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旗本退屈男から鬼龍院花子の生涯くらいまで、映画界の衰勢が見て取れます。いかに大衆が飽きっぽいのがわかります。近年ますますこの飽きっぽさはサイクルを短くし、かつてのマーケティングの手法では対処できなくなっているようです。これはどの分野でも同じ傾向になっています。昨日成功したものは今日では時代遅れになっているのです。ほとんどのものが明日何かトレンドになるか分かる人はいません。
旗本退屈男の頃の時代劇は同じパターンの繰り返しでも、ほかに楽しみがないものですから見ていたものです。テレビでも同じことですが、「水戸黄門」のように決まった筋があり、クライマックスの「印籠」がでて終わります。代表的な俳優が片岡千恵蔵、市川歌右衛門(旗本退屈男)、中村錦之助(後にテレビ出演して変貌を遂げる)、大川橋蔵、大友柳太郎(丹下左膳、よく寄席で物真似されていました)などが東映にいて、美しく人を切っていました。私も剣豪少年であったものですから、その構えをまねたものです。
やがてテレビができてこのような映画は飽きられます。この頃から映画の斜陽が始まります。落ち目になりつつありながらも、時には花火を打ち上げる時もあります。広島西条の出身の東大での岡田茂(後に東映の社長)が「任侠」路線を打ち出し、広島のヤクザのことを描いた「仁義なき闘い」などで息を吹き返します。この映画で広島はヤクザの町に思われるようになりました。広島弁即ヤクザことばになりました。セリフの最後につける菅原文太の「のー」とひきのばすのは相手を威圧するには十分すぎます。
やがて岡田も年をとり、時代についていけないようになります。息子の岡田祐介が父が死んで社長になりましたが、苦労知らずの二代目は京都太秦の映画製作人とはうまくいっていないようです。
一青妙と書いて「ひととたえ」と読みます。台湾人の父と日本人の母との間に生まれた子です。父親は「顔家」で、これは孔子の弟子の顔回にまでたどり着きます。学者の顔回から2000年後、17世紀に福建省出身の顔思斉なるものがいて、倭寇などと組んで海賊をして、台湾に拠点を築いたのです。これが顔家の直接の先祖となるようです。学者と海賊の血は、多分妙をして歯医者にもならせ、浮き沈みの激しい俳優にもならしています。父親は基隆で鉱山を経営する一族で、台湾では5大金もち家族の跡取りで、戦前派日本で教育を受け、戦後台湾に帰りましたが、何やかやで、日本人女性と結婚し、二女が生まれ、その一人が妙ということです。妹も日本で芸能人をしています。国際結婚はいろいろなトラブルもありますが、遠く隔たったDNAの合成は今までにない才能を形作ることがあります。最近スポーツ界でよくみられますが、黒人系の日本の子弟が活躍しています。アラブ系も白人系もよくテレビで見かけるようになりました。日本人の男もフィリッピンや東南アジアで、騙されたりもしていますが、子供を作り置きして、逃げさる不逞を行なっているものも多い。少子化なのですから、これらの子供たちは難民としてではなく、国民の一人として、来たがっているものには日本に来ることを許可することが必要ではないかと思われます。今までは純粋性を重んじてきましたが、今からは多様性の時代かもしれません。ヘイトスピーチなどは時代錯誤も甚だしい。かつて大横綱の大鵬もアイヌかソ連人の血が混じっていました。スタルヒンという巨人のピッチャーもソ連系です。今アメリカで活躍しているダルビッシュもイラン系だそうです。ヨーロッパの王家でも証明されていますが、同じもの同士の混合は病気や衰退をもたらします。雌雄に別れ、その遺伝子をシャッフルすることで多様性をもたらそうとする自然の摂理に反することをやっているから、おかしくなるのです。何とも台南とは関係ない話になりましたが、毎日同じことの繰り返しでは、新しい発想など出来ない相談です。やはり旅でもして気分を一新しないと、いいアイディアなど思い浮かべそうもありません。このような旅エッセーを読むことで、かすかではありますが、固着した状態を軟化することが出来るかもしれません。
免疫力を強化してガンに打ち勝つという療法はすべて詐欺だと言っています。高いゼニを払ってもそれは無駄なものになってしまいます。
「病原体に対する免疫の効果が絶大だから、ガンにも有効と考えてしまうことが、全ての誤解の始まりです」
免疫強化の薬を注射するよりは、ステーキやウナギやうまいものを食べた方がガンになったとしても長生きできると主張しています。近藤はこれを「体力」とか「抵抗力」の強化と言っています。
