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これもいまはやりの糖質制限の流れに沿った本です。20万年の人類史、ほとんど餓えていたので、人類の体は食べられる時には食べて、少しでもエネルギーを体内に保存しておこうという策略をとりました。それが今、餓えることも無く十分に食料があるにもかかわらず、体は昔の習性を忘れないで、必要以上に食べすぎている状態になっていて、それが現在の人類の病気の原因になっているという話です。アメリカナイズされたところでは、肥満者が続出しています。コーラとハンバーグの飲みすぎ、食いすぎです。これら清涼飲料水には角砂糖何十個分もの砂糖が入っています。パンも炭水化物で、炭水化物の摂りすぎで、血糖値の急激な上がり下がりが病気のもとになっているのです。血糖値の乱高下が、「太る>老ける>病む」のサイクルを作っているというのです。
要はこれら清涼飲料水とか缶コーヒーとか、コンビニにあるようなものは一切口につけないようにしないと病気になるといっています。コンビニの弁当、おにぎり、すべて添加剤がまぶされて、今、食中毒にはならないかもしれないが、何年か経つと添加剤の蓄積でもっとひどい病気になる可能性があるということです。
私の若い頃はバターよりはマーガリンの方が健康的だといわれていました。ところが今マーガリンはプラスティックの一種だといわれ、欧米では禁止されています。日本では未だに菓子やパンなどに多く使われています。卵だってコレステロールで余り食わない方がいいと言われていましたが、今は別に問題ないということになっています。このように健康についての考えも日々変わっていっているので、どれを信じていいかわからなくなっています。糖質制限もなるほどと思いますが、これもこの先どう変わるかわかりません。昔の格言どおり、「腹八分目」をもっとーに暮らしていくほか無いようです。
この本はホテルのシェフが貸してくれました。感謝!
昭和36年、式場隆三郎に伴われて一ヶ月間ヨーロッパを回った山下清の日記です。ナポレオンの立派な墓を見て、日本の東条英機も日本の領土を広げた大将であるから、そのうちナポレオンのような立派な墓ができるかなと書いています。同じパリでポン引きに引き止められて女を紹介されますが、腕相撲で負けたら、富士山の絵をかいて上げると言って、話がまとまりません。清に連れ添っていた医師が、ポン引きと女に、清は「色気の無い男」だと説明します。実際は精薄者と説明したのでしょう。女は清の尻をパチンと叩いて去っていきました。お尻では、イタリアでキャバレーに連れて行ってもらい、そこの女から清の扇子をくれと言われ、腕相撲で勝ったら上げるといい、5人のホステスと腕相撲をし全て勝ちます。そこでホステスたちはボーイを連れてきて腕相撲をさせます。ボーイには負けて扇子を取られます。そのかわりホステスのお尻を触らしてあげるということになり、次から次と清の目の前に尻を突き出します。西洋の女の尻は硬いとわかり、もう二人目で清は触るのに音を上げます。何ともったいないことを。私なら前のほうまで手を伸ばしてホステスに嫌がられるでしょう。清のこのようなところが憎めないのでしょう。日本で放浪していても、おにぎりをもらったり、お金だってもらっています。小賢しい男では誰も恵んでやらないでしょう。「大賢は愚なるが如し」愚は大賢に似たりということです。
「仁義なき戦い」の映画で、広島は平和都市からヤクザの街になりました。私たちが普段使っている広島弁が、他の街の人々から見ると、まるでヤクザがしゃべっているように思われているようです。「おんどりゃあ、しごうしたろうか」とはめったに使いませんが、意味はお前を始末してやろうかとか、やっつけてやろうかという意味になります。殴り合いの前によく発する言葉です。「わりゃあー」というのはお前ということで、「わりゃあー何をぬかしとるんじゃ」とは、お前は何を言っているのかという意味になります。「おんどりゃー」も「わりゃあー」は相手を威嚇する二人称名詞であります。「ありゃー、いなげなやつよ」とは、あいつはちょっと変わり者だということで、あいつに対するこいつは、広島弁では「こげーなもの」と言うかもしれません。用法としては、「こげーなもんは、相手にせんほうがええじゃろう」
