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少なくなったといっても、140軒もソープランドがあるのが吉原です。広島市内では16,7軒しかありませんが、いかに吉原にソープランドが多いということがわかります。2年後にオリンピックがくるということで、吉原は戦々恐々としているところです。世界に日本の恥部を晒したくないという警察当局の締め付けが強まるのではないかという恐れです。憲法9条と自衛隊との問題もあるように、日本人の法意識には曖昧の余地を残しており、この余地のおかげでソープランドは生かされて、警察当局の匙加減で、どうにでも指導できるようになっているということです。
風俗嬢を教育する「風俗講習師」という仕事もあります。もとソープランドでナンバーワンを長く保持した愛花さんがやっています。性のテクニックを教えています。愛花さんの性経験の最初はチーマーで、2回目からは援助交際で、それ以後ずっと自分の体を「売っていた」という剛の者です。男たちが大金を払ってもほしくないという性技を身につけ、リピーターの客を増やしていったと言っています。NHK教育テレビに出てもらって、性の奥義を講義して、日本の夜の夫婦の生活に楽園をもたらして欲しいものです。
また別の元ソープランド嬢はこう断言しています。
「男っていうのは女遊びをおぼえなぎゃ男じゃないですし、偉くなれない。儲けられません。・・・男って偉くなって稼げば稼ぐほど、どんないい女もついてくる。仕事で頑張って稼げる男になれよ」
稼いでソープでカネをばら撒き散財すると、それが回り回って日本の景気がよくなるということです。無闇に貯蓄するだけでは、何の発想も湧きません。ソープですっきりとなり、またカネを稼ぐと思うと、何か新しい発想も生まれようとするものです。
吉原の衰退化も「ソープランドが新しいものを提供できていない」ということで、日本の現状と轍を一つになっているということになります。私のつたない頭で考えることは、ソープ・ロボットしかありません。愛花さんの性技を完全に身につけたロボットを性急に作って欲しいものです。
経済学用語やら物理学用語を恋愛や性愛に結び付けて、新規な概念を作り出しているようです。物理学者の誰か言っていましたが、フランスの思想家ラカンなどが物理学用語を自分の社会学の記述に使っていますが、ほとんど間違った使い方をしていると言っています。森永卓郎は今のところニュートンまでの物理学用語と数式を使っていますが、その一つが「恋愛の万有引力」です。それが適切な表現かどうかは私にはわかりません。
他に、「生涯恋愛社会」、「仕事と家庭と恋愛の三権分立」、「愛の終身雇用制」、「恋愛の独占禁止法」、「恋愛所得倍増計画」、「愛のブラックホール化」、「恋愛市場の市場緩和」等々、まるで糸井某のキャッチコピーさながらです。
私も森永に習って新しい用語をつくりました。「孤独な老人のためのセックスの生活保護化」毎月一枚、孤独な老人のためにソープランドの入場券と一律に与えるということです。ソープランドでなくても、セックスボランティアとの楽しい夜を過ごせる券を配布すべきです。それによって国の生活保護費は老人から若者にまわり、国民生産も上がり、潤った若者が国内で消費するとまたまた経済の血のめぐりが良くなるという寸法です。「生活保護」という言葉が旧態然と思われるなら、「セックスのベーシックインカム」と英語風にしてもいいかもしれません。セクハラ問題で止めた財務省の福田財務次官には、是非とも「セックスのベーシックインカム」という外部団体を作ってあげて、そこの理事長に天下りさせ、彼の辣腕を大いに発揮させて、この法案を国会に通して欲しいものです。
このタイトルは翻訳者がつけたもので、原書のタイトルは「The White Tiger」
(白いトラ)いうものです。この物語を語る主人公が小学生の時、視学者が来て、唯一文字が読めたのができたのが彼で、それによって視学者から、ジャングルで白いトラは珍しいように、お前も白いトラのようなものだといわれているのです。
私はこのタイトルから、グローバリズムは大量の殺人者を生み出すのはないかという社会学者が書いたものと想像していましたが、なんと小説でした。小説でも近来のインドの状況を記録したドキュメントと思えば、余り小説を読まない私でも、興味を持って読めるでしょう。自分のことを物語る主人公のカーストは菓子を作る職人のカーストですが、第二次世界大戦終了後イギリスが撤退し、インドは混乱し、彼の父は力車として働き、肺結核になって死にます。彼が小学校を中途退学しなければならなくなったのは、従姉が結婚したからです。インドでは花嫁に多くの金品をつけて送り出します。一家は貧乏になり、それによって彼も喫茶店の石炭割りに雇われます。菓子を作るカーストとは茶もいれ、料理も作るというカーストかもしれません。その後地主の運転手として雇われても、主人に対して茶も入れ、料理も作っているのですから、料理人の中の一カーストかもしれません。最終的にはこの主人公は地主の次男坊を殺し、次男坊が持っていた賄賂の大金を盗り、AIのアウトソーシングのムンバイで、日本車20数台を持ち、深夜そこで働く従業員たちの送迎をして、その地で成功者になります。たとえ警察署内に主人公の手配書が貼ってあっても、10億人もいるのですから、わからないのか、それとも捕まえる気がないのかで、主人公は警察署長に賄賂を送って仲良くなり、捕まることはありません。会社の車が子供をひき殺しましたが、警察のひきもあり、何とか円満にまとめています。
