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日下部一郎は昭和13年にできた中野学校の一期生の18人の一人です。その中の一人は不祥事を起こし、腹を切り、仲間に介錯されています。最終的に中野学校の卒業者は3000人なっています。これらが防諜、暗殺、謀略にかかわったということになります。本文中日下部は久村になっています。久村は中国で病院長を銃で撃っています。川島芳子を北京から追い払う工作もしていました。共産軍と戦うために匪賊に日本製の武器を与える交渉もしています。しかし匪賊が集まったところで、一網打尽にして日本陸軍は捕まえてしまいす。しかしアメリカやイギリスの防諜組織と比べると、まったく用を為さないように思われて仕方ありません。戦争に負けたからそう思われるのかもしれませんが、初陣でソ連との国境を爆破しましたが、ソ連の防諜組織は東京からやってきた連中だと見抜いていました。よく言われるように戦争が始まると、日本では英語が禁止状態になりましたが、アメリカは日本語を学ぶ学生を増やしていました。暗号を解読し、外務省も軍の無線も筒抜け状態でした。孫子の兵法をアジア人である日本人よりアメリカ人のほうがよく理解していたということになります。日露戦争で、バルチック艦隊がアフリカ大陸の喜望峰を回った時に、アフリカに渡った唐行きさんが日本領事館に打電したということがありました。東郷平八郎の銅像はあるようですが、あの愛国者の唐行きさんの銅像がないということが、いかに日本が情報を軽んじていたかがわかるというものです。最近大使館人を増やそうとしていますが、ただワインを飲んで会食するだけの人間など増やす必要があるでしょうか?
香港で大衆食堂に入り、ラーメンをたのんだら、日清食品の即席ラーメン出前一丁が出てくるそうです。香港ドルで26ドル、日本円で260円から290円。台湾でオデンのことは「黒輪」と書くそうです。発音は「おーれん」。値段は35元。日本円で140円。戦前の植民地時代、戦後の経済大国の時代により、アジアには食べ物においても日本の影響がうかがえます。韓国の巻き寿司キムパッ、うどん、たくあん。私もソウルでキムパッを食べましたが、す飯ではなく白飯で、ごま油のきいた韓国海苔で、巻き寿司型のむすびだと思えばいいでしょう。韓国ドラマを見ると、焼きそばみたいなものを食いながら盛んにたくわんもかじっています。日本ではこのような食い方はしないでしょう。しいていえば、紅生姜を焼きそばに入れるくらいで、それを別にして食べることはしないと思われます。自分だけがそう思っているだけで、紅生姜を混ぜないで食べている人もいるかもしれません。日本人が考え出した「かにかまぼこ」はアジアの国々のスーパーマーケットにも売っています。国々に特徴があって、筋が固まってバラケないものもあるようです。
今柊二は嫁さんと二人の娘を伴って旅しています。娘たちは定食屋など嫌がり、日本にもあるハンバーガー店とかレストランチェーン店に入りたがります。娘たちが大人になると、日本の食卓は大きく今と違ったものになるでしょう。今柊二の「定食研究」は20年後先、遺物として、まるで縄文人が食べていたものの研究と同等なものになるでしょう。
期せずして、前回のギルモアと同じく、不登校の息子にまつわる家族の物語です。ギルモアはこの本の主人公のようにテレビ放送局の社員ではありませんが、映画とかドラマの評論家ということで、やはりテレビなどに出て収入を得ていました。最終的にはカナダの大学の教授になりました。さて日本の、最先端を走るマスコミ業界の男は不登校の息子を持つと、納豆製造者になってしまいます。日本もアメリカもいい大学に入れないと高い収入を得る職業に就けないというプレッシャーがあるのでしょう。勉強の嫌いな子、勉強の不得意な子は、もう小学校から脱落していくようです。母親は子供を生む前は新聞社に入社しており、夫よりも高い偏差値の大学卒業者という設定で、子供を生んだために体調を悪くし、元の職場に戻れなかったということになっています。そのため一人息子に期待をかけ、中学受験に失敗しましたが、高校受験に再度挑戦するように息子に発破をかけていました。が、息子は不登校になってしまいます。マスコミ業界というところはとりわけ偏差値の高い大学出ないとは入れないところです。それか親が政治家とか財界の金持とかというのだったら、コネで頭が少々パーでも入れる所らしい。この主人公は秋田の大曲出身で、実家が納豆製造屋で、今は兄が継いでいたが、腰を悪くして廃業していたという設定ですから、大金持ちのボンボンではなく、それなりに勉強ができてテレビ業界に入社できたのでしょう。ギルモアも一時テレビ局の仕事がなくなって収入が途絶えた時、宅配業者の宅配人になろうとしたときがありました。ギルモア自身が不登校の息子と同じような情けない状況になったのです。映画ばかりを見せ、学校に行かせない状況は息子をだめにし、クズ男にしているのではないかという疑念をもっています。