この前アメリカで死因の第三番目に「医療ミス」と出ていました。がん治療もかえってしない方が長生きできるのではないかと思わせます。もうガンになったら、往生を決めて何もしないで死ぬまで生きるほうがいいのかもしれません。痛い目をして手術したり、頭髪が抜けるほどの毒性の強い抗がん剤を飲んだり注射されると、かえって体力が消耗して死を早めるようです。延命効果がないのですから、本物のガンならあきらめるしかありません。「ガンもどき」だったら、これこそ手術なんかをして取り除くと、かえって寿命が縮まります。
免疫細胞を使って唯一効果がありそうなのは、皮膚ガンだけだそうです。
でも自分がガンになったら大いに迷うことでしょう。わらをも掴む思いで、いろいろな療法を試すかもしれません。あと1年しか生きられないと宣告され、がん治療をすれば2年間くらいは長生きできるだろうといわれれば、痛い思いもしてみようという気になるかもしれません。その場になって見ないと、どう決断するかはわかりません。もはや70にならんとしているなか、これ以上生きていてもただ資源を食いつぶしているだけの人間なのに、高額な医療費を使ってまでも長生きしたいと思うのは、我ながらあさましいような気がします。モハメッド・アリも死んだことだし、我々の世代も順調に死につつあります。悪あがきせず、従容として死ぬべきかもしれません。
深海にすむ生物の食物は同じ深海に住んでいる生物もありますが、上のほうに住んでいる生物の死骸もあります。いずれにしても飽食はできそうもない環境です。ニュースにもなりましたが、ダイオウグソクムシは何年もものを食べないでも生きています。究極のエコ生活をしているのでしょう。動かないで水だけを飲んで生きることが出来るのです。人間から見ると何と潤いのない生活なのでしょう。水だけ飲んで何年も生き続けても面白くも何ともないだろうと思われますが、それらにとって種を維持することが最大の目的です。生きがいとは彼らにとって種の継続です。今地上では人間であふれかえっていますが、大繁殖は絶滅の前触れだということもあります。恐竜が全盛期の時代哺乳類はまさしく深海のダイオウグソクムシのようなものでした。やがて人類が絶滅すると深海で我慢してきたものが大繁殖するようになるでしょう。地球環境がどう変わるか分かりません。かつて何度も全地球は氷で覆われたことがあります。地上や海での生物はほとんど死滅するでしょう。ただ深海だけが、生物が生き残っているでしょう。やがて氷河が溶け、地上や海に敵対者がいないとわかれば、やがて深海に住む生物たちは海の上層部に上がったり、やがて地上に這い出したりするかもしれません。何年も飯を食わなくてもいきてきたダイオウグソクムシの忍耐が報われる時がくるのです。
ひるがえって私に店を考えてみた時、私もこのダイオウグソクムシに見習わないといけないと気づかされました。繁盛している店を見習おうと思ってはいけません。あくまでもダイオウグソクムシのように水を飲むだけでじっと耐えることを見習わなければなりません。そのうちきっと環境が激変し全盛の自分が見られるかもしれません。
タイに行った人がタイには昆虫料理がたくさんあると言っていました。熱帯なのですから昆虫はうじゃうじゃいるでしょう。これを食べない手はありません。海の中にえびがいますが、陸のえびだと思えば食べやすくなるでしょう。この本にも蝉のてんぷらが写真つきで載っていますが、味はえびそっくりだそうです。蝉の幼虫はナッツ味です。蚕の糞は「蚕茶」として製品化されています。もちろん蚕も食べられます。うじ虫も。ハチの子も、蚕も高たんぱく食品です。我々の年代は水洗便所の前の便所の経験があるものですから、糞尿の上で動き回るうじ虫を見ています。そのためにうじ虫をみると思わず「ウウェッ」となるのですが、今からは蝿にきれいな溶媒液の中に卵を生ませ、うじ虫を大量生産する工場ができるでしょう。そこからうじ虫を原材料にしたハムやソーセージができるようになるでしょう。Windowsのビル・ゲーツが野菜から肉を作ったと報じられています。そのような無理をしなくても、昆虫の幼虫や卵からたんぱく質がふんだんに摂れるのですから、野菜は野菜として食べた方がいいのではないかと思われます。バッタなどは粉末にすると、いろいろな料理に応用できるでしょう。ふりかけにして、ご飯にふりかけると、もはやステーキを食べる必要がなくなります。牛に肉を得るためには多くの穀物を食わせねばなりません。昆虫だと同じ数量の蛋白を得るとしても、カネのかかる穀物など必要なく、枯れ草や朽ちた木も十分にそれらを育てます。人類の未来は昆虫食にあるといっても過言ではありません。