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闘病編、借金返済編、女優力・・編と分かてています。もっとも興味が湧くのは借金編です。入ってくるものが多ければ出ることも大きく、借金も億単位になります。この本には出ていませんが、「歌う不動産王」千昌夫は3000億の借金があったそうですが、完済したのでしょうか?私と同じ年なので、気になる人です。地道にコンサートやディナーショウをこなしているようです。才能があればなんとかなるようです。才能のない私など3000億円の借金では自殺するより仕方ないでしょう。といっても幸いにも私に3000億円を貸してくれる人なんかいません。広島出身の矢沢永吉も詐欺にあって35億円もの借金を背負っています。永吉は「かばちたれる」こともなく、ハワイやロス日本にあった不動産を処分し、年に50回のコンサートを開いて、その借金を完済したそうです。「かばち」とは懐かしい広島弁です。私も小さい頃、「かばちたれなよ」と喧嘩の最中よく言っていたものです。標準語になおすと「生意気なことを言うなよ」とか、この本での解説のように「ガタガタ言うな」ということになります。今矢沢はロスに7億2000万円の豪邸を構え、4億円のヨットも持っているようです。広島に帰ってこないことは、彼の少年期広島でいじめにあったということをいう人がいます。彼は中広ですから、私は中広まで遠征して「かばちたれな」と言った記憶はありません。
AV監督の村西とおるも50億円もの借金を完済していると書いています。他人事ながらほっとしました。この本が出版されたのは2012年ですが、その頃でも村西はポルノビデオに男優として出演していると書かれています。50億もの借金を返済できたということは、体力もそれ相当のものではないとできないでしょう。60半ばでもあそこが映画で見せられるほど膨張し立っているということは、並みの体力では出来ない相談です。
ピンクレディーのミエ嬢も事務所の借金の3億円の肩代わりをして、これも完済しています。立派な素足だけではこの偉業は達成できないでしょう。やはり意志が強くないと、何事においても成功はおぼつかないということです。
石川さゆりもカラオケボックスの共同経営で35億円の融資を受け、その破綻から結局10億円の借金が残りました。これも詳しくは書かれていませんが、完済しているようです。
金沢の文章の癖かもしれませんが、欧米の学者のことばを引用し、芸能関係の記事を書いていても、志はもっと高いところにあるのだといった俗物臭のあるところが嫌味と言えば嫌味にいえないことはありません。
2005年に初版本が出て、これは2010年の改訂版です。そろそろまた改訂しないといけないでしょう。もはやかつての純朴な民の住むところではないかもしれません。「微笑みの国」と言われていますが、相手にカネがあってこその微笑であって、多分今では大都会のバンコクではカネのない外人なんか相手にしないでしょう。You Tubeでバンコクの繁華街を毎晩見ていますが、太って年取った欧米人の男たちが下着姿のようなタイの若い女性を連れて闊歩しているのが見受けられます。日本人もいるのでしょうけど、アジア人について中国人か、は韓国人か、現地人か、日本人かの区別がつきにくい。一応売春は禁止されているようですが、この方面で外貨を稼いでいるというのは公然の事実です。警察のおえらい幹部や政治家もパブやカラオケバーの陰の経営者であり、法があってもざる法であり、時には相手の店を潰すために力の強い者が警察とグルになって売春摘発などしています。日本から来てこの地にこのような商売をして儲けようとするのは間違いです。有り金全て吸い取られるでしょう。おまけにミッシングになっている日本人も多いと聞きます。身ぐるみはがされて殺されているか、ジャングルか川底で白骨死体になっていることでしょう。基本的には仏教の国ですが、銃も野放しで、殺人も10万円くらいで請合います。おまけに恩赦などが頻繁にあって、殺人者もこの恩恵にあずかって、刑期を大幅に短縮して出てこられます。
