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200年以上経つと今の漫画も解説付きでないと読めなくなっているでしょう。ここに紹介されている絵本である「黄表紙」の中味の文章は崩し文字で私には読めません。絵は何となくわかりますが、脇に書かれた細かい文字はまるで暗号のように思えます。ここでは5本の黄表紙本をその地文を活字にし、訳文をつけてなおかつ解説してくれています。江戸時代このような本を各階級の人々が競って読んでいたというのですから、何と日本人の識字率は高かったのかということがしのばれます。「金金先生栄華夢」きんきんせんせいえいがのゆめ、これの読み方は何となくわかります。「辞闘戦新根」これは「ことばのたたかいあたらしいのね」と読むのだそうです。新根と書いて、「あたらしいのね」とは200年前といっても古さを感じさせません。「江戸生艶気樺焼」、えどなまいろけかばやきと読んではいけません。「えどうまれうわきのかばやき」が正しいのです。「天下一面鏡梅鉢」これはそのまま、てんかいちめんかがみのうめばち、「的中地本問屋」は、てきちゅうじほんとんやは間違いで「あたりやしたぢほんとんや」と読むということです。芥川龍之介の「杜子春」は「金金先生栄華夢」をもう少し文学的にした焼き直しです。「辞闘戦新根」はまさに現在の、年末に行われる言葉大賞に当たるものでしょう。「江戸生艶気樺焼」は寅さん映画を観ているような気がしてきました。「的中地本問屋」では昔の出版業も今もそんなには変わらないことを示しています。「天下一面鏡梅鉢」は松平定信の寛政の改革を揶揄したもので、絶版の処分を受けています。
アメリカは建国当初からインチキ性にまみれています。それは「自明の運命」というものに表現されています。
「大量虐殺も辞さないほどの貪欲さで他者の土地や資源を手にいれようとしながら、その行為は断じて私利私欲のためではないとされ、自由、進歩、文明化の推進という崇高などうきによるものとの美名をつねにまとってきた」
大航海時代から世界の覇者になったアングロサクソン系の人間の思いあがりは今でも手のつけられない状態です。ある説によると、アフリカに現生人類がいて、そこから追い出されて寒いヨーロッパに行かざるを得なかったのが白色人種であり、彼らにとってアフリカは「エデンの園」であり、恵み多いその地から追い出された憎しみが、大航海以降黒人や黄色人への仕返しになっているということです。7,8万年前のことをいまだに根を持っているのも相当執念深いことではありますが、それ以上に彼らは戦争上手でもあります。ローマ時代では勇敢な傭兵になったり、バイキングのような荒くれ海賊でもありました。
第二次世界大戦の末期ルーズベルトが病死し、副大統領のトルーマンが大統領になりましたが、このトルーマンは小さき頃から目が悪く、分厚いレンズのメガネをかけ、皆からいじめられて、泣いて帰り、カーボーイ気質の父親を嘆かせたそうです。母親からはお前は女の子だからいいだよと慰められていてということです。高校を卒業して、洋品店など経営していましたが、立ち行かなくなり、たまたまペンターガストという民主党の幹部から推薦を受けて上院議員になったという人です。この人が日本に原爆を落とすことを命令しました。原爆は早く戦争を終わらせ、米兵の無駄な死をなくしたとトルーマンは自画自賛をしていますが、実際はソ連のスターリンを恫喝するために原爆を落としたというのが真相です。広島と長崎はアメリカとソヴィエトの冷戦の最初の犠牲者ということになります。もちろん日本人に対する蔑視もありました。戦争中のアメリカではドイツ人に対しては「善良なドイツ人」もいるということになっていましたが、日本人は「害虫、ゴキブリ、ガラガラヘビ、ネズミ、サル」であり人間ではありません。彼らに言わせれば害虫ですから駆除するのは当たり前で、無差別爆撃も原爆もゴキブリを一掃する殺虫剤のようなものだと感じていたのでしょう。だからトルーマンはポッタムの帰りに広島の原爆投下の成功を聞き、彼は飛び上がってこう叫んだそうです。
「自分がした中かで最も心躍る仕事だった」
このように大喜びした大統領に対してある民主党委員は苦言を呈しました。
「無辜の人を死にいたらしめる兵器に歓喜するなど、かりそめにもアメリカ合衆国の大統領たるもののなすべきことではない。喜んだ理由が破壊ではなく、破壊に終止符をうったことにあると明確にしていただきたい」
この民主党委員のこの言い草も、インディアンの土地を掠め取り、根絶やしにし、なおかつインディアンに文明を授けてやったんだという「美名」と同じことです。大量無差別爆撃も原爆も戦争犯罪であり、原爆によって早く戦争が終わり、あなた方(日本人)も人員の消耗が少なくなったでしょというまやかしに騙されないことです。
多重債務者が贅沢な暮らしをし、闇金融が貧しい生活しているなんてことは普通考えられないことです。しかし世界では、多重債務者のアメリカが贅沢な暮らしをし、債権者の日本はアメリカのご機嫌を伺いながら貧しい生活を強いられています。日本人はせっせと貯金をし、それがアメリカの国債購入や投資資金に流れています。アメリカはそれらを持って、自分で作った自分に都合のいいルールのカジノで、バクチをやり、基軸通貨の強みもあって大儲けしています。ならばアメリカの国債など売り払えばいいと思われますが、ところがこの多重債務者のアメリカは残酷なヤクザの親分でもあり、この組から抜けるというなら後はどうなるかしらんぞと内々のうちに恫喝しているようなものです。仕方なく日本ではアメリカ国債は塩漬けになり、アメリカ人の生活を支えるためにせっせと長時間奴隷のように働いているようなことになっています。
