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数学家など小説の対象にならないと思いましたが、どの世界にもマニアがいて、謹厳実直な数学家も立派な小説の主人公になっています。常人と異なるこれら数学家たちの行動は逸話などに残っています。よく知られているのはアルキメデスで、砂の上に書いた図形問題に没頭し、攻めてきたローマの兵士に名を問われても返事をしなかったため、殺されたということです。総じて天才は長生きしないので、ガロアは決闘で20歳で死んでいます。また数学者は女には興味がないと思われていますが、中には女たらしの数学家もいます。シュレーディンガーは数多くの女たちと交わりました。10代の女の子とも関係しています。イギリスの数学家で「不思議な国のアリス」を書いたルイス・キャロルは現在いたとすると、幼児ポルノで捕まっていることでしょう。ナチの暗号を解いたチューリングもホモで、その当時、ホモは罰則の対象であり、刑務所に入るか、治療を受けるかの選択を迫られ、ひどい治療を受けたことで、頭がおかしくなり自殺してしまいます。頭がおかしくなるのは天才の常で、おかしくない頭は天才ではないということになるでしょう。ジョン・ナッシュも長い間分裂病でありましたが、晩年治り静謐な時間を持ちました。しかし彼は治療し治ったら創造性がなくなったと嘆いています。人間の脳とコンピュータの最大の違いは、人間だけが狂うことが出来るということにあるかもしれません。言葉を変えれば人間は間違うから、可能性も出てくるともいえそうです。間違わない人間は面白みのない人間です。お前はコンピュータかと言われるのは褒め言葉ではありません。逸脱のできないやつだと言う意味になるでしょう。私もコンピュータと将棋をしてよくわかります。勝つことに特化したマシーンはユーモアに欠けるということがよくわかります。私は負けるたびにマシーンに叫んでいます。「負ける勇気を持て」
具体的な事例に対して法務大臣が何ら返答ができなかった「共謀罪」法案が可決されました。いずれにしても時の支配者は敵対者を根こそぎ剥ぎ取ってしまいたいという気持ちがあるのでしょう。中世鎌倉では荘園体制が歪み、それに乗じて武士などが今までの規制を破り、年貢を払わない、他者の田を刈り取ったり、物を盗んだりしていました。これらが「悪党」といわれていました。今で言えば、暴対法で暴力団が締め付けられたあと、「半グレ」とか「チーマー」という連中が繁華街で悪さをするといった状況に似ているともいえます。それぞれの「シマ」には昔からの暴力団=荘園が取り締まっていましたが、それら「半グレ」に手が負えなくなると、広域暴力団=鎌倉幕府に加勢を求めます。まず京都にある六波羅探題に出動を命じ、それでも収まらないと、鎌倉幕府に帰順した「御家人」に出動を命じます。鎌倉幕府が短命であったのは、この「御家人」一歩間違えれば「悪党」にもなりおおせるので、命令系統が実に複雑になり、なかなか鎌倉幕府の思い通りにならなかったということになります。おまけにモンゴルの来襲もあり、それに対しての恩寵も与えることができなかったので、没落が早まったのでしょう。人は対価がないと働かないと言うことで、武士道というものはこの時代なかったことがわかります。
これは2016年9月の発行です。図書館に予約して、やっと今読むことができました。このような古い情報で株式をやっているようでは儲かるはずがありません。相変わらず優待の王・将棋指しの桐谷が出ています。優待だけで食って行っているようですが、将棋からの収入はないのですから、投資額も相当なものでしょう。配当利回りと優待とをかみ合わせて4%以上なモノを推奨しています。もちろん株式売買の常道として、安いときに買って高いときに売り抜けて言っていますが、それができないから、いろいろ本を読むのですが、肝心なところは隠蔽されているようで、そのコツを知ることが難しい。桐谷の言うところ、高く買った株式は損切をしないでじっと上がるまで待つのだそうです。桐谷も一時は4億もの株式資産があったようですが、バブルがはじけ、株の資産が4,5千万円まで落ち込みましたが、それをじっと耐え、今では1億を越え、2億に迫ろうとする勢いなのでしょう。