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今日の世界の状況は、多国籍企業に見られるように世界の「フラット」化と、それぞれの国での垂直化、すなわち少数の金持と大多数の貧困者に分かれるということになるそうです。「資本家と経営者と特殊能力をもつプロフェッショナル・クラスの人々」だけがこのような世界で「利益」を享受でき、大半のものが発展途上国並の生活しかできなくなるようです。
日本の人口は2004年を最高にして、それから毎年80万人ほど減っていきます。見る見るうちに日本は先進国から転げ落ちていくのです。アメリカももはや世界の警察を維持できなくて、ハワイのラインまで撤退し、アジアから軍隊をひいてしまいます。それにつけこんで、中国が尖閣や沖縄まで取りに来ます。20世紀までの欧米白人文明、それにのっかかっていた日本文明も、影が薄くなり、中国やインドが力をつけてきます。といっても中国にも問題がないわけではありません。一人っ子政策で中国も衰退のサイクルに入っているのです。おまけに多数の民族を抱えていて、それが分裂のきっかけになるかもしれません。それか共産党の傭兵である軍隊が反乱を犯すかもしれません。中国にもいろいろなリスクがあるということです。インドが最有力視されていますが、これも問題がないとはいわれません。どこの国でも新しいカースト制が始まりますが、インドにはもともと民族と結びついたカースト制があるので、これらが先鋭化されると、まとまりのつかない国になるでしょう。
これからの日本はもはやアメリカの軍事力に期待できないのであるから、自衛隊を防衛軍として再編しなおし、今からはとくにサイバー攻撃のために人員を増やし、戦わずして、相手国のコンピューターシステムを破壊できるような技術を開発すべきだと言っています。
「時計を調べることは、実は時代を調べること,社会を調べること・・・わずかチョ系3センチの腕時計は、ミクロ・コスモスだけでなく、人間の歴史も内包しているのだ」
腕時計だけではありません。イギリスのビッグ・ベン大時計、奈良時代の水時計、フランシスコ・ザビエルが大内義隆に贈った機械時計、徳川家康はスペインの国王から時計を贈られています。それはフリッピンからメキシコの帰るスペイン船籍が千葉県で座礁し、三浦按針(ウィリアム・アダムス)が作った帆船を与えて帰国させたお礼です。マリー・アントワネットは時計のマニアだそうで、輿入れする時には51個の時計を持参し、最後に注文した時計は、ギロチン台の上でなくなった後で出来上がり、全部純金製です。
腕時計ができたのはどうも戦争によるものらしく、懐中時計では一々ポケットから出して見るのが面倒くさかったのでしょう。女性は早くからファッションとして時計を腕に巻きつけていたようですが、男が腕時計をしたのは、南アフリカでの南ア戦争で、イギリスの将校が懐中時計を腕に巻きつけていたというのが最初のようです。
戦前には恩賜の時計があって、東大などの優秀な卒業者に天皇が与えていました。懐中時計の裏面には「御賜」と刻印されていて、何気なく裏面をひけらかすと、周りのものは「ははっー」とひれ伏す状況もあったかもしれません。芥川龍之介は英文科では二番目成績で、恩賜の時計をもらっていないようです。どの小説かわかりませんが、恩賜の時計を題材にしてものがあったと思うのですが、思い出せません。
クレーマーはやはり世の中で必要なものかもしれません。文句が言えるということは民主主義の証拠です。多分北朝鮮にはクレーマーはいないでしょう。心で思っても、言ってしまっては、強制収容所か、銃殺刑が待っています。その点、勢古浩爾を含め、我々団塊世代では、たとえアメリカの占領政策であったとしても、一応民主主義の教育を受けたので、批評することは別に悪いことだと思ってはいません。それに今や我々は70歳になり、ほとんど仕事はやめ、仕事していても脇役のほうをしているので、何ら気兼ねなく、自由に物言える状況になっているのでしょう。まさしく孔子の言う、「心の欲する所に従って矩をこえず」です。