タイで一番適応力のある日本人は公務員をして定年退職した人だそうです。退屈で興味も湧かない仕事を営々と続けてきた経験がここでもものをいいます。おまけに年金も一般の人よりいいものですから、ミミズのようにタイの大地にもぐりこんでぬくぬくと過ごしているようです。ときには泥から抜け出して、カオサンあたりの夜の街に繰り出して、女性を試食しているのでしょう。
タイでいい天気のことは、曇りか雨に日です。太陽が出てかんかん照りの日は外にはいられないでしょう。この前インでは50度を超えたとニュースでありましたが、タイも40度を越えているかもしれません。このような熱いところで仕事をするなんて「アホ」しかいません。タイの男性は木陰で寝転がっている人が多い。仕事があってもまじめにやっているようには見えません。
第二次世界大戦で、日本が負けそうになったとき、タイはすばやく連合国に寝返りました。この国の指導者は目先のきく人ばかりです。外交力は日本よりも進んでいるかもしれません。
Windows7から10にアップしたところ、Windows Media centerが消え、再び7に戻しました。ところが外付けディスクに入れていた、このソフトで撮り溜めていたテレビの番組が、リカバリーした私のパソコンではPCが違うので、再生できませんとでてきます。二台に入れていた録画のテレビ番組がすべて見られなくなりました。どうしてくれるんだと怒鳴りたい気持ちです。あっという間に4テラのバイトが藻屑になってしまったのです。100分de名著ブッタ篇もファイルとして残っているが再生できません。悔しくてたまりません。
しかしこのようなことで腹を立てているようでは、ブッタを真に理解したとはならないでしょう。「一切皆苦」このようにものを溜めることこそが苦しみの始まりである。「諸行無常」急になくなるのも世のたとえ、それがあたりまえなのだ。変わらないものは何もない。「諸法無我」私が私がと思っているうちは間違いだらけだ。私などどこにもいないと思えば、録画の番組などあってもなくても意味はない。
もはや私の歳になると、「涅槃寂静」の練習をしないといけない時期になっています。いまさら自分の持ち物がなくなったなどと騒いでいては、ブッタを理解したとはいえない。
「頭髪が白くなることで長老になるのではない。ただ年をとっただけに人は空しい老人といわれる」
「学ぶことの少ない者は、牛のように老いてゆく。肉ばかり増えて、知恵は増えない」
何度聞いてもブッタの発する言葉はありがたいものです。
「愚かなものが、自分を愚かと自覚するなら、彼はそのことによって賢者となる。愚かなものが自分を賢いと考えるなら、そういうものこそが愚か者と言われる」
私はよく独り言で「馬鹿馬鹿」とつぶやいています。自分のことを馬鹿というときは、多分その時は私は賢者になっているのでしょう。他人のことを馬鹿だとつぶやいているときは、自分が馬鹿であるということになります。しかしこのような独り言をつぶやいているようでは、はなはだ「涅槃寂静」からは遠く離れているような気がしてなりません。
あまり目立たない俳優です。スターではなくて、脇役といった感じの俳優です。学習院大学出で、昭和33年、東宝の第13期のニューフェイスです。黒沢明監督の映画にも単なる影を撮るためだけの役で出たこともあります。どうせ脇役だからドーランを塗らないででたところ、黒沢に見つかれ、怒鳴られました。それでドーランをたっぷりつけて出たところ、それなど関係なく影だけを撮られたのです。映画現場ではこのようないじめがよくあるそうです。同じシーンを何回も撮りなおすのも半分はいじめが混じっていると思えばいいでしょう。でも浜美枝とのスポーツカーでのキスシーンは何度撮りなおされても、男優ならいじめとは思われないで、ご褒美だと思うことでしょう。007にも出た浜美枝のぽっちゃりした唇を吸うのは何とおいしいことでしょう!目立たない俳優であった児玉も時にはそういうおこぼれも味わったいい思い出もあります。映画俳優では鳴かず飛ばずの大部屋役者だった児玉もテレビに出だした頃から名が知られてきます。そうはいってもキンキラリンの派手な男ではないものですから、影の薄いお父さん役が多かったということで、いてもいなくてもいいのだけれども、話のリアリティ上、いないとこまるという役柄をそつなくこなしていました。我々がよく知っているのは児玉清がクイズ番組の司会者の時でしょう。「アタックチャンス」などと叫んでいた頃が、児玉清の絶頂期ではないでしょうか。
