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江戸時代、対馬藩の古文書から朝鮮での倭館の有様を描いています。倭館では毎日日記をつけていて、日々の出来事を克明に書き連ねています。倭館に寅が二匹迷い込んできて、退治したという記述もあります。トラの肉を食って、硬かったという感想もあります。一人はトラに足を噛み付かれて骨まで見えていたということです。倭館の日本人男性は朝鮮人の女性とのセックスを禁じられていました。この禁を犯したら死刑になります。後に緩められて、朝鮮人女性は流刑になっています。倭館では死者が出ます。老衰や病気で死んだ人もいますが、不始末をして切腹か自死した人もいます。朝鮮人参を密輸しようとして、朝鮮人参を持ってきた朝鮮人を殺し、死体を埋めてそれが発覚したこともありました。
日本からは銀や銅などの鉱物を輸出し、朝鮮からは木綿、米、生糸などを輸入しています。どこの国にも「こすい」奴がいて、もちろん朝鮮の役人ですが、米俵から米を抜いて、その文水を含ませて、重量を変えない方策でだましたこともありました。日本もかつてアメリカに石ころをつめた缶詰を輸出していたことと同じです。朝鮮では済州島以外みかんがとれません。その済州島でもみかんがとれない時があり、その時は日本からみかんが送り届けられます。それが朝鮮国王がいる京城の城館の祭壇に飾られます。朝鮮では甘味は蜂蜜くらしかありません。日本では既に白糖があり、菓子に使っています。その菓子が朝鮮人には新鮮だったのでしょう。日本料理は味が薄いと言っていますが、菓子だけは絶賛しています。
勢古の日課は、昼前に起き、インスタントコーヒーのブラックを飲み、テレビをちょっと見ます。それから自転車で、公園に行き、缶コーヒーとタバコ一服、それから再び自転車で、図書館へ行ったり、書店に行ったり、それから喫茶店で本を読んだり、ものを書いたりし、夕方6時ごろ帰って夕食をとり、その後ずっとテレビやDVDやパソコンでYoutubeを見ていて、週に一、二度朝5時ごろ近くのハンバーガー店にいき、ハンバーグを一個食い、それから家に帰って寝るそうです。これを見ると勢古には嫁さんがいないようです。子供や孫がいると言っていますから、嫁さんはいたでしょうが、別れたか、なくなったかどうかでしょう。Youtubeで60年代、70年代の歌謡曲やアメリカのポップを聴いているようです。彼の教養の源泉は歌謡曲や演歌やフォークにありそうです。明治大学3年の時休学し、一年間ヨーロッパを放浪していたと言っています。当時は小田実の「何でも見てやろう」というベストセラーがあり、これに触発されたのでしょう。私の店のお客さんにも明治大学出がいますが、やはり学生時代ヨーロッパをさ迷い歩いています。東大とは違って、ケンブリッジやオックスフォードに入るほどの学力がないものですから、その周辺をさ迷って、時にはあるバイトの皿洗いをし、それなりに英語を聞き取り、しゃべられるようになっています。勢古は卒業後洋書輸入会社に入り、このヨーロッパ遊行も無駄ではなかったということで、34年間も働き、定年を向かえ、淡々とそのような日課を続けているのです。そうして日々書き綴ったものを本にしているのです。1947年生まれですから、団塊の世代で、私もその一人で、同級生の書いたものは気になって仕方ありません。彼が病気になれば闘病記も出そうな気がして、はやくから読みたい気持ちになっています。
