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今もあるかもしれませんが、NHKFMで世界の民族音楽を流していたものがありました。その中で解説者がイスラムの美空ひばりと言って、女性歌手の歌声を流しました。朗々と優雅な声で、アラビアンナイト物語のバックグランドミュージックという感じです。月並みですが、この声から砂漠や、煌々と輝く月を思い浮かべていました。イスラムではこの唄い方は日本での民謡か歌謡曲になるのでしょう。現在日本では歌謡曲など古臭くて、おじさんおばさんのノスタルジックな音楽になっています。多分イスラムでもYouTubeを見る限り、欧米スタイルで、ドラマでリズムを取り、エレキでメロディをとる騒がしい音楽になっているようです。まるでスポーツカーのようなメロディです。もはやラクダの悠然と歩くメロディではありません。
最近のニュースですがイスラム教法学者がチェスはイスラム教ではやってはいけないものだと言っています。
「チェスは時間、お金の浪費であり、これに興じる人間の間で敵意が生じる」
「ワイン、賭博、偶像や占いは嫌悪すべき悪魔の業である。これを避ければ幸運を得られるであろう」
イスラム教の一派では昔から音楽も禁止されていました。コーランの教本である「ハディーズ」のなかで、ムハンマドは自分の娘が奴隷女性たちに歌を歌わせたのを見て、叱ったとあります。これを根拠に音楽禁止になっています。特に「歌い手が性的情熱を刺激する女性や少年である場合。酒と結び付けられる楽器の演奏を聞くこと。また詩の中に卑猥な言葉、神や預言者への非難のことばがあるもの」などは石投げの刑を受けるべきものであったということです。これらの規範にあわせると今日の世界のミュージシャンは全て石打の刑になるでしょう。どこの国のミュージックビデオを見ても、女の歌手は「卑猥に」尻を波立たせ、男たちは冒涜の言葉を吐き出しています。
イスラムの厳格さがいいのか、欧米の自由さがいいのか、どうともはっきりと断定できない気分であります。モーコロイドとしてはその中間がちょうどいいのでないかと思う次第であります。
子規と侠客の清水次郎長とのつながりがあったというのは驚きです。間接的ですが、次郎長の養子であった天田五郎・後の愚庵と俳諧仲間だったのです。この天田五郎は「東海遊侠伝」を書いていて、これによって次郎長が有名になったということです。京都の愚庵の庭に生えていた柿の実を子規に贈ったとき、子規はお礼の俳句を作っています。
「御仏に供へあまりの柿十五」
「柿熟す愚庵に猿も弟子もなし」
「つりがねの帯のところが渋かりき」
日本ほど、句会のように人々が集まって文藝を楽しむという国は他にはないかもしれません。また新聞や雑誌に毎日何万もの俳句が投稿されていることでしょう。私だって作ろうと思えば作れる気がします。
「柿食った記憶もなしこぞの秋」
「屁をひって炬燵の中の懐かしさ」
私の場合俳味の少ない句といえるでしょう。
子規が静岡県の興津に養生移転しようとしたときがありました。かないませんでしたが、子規はこのような俳句を残しています。
「月の秋興津の借家尋ねけり」
このことで、加藤孫平に出した子規の手紙に中で「野菜」か「野菊」か、どう判別するかの問題があるようです。崩し文字ですから判別するのが難しいのでしょう。文学的には「野菊」のほうがいいように思われますが、子規の自筆から講談社の全集では「野菜」に書き換えられていると書いてあります。
アメリカという国は怖ろしい国であります。戦争が終わったら日本人はホッとした気持ちになった人が多くいたでしょう。しかしアメリカの上層部は自分たちが行った攻撃の効果を緻密に調べています。紙と木でできた日本家屋を爆弾で木っ端微塵にするよりは、焼夷弾で焼き払っていくのが効果的だと気づき、日本各地の都市を焼き尽くしていきます。戦争が終わって、その効果を詳細に写真にとっています。それらがこの写真集になっています。これはまた戦争犯罪の証拠品でもあります。
今日もNHKの番組で、アメリカとイスラエルが共同して、イランの核濃縮ウランの工場へのサイバー攻撃をしたということを言っています。もはや現在の戦争はタンクやミサイルだけではないようです。その国の骨幹である電力設備を無効にすることだってできるそうです。原発のコンピューターにウィルスが入り込んで、大爆発を起こす可能性だって考えられます。核ミサイルの発射を部外者が外部から遠隔操作で発射できるかもしれないのです。何と言ってもこの方面の先進国はアメリカですから、気に食わない国をターゲットにいろいろな攻撃方法を考えているのでしょう。一昔アメリカのCIAはスパイを使い、暗殺や毒殺で要人を殺していましたが、いまやドローンを使い、空からミサイルを撃ち込み、標的者もそれに関係ない人も殺しているようです。
