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私のような貧民から見ると、公務員の年間平均収入800万円は取りすぎであり、それ以上にNHKの職員の年間平均収入の1800万円は言語道断だとなります。両者とも我等貧民からもあまねく税金や視聴料を取り、公務員と言えば定時に帰り、有給休暇もたっぷりとり、旅行も年に二、三回はするという統計も出ています。NHKの記者など危険な場所などの取材は下請けに任せ、自分は安全な場所にいて、それらから上がる記事をまとめるだけだそうです。一般サラリーマンが年間400万円くらいで死ぬほど働いているのに比べて何と優雅な生活でしょう。まさしく現代の貴族と言われるでしょう。
「公務員は経済活動によって付加価値を生み出すことはない。新製品や新技術も開発しない。もちろん新製品、新技術への予算配分はするが、公務員自身はヒット商品も、新しいビジネス生まない。そういう人たちが上流で、新しい商品、ビジネス、技術を考える民間企業の人たちのほうが下流化するなどといったことがあって、果たして日本は大丈夫か?これでは社会主義国みたいじゃないだろうか。とても心配である。」
三浦は公務員をこの本では「お代官様」と言っています。おまけに公務員は公務員同士で結婚することが多く、二人の収入を合わせると、ちょっとした企業の社長並の給料になります。国民の公僕といわれようと、公務員は自分が国民の「しもべ」とは思ってはいないでしょう。三浦の言うように「お代官様」と思って、最近の国税庁長官の、早期納税を促す言葉になってくるのです。
NHKアナウンサーも女癖の悪い人も多いようです。NHKに出たがる女性も多いことで、それらを食い物にしようとする職員がいるといううわさが絶えません。1800万円もらえば、食住が足りて、あとは性欲を満たすだけです。NHKも解体し、見たいと思う人たちからだけ視聴料を取るようにしないといけません。貧乏人からカネを取って、自分たちは酒池肉林をしているようでは、やがて天罰が下るでしょう。
現在下流が増えても、大騒動が起こらないのは、日々飯を食えている、ということが、この本でよくわかります。食うものがないと、ちょっとでも気が荒いと、人は泥棒や強盗になるのです。そうでないものは餓死します。日本の騒乱の歴史を見ると、旱魃や冷夏で米が取れなくなった時に起こります。気候の変動は未だによくわかりませんが、太陽の活動の変化、地球の軌道の変化、地球の地軸のぶれ、火山の爆発、最近では人類による化石燃料の使用などが考えられています。いずれにしても食が満たされると、世の中ある程度安定するのです。腹が減るとイライラしてケンカが起こるのです。これは高貴なものであろうと下種なものであろうと変わりありません。どこの国でもそうですが、現政権を維持するためには、古代ローマ帝国の鉄則を肝に銘じる必要があります。「パンとサーカス」です。飯がたっぷり食えて気晴らしがあれば、余り文句を言う人はいなくなります。日本の戦前の5.15事件や2.26事件ももとはといえば、東北の飢饉によるものです。当時は今以上に格差が激しく、餓死したものも多く、若い娘は性従事はとして売られました。今でも貧困女子はその方面の仕事に就きますが、80年前と今とでは深刻度が違うようです。これから先日本の自衛隊の青年将校が都下で決起しないような、穏やかな国であってほしいものです。
ミランコビッチ・サイクルとは10万年の周期で地球が太陽の周りを楕円から真円に変化することです。今は真円に近づき、普通は寒冷化になるのですが、人類の活動の影響かもしれませんが、温暖化になっているようです。メタンは5000年前、二酸化炭素は8000年前から増加しています。これは人類によるヨーロッパでの森林伐採とアジアでの水田耕作によるものです。さらに最近では化石燃料の消費で二酸化炭素の増加で温暖化になっているのでしょう。
「もし私たちが、温室効果ガスの放出によって、とっくに来ていたはずの氷期を回避しているのだとしたら、温暖化を巡る善悪の議論は根本から揺らいでしまう。私たちは自然にやってくる氷期の地球で暮らしたいのか、それとも人為的に温かく保たれた気候で暮らしたいのか、これはもはや、哲学の問題であって、科学の問題ではない」
恐竜時代は現在よりはもっと暖かく、恐竜が餓えることがないくらい地球上には森林や植物が繁茂し、何億年も続いたのです。巨大隕石の衝突か火山の大噴火か、突然恐竜時代は終わります。地球上では徐々に変化することもありますが、突然大破局になったりします。フラクタルの局面から、臨界点を超えると、一挙にランダムな世界になってしまうというのが46億年の地球上では普通のことなのです。明日とも知れない命が今日もあるということはある面奇跡に近いことかもしれません。
私がハングルを学ぼうと思ったのは5年前、韓国旅行に行った頃です。当時は韓国ドラマやKARAとか少女時代を見た頃で、こんな別嬪さんと韓国語で話ができたら、と思って、始めましたが、韓国に行ってもそのような美人には会えなく、最近の文在寅の、日本に対する嫌がらせにハングルを学ぼうとする意欲も失せました。そうは言っても5年間経っても、日本語でのいろは表である「反切表」すら記憶が覚束なく、韓国ドラマのタイトルすら満足に読めない状態です。しかし最近YouTubeで韓国の演歌「トロット」を見て、日本の演歌とよく似たところがあり、歌手の女性も「フェイク顔」でありましょうが、それなりに美人で、K-Popよりは歳をとっていて、言葉の流れも遅く、「・・・ジュセヨ」と聞き取りできますから、はっはーこれは「愛して頂戴よ」と言っているのだなおもったりしています。「イロケー・・」と歌っていましたから、「色気」のことかと辞書を引きましたが、「いろいろなこと」かもしれません。ハングル語ももう一度漢字の復活をすれば、中国語と同じように、ある程度意味が分かるのではないかと思いますが、韓国はかたくなに漢字の復活を認めていません。日本語でもひらがなばかりで、書かれていると、たとえわがち書きでも意味を汲み取るには難しいものです。同音異語も多いことでしょうから、学問的な文章など出来るかなと思ってしまいます。日本で論文が全てひらがなだったら誰も読む気がしないでしょう。
私の無知かもしれませんが、現下の日本では、アニメかマンガしか世界に誇れるものはなくなったと思われます。テレビから通じられるものは、世界各国でアニメの姿を真似したコスプレとか、ハリウッドではピストルのほうが効果的なのに、あえて剣で、まるで日本の殺陣師が振付けたようなチャンチャンバラバラをやっています。
ドラマも小説から作るよりはマンガから作るのも多くなっています。役者も文字を読むよりはマンガで役作りのほうが簡単にできるでしょう。韓国ドラマにも日本のマンガを原案にしたものもあります。
「ガイジ」という映画を見ましたが、これはまるでブラック企業を見ているような気がしました。あとはルパン3世とかクレヨンしんちゃんというアニメも結構面白く、笑えました。
マンガも年々出版数が減っているようです。出版業界も斜陽産業の一つで、かつてのマンガ雑誌何百万部というのはもはや夢のような状態でしょう。我々団塊世代が若者であったころがマンガも旺盛を極めた頃でありました。我々の代から大学生でもまんがを読むようになったといえます。知的水準が落ちたのかもしれません。
マンガで資本論も訳されているようです。青木雄二のマンガを見ると、ドキュメンタリーでもやっているような気がしてきます。絵でも文字でも、何か心の中で熱きものがあれば、それがそれらに乗り移って、感動をもたらすのでしょう。