前期高齢者(65歳~75歳)の就業率は日本は40%を超え、世界では年寄りがこのように働いている国はありません。私もその一人ですが、国民年金では食っては行けず仕方なく働いているのです。まさかアメリカのために働いていると思ってはいませんでしたが、年金の原資もアメリカの国債を買っているのだったら、間接的にかつてのアメリカ南部の綿花の摘み取りのアフリカの奴隷と同じことになります。
このところの円安は日本が衰退期に入ったということだと著者は言っています。もはや成長することはありません。国が衰退するとおのずとその国の貨幣の価値は下がっていきます。やがて日本はタイやミヤンマーのレベルになるでしょう。もはや投資をするほどの価値のある国でなくなります。目先のきく人は日本を脱出し、資産もろとも居を海外に移しています。日本には貧者しかいなくなります。貧すれば鈍すで、こうなるとイノベーションなどはるか遠く、愚か者のガラパゴスとしてしかの観光立国と世界から見られることでしょう。
私は中学生の頃からミッキー・カーチスの最初の妻は雪村いずみだとずっと思っていました。実際は芳村真理でした。二人は似ているといえば似ています。何事もいい加減に覚える私の脳は半世紀以上にわたって間違を記憶してきたということになります。やっと死ぬ前に訂正されるとは!私はほかにも多くの間違いを記憶していることでしょう。長寿に恥多し、70手前ですが、ブッタのいうところの、単にトシをとっただけの人間であることがわかります。
中学生頃私は彼の顔つきからアメリカ人か二世かと思いましたが、祖母、祖父の代からアメリカ人やイギリス人とかかりあい、父、母も「あいの子」で、外人風な顔つきをしていて、息子であるミッキー・カーチスもおのずと外人風になっています。若い頃のミッキー・カーチスは生意気なヤンキーにみえて、日本人女が取り巻いているのを見ると快く思わなかったものです。でもこの本の表紙でも見て取れるように、トシをとると、日本人的風貌も出てきたような気がします。
ミッキー・カーチスの母親からして日本人離れな考え方をする人です。学校などさぼって映画を観るミッキー・カーチスに対して、いろいろな映画を観なさい、駄作も見ないといい映画がわからにといって、禁止することなく奨励しています。ミッキー・カーチスが映画に出ることを誘われた時、彼自身は断ろうと思っていたのですが、母親はこう言って彼の気持ちをひるがえしました。
「ミュージッシャンは若いうちしかできないけれど、役者なら年齢に応じていくつまでも演じられる」
この本で私がわからない「さげ」があります。立川談志がミッキー・カーチスに向かっていったものです。当時オウム教が世間をにぎやかしていた頃です。
『「ミッキー、7月は気をつけろよ」なんて突然言ってきた。おれは師匠の知識がものすごく豊富なことを知っているから、どういうことか確かめようと、「7月に何かあるんですか?」と尋ねると、「おう、ヤバいよ。言うだろう、毒ガス、7月、8月って」なんてダジャレだ』
どういう「さげ」などかさっぱりわかりません。どのようなことを言っているのでしょうか?外国語の漫談を聴いているような感じです。意味がわからないので笑えないのです。何として笑いたいと思っても、日本語であるのに意味がわからないとは!はがゆくて、日本人であることの自信を失いそうです。
1960年を境にして、それ以前に生まれたものを「旧型」、それ以後生まれたものを「新型」と言っています。1960年以降から日本が大いに変わったということだそうです。そのためには60年に生まれた子供の母親を考える必要があります。それらの母親は「1932から34年」に生まれた人たちが中心であり、学齢期に敗戦を迎え、戦後の民主主義の教育を最初に受けた人たちです。イメージを明確にするために、現在の皇后美智子様を思い浮かべるといいでしょう。皇太子徳仁はまさしく1960年生まれです。皇后美智子様は1934年です。美智子皇后は宮中での旧来の、乳母による子育てをやめて、自分で育てる子育てを始めた人です。いまや新型の人口が6割で旧型は4割です。(2012年人口統計)
「新型」はどのように育てられたか?我々旧型からみると、単にわがままに育てられたという感じですが、彼らから言うと「個性的」に育てられたということになります。「旧型」はよく親や先生から多く殴られていました。「新型」は親から「あまり叱られたことがない」し、ましてや先生から殴られたこともない子供が多くなっています。個性的と言っても、テレビっ子でありアニメにはまり、旧型のように野原で他の子供たちと遊ぶということもなくなり、家で人気のアニメのフィギアやおもちゃで遊ぶことが多くなります。
要するに60年代以降日本は豊かになり、子供も少なく生まれ、大事に育てられてきたということになります。いい点もありますが悪いところも出てきているようです。食べ物も贅沢になり、アメリカ人のように肥満と高血圧に悩むようになります。川島なお実の早すぎる死は赤ワインの飲み過ぎたという人もいます。私もお茶の変わりにコカコーラを飲んで食事するのを見ると気持ちが悪くなります。女の子も母親になる練習のままごと遊びをやめて、着せ替え人形に熱中し、モデルに憧れています。銭湯に行く習慣がなくなり、修学旅行で一緒に風呂に入ることができない子供が多くなります。今ではパンツをはいたまま風呂に入っているようです。私の時代にはまだ「バンカラ」というものも存在価値がありましたが、これら「新型」では中味よりは外見が大事になり、格好ばかりつけたがる人間が多くなったと言っています。質実剛健の「バンカラ」は、中味のない「ハイカラ」よりはよしとする気風が我々「旧型」にはありますが、今の時代ではボロをまとった人間には見向きもしないし、口もきかないでしょう。このような風潮はどこの分野にも及び、中味より外見を大事にするために、化学肥料を使ったり、防腐剤や着色料の大量投与になります。現在では中味まで「整形」を使って変えようとしています。