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戦前から戦後にかけて、ベトナムの王子クォン・デがいたということをこの本ではじめて知りました。インドのボースや中国の孫文と同じく、自国の植民地からの独立を日本の手を借りてやろうとしたのです。犬養毅の援助を受けていたのですが、犬養は軍部に殺され、日本も敗戦し、戦後は荻窪の貸家に逼迫していました。ベトナムに帰国しようとしたのですが、宗主国のフランスが許可しません。仕方なく日本に戻り、69歳で亡くなっています。ベトナムでは中国で訓練を受けたホーチミンが戻り、フランスを追い出し、アメリカをも負かしたのは歴史で見たとおりです。ホーチミンと対決した南ベトナムのゴ・ディン・ジエムは貴族であり、クォン・デがもしベトナムに戻っていたら、クォン・デが大統領になっていたでしょう。しかしいずれにしてもベトコンに負かされるのですから、ベトナムで銃殺されるよりは日本で死んだほうがよかったかもしれません。ゴ・ディン・ジエムと彼の弟はCIAに意向によってクーデターで殺されています。ゴ・ディン・ジエムの弟の嫁マダム・ヌーが焼身自殺をする僧侶を「あんなものは単なる人間バーベキューよ」と発言しているのをテレビで見ました。このようなことを言ってはまずいだろうと思いましたが、案の定、大統領兄弟は殺され、マダム・ヌーも海外に逃亡しています。チャウシェスクのように夫婦ともども銃殺されるより、まだマシだったといえるでしょう。
広島県三原市本郷町の山奥の農家の倅が、西日本や九州にキャバレーのチェーン店を76店舗も作り、年商160億円もなったという話です。ここまで成功したのなら、なぜ東京に向かわなかったと聞きたいものです。それに対して森川孝人はこう答えています。
「百姓のセガレで学歴も無く、田舎者が都会に出て勝てるわけがない。私は自分の分というものを知っている。それを忘れてうっかり関西か東京にでも店を出したら、すごいなと言われるかもしれませんが、分をわきまえず、都会の海千山千の連中の前に潰される。自分の分を知り尽くしているので、分を超えなかったことが、多少なりとも成功した要因だと思う」
やはり成功する人は己を知っているということになります。まさしく孫子に言っていることと同じです。
「彼を知り己を知れば百戦危うからず。彼を知らずして己を知れば、一勝一敗す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず危うし」
それなりに社会で成功している人は、実業を通してしかりとした教養を身につけているということがわかります。
このような風俗業界での不適格者は、「女に目が無い」、「金遣いがだらしない」、「約束をキチンと守らない」ということですが、これは風俗業界でなくてもこのような男はどの業界でも成功しないでしょう。それにもう一つ、この業界で通用しない男は「酒好き」というのも付け加わります。スタンドのママやマスターも50歳くらいになると、みな肝臓をやられて、病院通いになっている人が多い。職業病だといっても好きで飲んでいると、症状も激しい。
今も昔も、女性が離婚して、手っ取り早くカネを稼ぐには水商売しかないようです。千尋さんも職を転々とする亭主に愛想を尽かし離婚しています。二人の子供を抱え、実家にもどっていきます。はじめ川口のキャバレーに勤めましたが、そこが潰れ、隣駅の赤羽のキャバレーにかわります。そこで最古参のホステスになっています。小さな子供も大人になり、結婚し、子までもうけていますから、孫もいるホステスさんということになります。この本の出版は2002年ですから、あれから16年、もはやホステスさんをやっていないでしょう。赤羽キャバレーもないかもしれません。それにしても、このように長く、ほとんど休み無く続いてきたということは、千尋さんはよほどキャバレーという業態に相性があったのでしょう。激しくお触りする客に対して、その客の小指をしっかりと握っておくと、お触りができなくなるといったテクニックを公開しています。厭な客も多いでしょう。最も嫌がれる客は、俺は○○という有名人の知り合いだといって威張る客だそうです。そう言う者にかぎって、無銭飲食し、警察に調べてもらうと、その有名人の友達の友達だということになります。会社のカネをちょろまかして飲んでいた客もいて、千尋さんもその共犯者にされ、結局500万円ほど支払っています。客から高価なプレゼントをもらうのも考え物だとわかります。私の店に来るホステスの話によりと、いつもいつも高い下着をプレゼントした客がいたそうです。これは盗品で、このホステスさんも警察に呼び出され、すべて証拠品として押収されたそうです。この下着窃盗男の最後は、下着店の二階から飛び降り、足を骨折して捕まったそうです。