この本のタイトル「負けるのは美しく」の由来は、スターになれないもどかしさから、半ば自嘲気味に、半ば諦め気味につけたと思われます。
「そこで心に期したことは、負けることは美しくということであった。所詮、僕のスタイルで押し通そうとすれば、最後にはすべて喧嘩になり、暴発してかぎりがない。ここで思い出されるのが、性格は運命だというヘラクレイトスの言葉だ。ならば、どうせ負けるなら美しくまけよう。このことにこだわっていれば、もしかしたら、嬉しい勝ちの日を迎えられるかもしれない。いやこれは冗談だが、すべては負け方にあり、負けか方こそ人間の心は現れる、と、しきりに思うことで、心が静まったのだ」
ドーラン事件で黒沢を殴ってやろうと、若き日に、思いつめていた児玉に、彼の友が大いに殴れとそそのかされたことで、気がそがれ、かえって殴り気になれなかったという児玉の述懐がありますが、天下の黒沢を大部屋の役者が殴っていれば、影の薄い俳優にならなくて、勝新太郎のような俳優になったかもしれません。学習院出の知性が禍をして、破天荒の要素が必ずあるスターというものにはなれなかったのでしょう。それにしても、ここで気づかされるのは現在問題になっている桝添要一東京都知事のことです。同じ都知事の石原慎太郎の無駄遣いが問題にされないで、それよりは輪をかけて小さい桝添のそれがとやかく言われるのかを考えてみると、石原のように勃起したペニスを障子紙に突き通すのと、桝添えのようにこそこそとオナニーして塵紙で拭いている(桝添えにはそのようなイメージが付きまとう)という違いにあるのではないかと思われて仕方ありません。このようなこせこせした男はいじめ甲斐があります。反抗しないと思われるからかえっていじめが倍化します。ここで桝添えに忠告です。ヒールになって、集まってくる新聞記者どもを馬鹿呼ばわりすればいいのです。俺は東大出だと声高く叫び、どこが悪いのだと居直ればいいのです。冷静を装いつつそこに怯えのようなものをにじまして、「第三者・・・」などと言っていては、ますますメディアを付け上がらせます。「赤門を出たことがない奴にとやかく言われる筋合いはない」と堂々と高言すれば、我々赤門を出たことがない者はある程度納得するかもしれません。
大方のものがあまり思ってもいないこんにゃくについて書くということは、目の付け所が変わっているという点で、意表をつかれます。大したもんではないと思われるこんにゃくも調べれば、とても面白い話がごろごろと横たわっています。桜田門外の変での水戸藩のテロリストたちを資金面で援助したのはこんにゃく長者です。幕府に追われて、このこんにゃく長者とその息子は郷里から逃れ、父は異郷で死にますが、息子はどさ回りしていた歌舞伎の9代目市川団十郎一座の劇団員になります。よく落語にあるようの大店の若旦那は芸事に精出して玄人はだしになっています。そのために落語では大店が没落するはめになっています。こんにゃく長者の息子も「にわか役者」を器用にこなしていました。しかしこの息子、明治18年のイギリスで万国発明品展覧会にこんにゃくを持ち込み、その製粉機の図面を展示しました。残念ながらこんにゃくは西欧人には好まれなかったようです。落語の若旦那とは違って、この息子はこんにゃく業界の重鎮になっていたようです。
第二次世界大戦での風船爆弾もこんにゃくがのりとして使われています。我々は東条英機の世迷いごとと馬鹿にしていますが、この風船爆弾はアメリカの軍事専門家によると深刻な懸念を示しています。人類最初のミサイルだとも言えましょう。
「世界で始めて、飛び道具が人間に導かれないで海を渡ったのである。・・・一日100機の割合で風船を放流し続けていたら、・・・少数の大型焼夷弾をつける代わりに数百個の小型焼夷弾をつけていたのなら、もしくは細菌戦の媒体でもつかっていたら、恐るべき破壊がもたされていたことであろう」(W・H・ウィルバー代将)
こんにゃくは小豆と同じものであり、かつては相場の立役者にもなっていました。ギャンブル好きの人間がこの作物の生産、仲介に関わっていました。しかし戦後機械化が進み、製粉化がスムーズに行き、農家はただ生産を多くするより収入をおおくすることしかできなくなりました。それによって原材料の低減化を招き、こんにゃくの「変動相場制」もなくなったということです。