一人暮らしの老人にはスープはメインディッシュ以外の一つのおかずとしてあります。冷蔵庫の余った野菜をいれコトコト煮て、コンソメでも入れれば、まあまあのものができあがります。時にはカレーのルウを入れても良い。不足がちな水分も取れて、心臓にも良い。私はこの2月不整脈で手術の予定でしたが、薬がよく効き、この前の心電図の検査で正常になり、手術を見合わせることになりました。店で残った湯がいたほうれん草を持って帰り、それをスープに入れて飲んだことも、ヘモグロビンが増えて、それが心臓にも良かったのでしょう。今のところ不整脈は止まっています。それまではどきどきすることを控え、若い女性の手をモミモミすることも控えていましたが、正常になったことだし、再開しようと思っています。特にいけないのは、将棋で、これをパソコンの前でやると、つい何時間もやるようになり、ハラハラドキドキで心臓にはよろしくない。この2,3ヶ月間読書量が増えたのは、将棋をしないせいです。寝転がって本を読むことはそんなに心臓に負担をかけません。たいがいは眠ってしまいますから、それも心臓にはよかったかもしれません。アドレナリンが出るということは、即年寄りの冷や水ということになります。アドレナリンが出ても、それが心臓に不整脈を起こさない程度のコツを学ぶ必要があります。
下流大学はつい最近のものですが、歴史を見ると、上流大学が日本を滅ぼしたと言えそうです。第二次世界大戦の敗戦の主犯は東大でや、陸軍、海軍の大学出であります。日本国土を荒廃させ、おまけに樺太や千島列島も盗られました。竹島も韓国に占領されています。ある面現在も日本国そのものもアメリカに占領されているとも言えます。すんでしまったことに対して、愚痴を言っても仕方ありません。これから先上流大学出は国のエリートになるのですから、国の進路を誤らないようにしてもらいたいものです。その点三流大学出はそのようなものに関わらないのですから、自分が破産するくらいで、国全体を破滅させるようなことはありません。三浦が心配するようなことはありません。かえって三流大学生が支払う授業料で、普通ならフリーターになっているかもしれない三流学者を養っているのですから、三流大学生やその親たちは最大限の社会貢献をしていることになります。たとえ大学生なっていてもひらがながまともに書けないということも、大した問題ではありません。なまじ英語ができてアメリカに媚び入り、国を売りよりはマシです。土台文盲率が0というのがおかしいのです。偉いものもいてバカなものいて、中間のものもいるという、バライティの富んでいるのが、種の多様性ということで存続する率が高いといわれています。どれもこれも同じだということは亡びの一里塚です。バカも大いに結構、進化学では環境に最適合しているのがエリートなら、一端環境が変わると、バカがエリートに取って代わることもあるのです。
「数学オンチとエセ科学を妄信することの間には、重要な相関関係がある。本書では、数学オンチとエセ科学の関係について検証するつもりである。遺伝子工学、レーザー技術、マイクロチップ回路などのおかげで、世界についての私たちの理解が日ごとに深まりつつある。そういう社会にあって、大勢の大人たちが、いまだにタロットカードや霊媒、水晶パワーを信じているということは、実に嘆かわしい」
と、いうことで、人々の蒙昧を数学で切り開くということです。
また数学を学ぶ利点はこのようなところにあると言っています。
「私たちの主張と現実とのあいだの不一致は、非常に大きいが普通である。数と偶然は、現実の根本原理中に入り込んでいる。そこで、これらの概念をしっかり把握している人は、これらの不一致と矛盾をよりはっきりと見ることができ、何かおかしいと感じることができるであろう。私は、おかしいと感じられることは素晴らしいことだと思う。だから、そうした感覚を大事にすべきである。私たち人間は、取るに足らない存在であるが、その私たちに将来の展望を与えてくれるのも、私たちとネズミを区別しているものも、この何かがおかしいと感じる能力である。この感覚を鈍らせてしまうようなことには、それが何であれ反対すべきである。その中には数学オンチも含まれている。私は、比率についての感覚を見につけ、人生には確率的な本質があるということを理解していただきたいと望んでいる」
タロットカードで人生を占うより、log対数を学んで、大きな数字でもコンパクトにまとめる技術を習得し、それらを比較することで、常識のある人生を進むことができるということです。要するに宝くじを買って夢を見るよりは、数学を学んでGoogleの社員になったほうがより豊かな生活ができるということです。