第二次世界大戦でアメリカに負けたけど、その後経済ではアメリカを負かしたと思っていた時期がありました。日本がバブルで浮かれていた時期です。三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンタービルを買ったり、ソーニーがアメリカの映画会社を買収したりしていました。おまけに石原慎太郎が「NOと言える日本」という本を出したりして、アメリカなにするものぞと思いあがっていた時期です。アメリカでは日本車をハンマーで叩き割ったりしていました。円高を強制し、スーパー301条をちらつかせて、日本からの輸入を制限し、日本への輸出の緩和を大幅に求めていました。まるで今のアメリカと中国と一緒の構図です。ただし日本とは違って中国は対抗処置をとっています。その頃の日本はマハラジャでボディコンの女たちがお立ち台で踊り、緊張の弛緩した顔をもった日本の経済戦士が下からスカートの中をのぞみこもうとしていました。その頃アメリカは日本の異質論を唱えながら、自国の産業をIT産業や金融産業に切り替えていきます。反対に日本はバブルが崩壊し、その後20年もその後遺症が続きます。バブルの時期、資金が潤沢な時、アメリカと同じように新しい産業を開発すべきだったのに、土地神話の影響で土地を買ったり、ビルを買ったり、ゴルフ場を作ったり、アメリカの国債を買ったりしていました。これらがすべてだめになり、後にアメリカの金融会社が行き詰まった銀行などを安く買い叩きます。第二回目の敗戦です。
日本が驕り高ぶった時期に、大森とパッカードが対話し、パッカードは貿易で得た利益をアメリカの地方債を買ったらどうかと提案しています。これも日本をなめてかかっているものの一つです。現在中国にこのようなことは言えないでしょう。今の中国はアメリカの国債を売り払うと脅しています。石原慎太郎のNOだけで大バッシングを受けています。日本が持っているアメリカの国債は塩漬けされて、売ることもできません。一基あたり1000億円もするイージス・ジョアも買わされそうです。これらの流れを見ると、どうも指導者の質の違いにあるような気がしてきます。補助金の見返りに自分の息子の試験の点数をかさ上げにしてもらった文部省の高官がいまだにいるようでは、日本は永遠にアメリカを負かすことはできないでしょう。
トルストイの言葉に幸福は一様だが不幸にはバライティーがあるというものがあります。この言葉は会社にも適用できそうです。倒産する会社はいろいろな状況があるということです。時代の流れでどうにもならんときもあります。為替などその際たるものでしょう。生活が変わってその商品が必要ではなくなるときもあります。呉服店など大方潰れているのではないでしょうか。老舗の会社も二代、三代と重なると、甘ちゃんのボンボンが出てきて潰れたりします。一代で築いても、急激な拡大で足をすくわれることもあり、そのワンマンさがギャンブルにのめり込み、あっという間に身上を潰したりします。いくらアメリカでMBA(経営学修士号)をとろうとも、潰れる時は潰れるのであり、いくら頭がいいといっても、どうにもならんときがあるのです。株式会社でなくても、個人商店でもあっという間に潰れます。ぼんくら二代目の私の店も、あと数年で、潰れるでしょう。格好よく言えば後継者がいないことですが、本当は時代からかけ離れている商売をしているから、今現在も潰れているといわれれば、そうなのかもしれません。欲望少なく生きていますから、経費がかからないだけで、なんとか格好がついているのでしょう。急激な変化は老人の体と精神には悪いことであり、ジリ貧ながら、じわじわと衰退し、いつの日か平穏な死に向かってソフトランディングしたいだけです。