この本で気になることがあります。日本人が携帯を作ったのは、その電波障害で白人たちの脳を破壊することにあるんだという、主人公の独白があることです。主人公はデリーでお抱え運転手をしているとき、カネを溜めて、白人金髪の女とホテルでセックスしようとした時、その女の髪が根本で黒いのに気づき、金髪ではないと騒ぎ、ホテルの支配人から殴られ追い出されています。インドでも白人コンプレックスがあるということがわかります。インドでは白人コンプレックスの代わりに日本のトヨタや電気製品が彼らの希望になっているようです。2008年時点では。
今財務次官のセクハラで騒いでいます。東大を出、在学中に司法試験に通り、元の大蔵省に入ったエリートには、たとえ早稲田大くらいの高学歴でもあっても、新聞社の記者など、それも女の記者など、クズくらいに思っているのでしょう。たとえ東大出でも、朝日新聞や読売の記者など大蔵省と比べれば、5階級くらい違っていると思っているのでしょう。私などの自営業者では100階級くらい下に思われているのかもしれません。でも報道ニュースで流れる財務次官の顔つきは、セクハラ疑惑のせいで、偏見かもしれませんが、何だか品のない顔つきです。温泉につかったニホンザルのような顔つきですが、まだこのニホンザルの方が威厳があるような気がします。40歳くらいから自分の顔に責任を持てといわれます。やらせろ、と言うばかりでは、こいつは東大で何を学んだのかと思います。権力をかさに着てやらせろとは程度の低い人であります。その点、政治家の三木は、妾が4人いると言われて、こう答えています。
「私には、妾が4人あると申されたが、事実は5人であります。5を4と数える如き、小学校一年生といえども、恥とすべきであります。・・・ただし、5人の女性たちは、今日ではいずれも老来廃馬と相成り、役には立ちませぬ。が、これを捨て去る如き不人情は三木武吉にはできませんから、みな今日も養っております」
このくらい度量がないと、自分の妻だけで我慢しとけと言いたいものであります。飲んで管を巻いてやらせろとは不届き千万。武士だったら腹切りです。
「枕草子」に宮中人の出世競争を馬鹿にしている記述があるそうです。女たちは案外覚めた目で男を見ているのでしょう。ところが女たちも、韓国の「ナッツ姫」の姉妹を見てわかるとおり、権力のうまみを握った途端、とてつもない暴君に変わるということがわかります。そういえば日本にも「はげー」と怒鳴り散らした女性国会議員もいました。これも東大出で、どうも東大生には情操教育を施さないといけないようです。
2004年の出版で、今は2018年、14年間経っているのですが、青山潜はまだ多摩川の川べりに住んでいるのでしょうか?それよりはまだ生きているのでしょうか?1950年生まれで、今歳68歳、たとえ落ちアユのような自然食品を食べたりしても、贈答の焼酎を飲んだりしているのですから、相当ガタがきているでしょう。今年も冬も寒かったけど、ビニール壁のほったて小屋では隙間風が入ってきてたまらないでしょう。
「とりわけ、11月頃から春先までにかけての季節といえば、気が遠くなるほどの夜長。布団の中に入ってじっとしていると、将来どうするなんて考えなくてもいいことまで考えてしまう。すると、気丈な俺もいっぺんに気弱になってしまうのだ」
私もホームレスに憧れることもあります。自由に日本中を歩き回り、気に入ったところで住んでみて、飽きればまたどこかに行くといった生活もいいものだと思っています。ただし冬と梅雨の時期は除いて。やはり寒いのは年寄りには耐え難い。タイのように年中暖かいところがいいかもしれない。しかしタイも物価も上がり、国民年金では暮らせない状態になっているようです。
青山潜は橋から川に飛び込む自殺者の発見に自分のボートで協力しています。毎朝土手のゴミを掃除し、近隣住民との関係もよくしています。それで警察も余り文句もいわないのでしょう。多摩川で取れる魚や亀や蟹などを展示して、子供たちにも喜ばれています。
真夜中成仏できない霊と出会っています。写真まで撮っていますが、私にはそれが霊であるかどうかはわかりません。懐中電灯で照らしただけではないかと思われますが、青山潜は怖ろしくて、飼い犬の「姫」を抱いて寝台でブルブル震えていたそうです。多摩川の川べりには住宅地と違ってより自然に近いところですから、超常現象も起こるのかもしれません。