占い本とか自己啓発本とか大儲けした本とか俗流心理学本とかは、すべて「大バカ」本になります。特に金持ちになるための解説本など、ほどほどの生活ができればそれ以上の金は要らないと思う人間にとってはクズ以外の何物でもありません。あまりあるカネがあって、働く必要がなく、自由に毎日過ごしても、それに何の意味があるでしょう。このような負荷のかからない生活はきっとボケを早めるだけでしょう。人類史を見るとほとんど飢餓で苦しんでいます。苦しみの対処で人類の生活は成り立っていたのです。満ち足りた生活は病的状態といえましょう。このようなことを促進させる本など、あっては害になる本です。
小学生程度の算数、通分することを忘れていました。中学校の数学、因数分解も読み出すうちに思い出しましたが、例題をやる気力などありません。高等学校の数学、微分、遍微分など、技法として覚えた記憶がありますが、どうしてそうなるかの理屈などわかっているわけではないので、読み飛ばすしかありません。それにしても、公務員試験や公認会計士の試験の問題を見れば、何のことやらさっぱりわからないので、これに受かるということはやはり頭がいいのだと思わないといけません。やはり民間よりも高い給料をもらう権利がありそうです。昔、キャリアがマスコミの追求にあって、難しい試験を受かっているのだから高い給料をもらって当たり前だと言っていたのを不遜な奴だと思っていましたが、学生時代真面目に勉強をし、このような問題もすらすら解けるほどの辛苦努力をしたということは、学生時代遊びたい分を返上しているということで、その部分を他より高い給料で補うということは当たり前だと思えてきました。
人の知識は歳をとるほどに劣化しているということに気づきました。自動車免許も更新があるのですから、単に資格試験を受かったとしても、それで一生通用するといったことがないようにすべきです。何年ごとに再試験を行い、その資格が有効なのか確かめる必要がありそうです。私の商売では足し算と引き算と割り算ができれば、大概の用をなしますが、日々の来客数と仕入れ金額の最適数を知るとなったら、小学校程度の算数では用を足さないでしょう。そうは言ってもたかが知れていますので、カンでわかります。私の店の客の階層とその消費動向などとプレゼンできたら、格好いいと思うだけです。でもプレゼンするほどの中身はありません。大概はこの冬場、酒かビール、それのオデンで一人当たりの単価は千円くらいなものです。
結論、近い将来、世界は、極少数の超金持とあとは貧乏人だらけになり、中世に逆戻りするということです。正規雇用も非正規雇用も関係なく、サラーリーマン、OLもすべてワーキングプアーになります。グローバリズムとは必然的にそうなることらしい。資本は安い労働力を求めて、国を飛び出していくのですから、先進国の労働者もごく一部を除いて、後進国の労働者と競争するほかなく、自然と賃金が下がっていくのです。後進国でもできる仕事を日本でやっていても意味がないことになります。それでもなおかつ日本でやりたいと思うなら、おのずと後進国並みの賃金に甘んじないといけなくなるのです。最近では最先端の技術であるITもインドなどに下請けさしています。英語も満足に話せない日本人はある面インドよりも後進国かもしれないのです。厳しい世界になってきたものです。その上、地政学的にも日本は厳しい状況に置かれています。藤井厳喜はイスラエルと同じ状況にあると言っています。周りは敵だらけということです。ユーラシア大陸の端にある孤島の日本は、ロシア、北朝鮮、韓国、中国、最近は大相撲の日馬富士の問題でモンゴルにも敵視されています。韓国の文寅在は北朝鮮との融和を図っています。韓国の未来小説で、韓国と北朝鮮が一つになり、北朝鮮の核を取り込んで、それを日本の近くで爆発さして、日本を跪かせて謝らせる、といったベストセラーもあります。何と韓国の日本への怨念は根深いものでしょうか。日本の人口減少で移民も考えられていますが、朝鮮半島との関係とその歴史を考えてみると、他国民を受け入れないほうが問題が起こらないでいいと藤井厳喜も言っています。