に選出され、ドイツではメルケルの移民政策に反対する党が躍進しています。植民地時代から白人は悪の権化といわれ続けてきましたが、今ここに至って、白人たちの巻き返しが起こっているようです。こうした世界の潮流に対して黄色い私たちは、大岡越前守になり、「三方一両損」を唱えるしかないようです。損をしてもらうのは黄色い代表として中国にやってもらいたいものです。