しかしながら映画を見ながら息子にシーンの解説やら、俳優の長所や欠点など説明し、彼が今までしてきた仕事のエキスや人生観を伝授しようとしています。冬至祭の主人公は彼が今までやってきた仕事のエキスを息子に伝授しようにも、有名な大学を出ていないと入れないところであり、たとえ息子が立ち直り大学を出ても、父親が一介のプロデューサーではコネでは入れません。ましてや小学校や中学校で勉強で挫折する子供は超難関大学など入れないでしょう。まずもって彼の担当の報道関係のエキスを息子の伝授することはできません。それに伝えるほどのエキスがあるとも思えません。多分よく言われるように、歯車の一部でしかなく、彼がいようといまいと、それなりテレビ局の仕事は続いていくでしょう。それで藁の納豆となるのです。納豆では放送局のように巨大な装置はいりません。手作りで目の見える範囲で仕事が完結できます。別に納豆でなくてもいいのです。ラーメン屋でもいいのです。全体が見通せる仕事でないと、人間、納得できないような心理構造になっているのかもしれません。
「子供たちをいかに育て、いかに教えるか、それこそが人間の知るもっとも切実な難行であるように思われる。教育について私の知るところはその一事に尽きる」
勉強嫌いでもう学校には行きたくないという息子に対して、ギルモアは学校に行かない代わりに週何本かの映画を一緒に見、決してコカインや麻薬に手を出さないことを約束させます。息子が16歳から19歳になるまで、映画による父親の教育が始まったのです。その顛末がこの本で書かれています。同時にこれは映画評論にもなっているし、息子の成長記録にもなっています。息子はインチキ会社に入ったり、皿洗い、コックになったり、音楽にのめりこんだり、恋人とくっ付いたり別れたり、最終的には高卒の資格試験をとって大学生になったところで終わっています。カナダの映画監督デヴィット・クローネンバークとのインタビューで、ギルモアが「子育てはさよならの連続であって、まずおむつに別れを告げ、ついでベビー服に別れを告げ、そして最後には子供自身に別れを告げる。結局子供たちは、青春を親元で過ごしてから去っていくのだ」というと、クローネンバークはこう言ったそうです。
「うん、でも、連中は本当に手の届かないところにさっていくのだろうか?」
ライブ会場に来られるのを拒んでいた息子は最後には父親を招待します。その喧騒のライブ会場の中で、ギルモアは涙がにじみ出たそうです。ビートルズをかけても感動しなかった息子とのギャップに驚きつつも、世代の断絶はあろうとも、父と息子のあいだには何かつながりがあるという確信がもてそうな気分になります。
和歌でも本歌取りというという技法があります。もとの有名な和歌を知っていないと、その面白みはわからないというものです。そこでは「そこはかとない」教養が必要なのです。こうした教養の重層の中で、和歌を作り、詠んで、これこれはあの和歌を下敷きにしているのだと、わかると、「そこはかもなく」自分の教養の高さを知ることができ、一種の知的同好会の飲み会のような気分を味あわせてくれるのでしょう。タイトルの首輪物語は「指輪物語」であり、パウダー・スノウは谷崎の「細雪」であり、亀甲マンは映画「スパイダーマン」であり、あこや貝夫人は菊池寛の「真珠夫人」であり、渚のカルメンはメリメの「カルメン」であり、プロフェッショナルXはデフォーのロビンソン・クルーソーの収縮版でなく完全版を読んでいないと、自分の「そこはかない」教養を満足させてくれるものではありません。そうは言っても、私は指輪物語を読んでいません。この本の前哨である「ホビットの冒険」は読みましたが、このような子供騙しのような物語をよく長々と大人が根つめて書いたものだと思ったくらいです。細雪もよく戦争中にその時代とかけ離れた物語を書いたものだとあきれました。スパイダーマンも映画で疾走する電車に蜘蛛の糸を貼り付けて止めてしまうなんて、物理学原則をコケにしているが、結構面白かった。清水は納豆の糸と改変して、和風に代用しています。ふんどしマンか、女性用パンティーマンというスパイダーマンをまねた邦画を見ましたが、ばかばかしくて途中で見るのをやめました。真珠夫人など三流の文芸作品であり、読んだことはありません。メリメのカルメンは高校生時代に読みましたが、当時の人気のソフィア・ローレンを思い浮かべながら読んでいたと思います。ロビンソン・クルーソーもグアム島の横井庄一さんであり、完全版は読んだことがありません。清水がこのデフォーについて書いたものがあり、奴隷主義者でもあったということがこのロビンソン・クルーソーでもわかると言っていました。それならば、ということでインターネットで無料の小説をダウンロードしようとしましたが、日本語版はなく、仕方なく英語版をダウンロードして読み始めましたが、英語力のなさで、今のところ本の半ばで止まり、小麦やとうもろこしを栽培したり、小規模な牧畜をしたりする部分で読むのを休止しています。