「仁義なき戦い」で衝撃的な言葉は、「おめこ汁で飯くうとるんで」とか、神輿の話は最高でしょう。
「おやじさん、いうとってあげるが、あんたは初めから、わしらが担いでいる神輿じゃないの。組がここまでなるのに、誰が血流しとるんや。神輿が勝手に歩けるいうんなら、歩いてみないや、のう」
このようなセリフは下っ端の会社員が上司に向かって言いたい言葉でもあるでしょう。
開高健の話は私も思わずまぶたが潤んでしまいました。戦後学校に弁当を持っていけなくて、水道水で腹を膨らませていたとき、友達がいも入りのふかしパンを机の上に置いてくれます。彼はそれが恥ずかしくて、学校に行きづらくなります。その友とは目をあわすのもできなくなり、やがて離れ離れになります。何十年かたって、ニュース映画で、弁当を持っていけない東北の児童の、昼休みの状況を見たとき、開高健は「いそいで私は身を起こし、着慣れた非情をひきよせ、鎧おうとしたが、それよりも速く涙が頬をしたたりおちはじめた」と書いています。今の時代では考えられないことです。最近は何の不満があるのか、おかしな事件が多い過ぎます。満ち足りて礼節を知るとはいかないようで、満ち足りてもそれ以上の欲求が起こるということでしょうか。
フランス革命はパンの革命だということがわかりました。1793年国民公会の法令9条に、「フランスの全てのパン屋は、ただ一種類の良質のパン、すなわち平等パンだけを作るものとする。違反した場合は禁固刑に処する」とあり、フランスのパンの長さは重さは法律で決まっているそうです。食い物のねたみをおそろしいということで、例のマリー・アントワネットの「パンが食べられないなら、お菓子でも食べればいいのに」の一言で、彼女はギロチンで首を切られました。今の日本ではそのようなことを言っても「炎上」するだけで、殺されることはないでしょう。ワールドカップサッカーで、日本が警告数の少なさで予選を通過しましたが、世界に比べたら日本民族はおとなしい民族だとわかります。これを言うとまた問題になりますが、韓国のサッカーの警告数の多さです。ルールを余り守らない人に何やかやといわれたくないものです。世界の人たちもこの実態を知ってもらって、公平な目で見てもらいたいものです。
B級映画ばかり作ってきて、芸術などといわないところが鈴木則文のいいところかもしれません。新人養成のプロで、ポルノ女優池玲子や杉本美樹などスターにしています。興行的に成功するために、アイディアを搾り出し、時代の流れに忠実に沿って映画作りをしています。ヤクザ映画がはやればヤクザ映画、ポルノが主流と見ればエロ映画と、変わり身の早いところを見せています。監督ともなれば俳優の生殺与奪権を持っているのですから、女優を食ったりして、いい思いがあるのでしょう。いったんこのうまみを味わったら、なかなかこの業は止められないと思います。ハリウッドでワインスタインは何十人もの女優と寝たことがばれて、それがセクハラだと訴えられています。NHKのプロジューサーも芸能プロダクションから女を抱かせてもらっているという噂があります。性接待は韓国ばかりではなく、日本にもありそうです。女性の取り扱い方は何重にも慎重であらねばなりません。当時は懇ろだったとはいえ、時間の推移で女性の気持ちはどうとでも変わるのです。何十年か前の三越の株式総会のなかで、解任された社長の岡田のように「なぜだ?」と絶叫するはめになるのです。因果が巡るということです。男も女もお互い相手を利用しようとしているのですから、後腐れない利用の仕方をしないと、あとあと「なぜだ?」ということになるのです。