日本も第二次世界大戦を教訓にして、単なる「大和魂」を叫んでも、何にもならんことに気づくべきです。サイバー攻撃を喰らわないようにセキュリティを最大限にしてゆかねばなりません。囲碁でもグーグルが作ったソフトがヨーロッパ囲碁プロを相手に5連勝したというニュースが流れています。あと2,3年はかかるだろうと思われたプロに勝つ囲碁ソフトが、それにあまり関係ないと思われたグーグルによって開発されたというのは驚きです。「深層学習」という機能があり、対局をすればするほど強くなるように出来ているようです。将棋ソフトにもその機能はあるようですが、それは経験学習ということでプロが指した手を覚えていて、その局面になるとその手を思い出すといった機能であるかもしれないのですが、「深層」とつけば、単にプロが指した手を思い出すだけではなく、プロを超えて、もっといい手を指すような機能かもしれません。いずれにしてもアメリカは名古屋弁で言えば「どえりぁー」事を考えている、何とも気味の悪い人たちの集まりだと思えてきます。
さっそくトマトの缶詰でトマトソースを作りました。これをパンに塗って食べました。トマトケチャップよりむつこくなく、あっさりとしたものになりました。店でハンバーグも作りました。きっとこれにもあうでしょう。トマトが古くなったら湯引きして皮を取りトマトソースを作りますが、トマトの缶詰があればたまねぎをみじん切りにするだけで簡単にできます。
家では洗うのが面倒なので、鍋物などをしています。他人がいるわけでなく、自分ひとりが食べるのですから、体裁なんか気にしません。缶詰は一人分のように出来ていますから、あまることもなく、ゴミとして捨てる分量も少なくなるでしょう。缶詰の缶も資源ごみとして有効利用できます。
シーチキンで炊き飯を作ったことがありましたが、少し味が薄かった。年寄りには味の薄い方が体にいいだろう。よく料理人がトシをとると、味付けが濃くなるというが、私は始末家だからあまり醤油を使わない。
マグロのフレーク缶でハンバーグを作っているのが載っている。店にもマグロのフレーク缶がるので今度作ってみよう。餃子の種にもなっている。大型魚であるので、肉質が牛肉のような感じがするのであろう。帆立貝のピラフもうまそうである。
ひじきの缶詰がるときいてビックリした。乾物としてのイメージしかない。缶詰になっているのだから味もついているのだろう。世の中はどんどん変わっていく。
平成元年は西暦では1989年、昭和64年は1989年の1月7日まで、小渕官房長官がテレビで平成と書いた紙を掲げて、もはや26年間経っている。小渕恵三もすでに亡くなりこの世にいない。彼の娘も代議士になったが、支持者の歌舞伎接待の問題でで、今は身を潜めている。平成元年から10年の間の年表だが、相変わらず国会議員のカネの問題が噴出している。今日とて甘利明経済大臣が建設会社から金を受け取り辞任するというニュースが流れている。
「人間の寿命は尽きるとも、世の代議士の賄賂の種は尽きまじ」(石川五右衛門にならい私が作った格言)
この時代オーム真理教が大問題を引き起こしている。教主麻原彰滉はもう死刑になったのであろうか?まだ刑務所で生きているらしい。その点宮崎勤は1988年から89年に事件を起こし、2008年にはもう絞首刑になっている。宮崎勤の父親は自殺し、勤の兄弟姉妹もいたが、いまはどんな暮らしをしているのだろうか?いまだにマスコミは罪もない家族をリンチするような報道がされている。20になったら責任は本人にあるだけで家族にはないと思うべきである。未成年が起こした「酒鬼薔薇」事件もあった。この少年も今では30過ぎの成人になっている。二度と犯罪を起こさないように生活してもらいたいものだ。
2000年までのこの10年間は不況の時期で、バブルのツケがまわり、銀行の頭取などがヤクザの銃弾を浴びるような事件も出てきています。証券会社もインチキをし、怖ろしげな人物には損を補填していたということもありました。大蔵のエリートもノウパンシャブシャブの接待を受けていたのが発覚し、エリートもこの程度のものかとあきれさしています。
さて、原油安、株安で始まった今年どのような一年になるのでしょうか?巨大地震など起こらなればいいがと願うばかりです。