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トシをとると、クチャクチャ咬んで食べるものより、スーッと喉に滑り込むスープのようなものが都合がいい。骨付きから揚げを食べたりすると、歯を折る可能性もある。骨付き鶏肉ならそれをコトコト煮て、そのスープを飲んだり、外れた肉を食べるのが無難だ。この本では全ての食材をミキサーにかけて、あまり咬まなくてもいいようにしている。ミキサーを洗うのが面倒だが、もちを喉に引っ掛けて窒息死するよりはましだ。もちはミキサーにかけてもどうにもならんだろうが、老人は小さく切り分けて食べるのが間違いがない。トシをとると嚥下という問題にも直面する。気管の蓋が思うように空気と食物の見分けが出来なくなるのだ。私はこれで肺炎になった。これに懲りて私はゆっくり食べることにしている。慌てるとろくなことが起こらない。昔から言っている、慌てる乞食はもらいが少ない。現代風では、慌てて飲み込むと、棺桶が近いと言えよう。慌てなくても、ほかの事を考えながら食べたりすると、気管の蓋が寝ぼけて、すかさず気管に食べ物が入って来る。むせ返って、息が出来なくなり、死にそうになる。絞死刑になった人の苦しみが思いやられる。食べる時には食べることしか考えてはいけない。
若いものにはわからんだろうが、何もかもいっしょくたにできないということが、このトシになるとよくわかるのだ。
1998年から2000年にかけて発表された短編の小説集です。リストラの話も出ているくらいですから、バブルがはじけて日本が浮上できない状況にあったのでしょう。「楽しい家族旅行」で、弟、姉、母親、父親の四者がそれぞれ思い思いにこの家族旅行のことについて書いていますが、父親がリストラされ、本当はこの旅行で家族道連れに自動車もろともに海に突っ込み、心中しようと思っていたことが述べられます。長女の腹痛で、便所を捜すうちに父親にそのような考えが吹っ飛び、最後にはリストラのことを妻に告白し、何とか二人で頑張っていこうと決意するとで、めでたく終わります。
2015年、出版界は最低の売り上げだったというのがニュースに出ていました。清水義範も何百冊も本を出していますが、印税だけで食っていけるのでしょうか?「泥江龍彦のイラン旅行」において、ツアー旅行でも自分が作家であるということが他人に知られないほどの有名でない作家ということを書いています。このことは別の旅行記にも書いています。出版業界の不振で、「有名でない作家」たちは、日本憲法のいうところ、「健康で文化的な最低限の生活」が出来ているのでしょうか?他人のことを心配するよりは自分のことを心配しろと言われそうですが、日本文化を支えている清水義範先生が食えなくて、コンビニのアルバイトをしているなんてことを想像すると、悲しくて仕方ありません。是非清水義範先生には毎年海外旅行をなさって、その土地土地の歴史を述べ、その土地土地の地勢や風俗、料理など伝えてもらいたいものであります。
ガリバー旅行記で日本のことがでているというのを初めてこの本で知りました。又聞きでこの本のことをきいているだけで、知っているような気になってしまっていますが、実際は何も知っていないということがわかります。読むべき古典は数々あれど、ガリバー旅行記などはおとぎ話のようなものであり、大人になって読むような本ではないと思いがちです。アメリカの学者であるウィリアム・A・エディは、ガリバー旅行記は日本の「和荘兵衛」をヒントに書かれてものだという説をとなえています。オランダ駐在大使・サー・ウィリアム・テンプルが、オランダ商人から日本の情報を聞いていて、後にスウィフトが彼の秘書になったとき、彼から日本のことをスウィフトはいろいろ教えられたのかもしれません。そうはいってもガリバー旅行記では日本にたいしてページを使ってはいないようです。「踏み絵」を勘弁してもらったと、「エド」で皇帝に拝謁し、「ナンガサク」からオランダ船でヨーロッパに帰ってきたことなどです。
朝鮮通信使のこともこの本で書かれています。私のお客さんで、韓国語を習った人がいて、呉の野呂山の「ノロ」は江戸時代朝鮮通信士が来て、この山を見て、「ノロイノー」つまり「高い山だのー」と言ったから、野呂山になったと言っています。これはほんとうなのでしょうか?