桐谷は優待でもらったママチャリを駆使し、回転すしの優待券ですしを食い、優待券の映画券で映画を観、優待券を使いスポーツジムでタダで体を鍛えています。優待でもらう米はそのまま食料になり、おかずも優待で肉やら海産物も入って来るようです。クオカードなどは金券ショップに持って行き、金に換えているようです。まだ独り者のようでありますが、金食い虫の女などができたら、桐谷のような節制に節制を重ねる生活はできなくなるでしょう。桐谷も若い頃、「コンピュータ桐谷」といわれ、将来を嘱望されていましたが、何一つタイトルを取ることはありませんでした。証券会社の将棋部の指導棋士になったのが、株との付き合いのはじまりです。いいか悪いか分かりませんが、将棋で鳴かず飛ばずでしたが、株式優待では有名人になり、このような本が企画されるたびにお呼びがかかります。今26連勝中学生棋士藤井君は桐谷のようにわき道に入らないで、将棋一筋でいってもらいたいものです。タイトル一つでも取れば、4000万円くらいは入ってくるのですから、ちまちました優待券など心悩ます必要もありません。本業でカネを儲けることこそが本道で、あとは全て邪道と思うくらいでないと大成しないでしょう。
韓国の大統領が文在寅になり、また再び慰安婦問題を蒸し返すのではないかという中、韓国人の心証を知るためには韓国の小説を読むのが一番ではないかと思い、この本を読みました。1977年の出版ですから、今から40年前です。70年代に話題になった韓国の小説の作り手は、日本の朝鮮併合時代に生まれ、戦前に日本に留学して日本の大学を卒業した人が結構います。それにやはり朝鮮戦争の影響を子供時代に受けた人が作家になっています。それに日本生まれの在日韓国人がソウル大に入り、韓国の作家になった人もいます。いずれにしても国の存亡の危機であった朝鮮戦争の影響が強く作家たちにあらわれています。3年間朝鮮半島で、北朝鮮軍と中共軍との連合と国連軍と韓国軍の連合が押し合いへしあいをし、国土が砲弾で掘り返されてしまったことは、この時期子供時代を過ごした人にとっては強烈な印象を残していることでしょう。1950年の勃発した朝鮮戦争は、20年後の1970年代、ある程度心の整理がついて、冷静に考えられる状態であったかもしれません。時代が急激に変わるとき、それについていける人と行けない人がいますが、いづれにしても急流に流されていることは間違いありません。うまくいくかどうかは単に運があるかどうかです。韓国人の心情はこの本でよくわかりませんでしたが、二国に分裂し、同じ民族が戦ったことの悲しみは分かるような気がします。
一橋文哉ときいて、金髪女性を殺して日本中を逃げ回った男が、とうとうここに来て事件の細部を語ろうとした本かなと思いました。私はよくよく思い違いをします。金髪女性を殺したのは市橋達哉です。一橋文哉と似ているといえば似ているし、似ていないといえば似ていない。「市」も「一」も発音は同じだし、違う点は一箇所、「達」と「文」だけ、テリットリも犯罪という場であり、一方は追われる者、一方は追い詰める者。名前そのものがある性格の傾向を持つというのはありそうです。「橋」の上でも、「市」の中でも、人間のたむろするところ、必ず事件は起こります。「達哉」とは「矢を達ししめる」ということで、事件を起こしそうです。「文哉」とはその証拠物である「矢」を解説し、広く知らしめることにあるかもしれません。はなはだつたない連想でありますが、無意識のうちにこのような連想が輪になって、カチッとした構造物=思考回路ができるのかもしれません。
犯罪もインターナショナル化が進んで、殺人もアウトソーシングになっているようです。中国や韓国やフィリッピンからヒットマンが来ます。仕事を終えたら、すぐ高飛びですから、なかなか捕まりません。世田谷の事件も韓国の元軍人李仁恩ではないかと著者は推察しています。事件現場には犯人の指紋や血液が残っているのですから、韓国警察に問いただしてみては思うのですが、できないのでしょうか?「後妻業」という映画もありました。女にも冷酷な大量殺人者がいるようです。男も歳をとって連れ合いをなくしたら、独身を貫くべしです。へたに財産があるとか年金が多いとしたら、おそかれはやかれ殺されることに間違いありません。