第二次世界大戦の末期CIAはナチスの幹部をスパイとして雇用していました。この時期アメリカは次の敵対者ロシアとの関係を考えていたのです。極悪非道なナチスの幹部は非常に役の立つ人材であったようです。CIAの言によると「悪魔との契約」といっています。まるで中国の鄧小平の「黒い猫でも白い猫でもネズミを取る猫はよい猫だ」ということになります。
またドイツの科学者もアメリカにつれてきています。有名なのはナチスのVロケットの産みの親ブラウン博士です。やがて彼は月面着陸の偉業を成功させ、アメリカでは知らない人はいないという有名人になります。そのなかで、法学を学ぶユダヤ系の若者が、ブラウン博士を賞賛する「ロケットチーム」という新刊本で、一枚の写真に注目します。ドイツVロケットの工場でのロシアの工員の写真です。この写真の提供者がブラン博士だったのです。この工場ではロシア人、ユダヤ人、ポーランド人などナチスに狩りだされて、奴隷として働かされていたのです。やがてこの若者がハーバードを卒業し、司法省の特捜課に就職します。名はイーライ・ローゼンバウム。やがて彼は「ナチスハンター」になり、ブラウン博士は死んでしまったので、国外追放にはなりませんでしたが、著名な医学者シュトゥルクホールトをアメリカから追い出しています。シュトゥルクホールトはユダヤ人使って多くの人体実験をしていました。氷を敷き詰めた部屋で裸のユダヤ人が何分で死ぬかを実験していたのです。そうして凍え死にそうな囚人を裸にした女の囚人二人に抱かせて回復するかどうかを確かめた実験もあります。
イーライ・ローゼンバウムは「起訴するには高齢すぎる」という非難に対して、こう反駁しています。
「彼らはアメリカ人を自称する資格を持たない。そうなった原因の怪物じみた犯罪は、時効というものは存在しない」
私もイーライ・ローゼンバウムのように言いたい。
「死んでいるにしても、起訴はまぬがれない。原爆投下を決定したトルーマンには時効というものが存在しない」と。
紀元前2000年前の粘土板に書かれたものを翻訳したものです。2600年頃の粘土板もあり、メソポタミアには文字も出来ていて、高度な文明だったことがわかります。詩文の中にレンガなどがでています。それで建物や運河の護岸など作っていたのでしょう。もちろん農業などの灌漑設備にも使用されたのでしょう。農地の獲得が当時の戦争の目的だと思われます。大麦の栽培をしていたということで、ビールも出てきます。格言集にこう出ています。
「楽しみ――ビール、嫌なこと――それは遠征」
人間の永遠のテーマ男と女についての格言もあります。
「彼にとり楽しいことは――結婚、熟慮してみたら――離婚」
女についてはこういう格言もあります。
「若い婦人は夫の膝の上でおならをしないだなんて、――そんなことは長くは続かないのさ」
「浪費癖のある妻が家のうちに住んでいると、あらゆる悪霊より恐ろしい」
どのような時代にも格差があった。
「貧乏人は弱い」
「貧乏人は国の中でおし黙っている」
「貧乏人が死んだときは、生き返らそうとはするな」
「パンがあるときには塩がなし、塩があるときにはパンがない」
「薬味があるときには肉がなし、肉があるときには薬味がない」
「富にはいつも縁がない。貧乏はいつもそばにいる」
「不遜にも貧乏人が金持に軽蔑の眼差しを向ける」
「財貨は定まった巣を持たず飛び回っているばかりの鳥である」
中国のことわざ「蛇足」のような格言もあります。
「ロバのペニスはいつも自分の身体を打っている」
今から大よそ4500年前の人間たちも今とそう変わらない生活をしていたのだと思われます。