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マンガを素材にしていますが、程度を落として精神医学を説明するものではなく、専門書であると著者は自負しています。
統合失調症は100人に1人はいるそうです。昔は隠していたものですが、いまでは精神科にかかる人が多くなっています。統合失調症は自覚症状がもてないのですから、家族が本人を連れて行くのでしょう。「座敷牢」に閉じ込めることはなくなりました。薬を飲んで、家に引き込まず、地域のデイケアに参加すれば、徐々によくなると著者は言っています。完璧に治るかどうかはっきりとはしていません。素質もありますが、統合失調症が発症するには環境が重大な因果でもあります。とりわけその人のまわりに統合失調症を発症させる人がいるということもあります。歴史的に考えてみれば、日本が太平洋戦争を起こした狂気の源泉は江戸時代の終末以来、アメリカを筆頭にして先進国のいたぶりがあったのではないかと想像されます。今のところ日本の狂気は沈静化していますが、韓国や中国のいたぶりに再び狂気の噴火が起こるかもしれません。そのためにアメリカはいつまでも基地を日本に置いているのでありましょう。切れやすい日本はいつまでも従順であるべき薬を飲み続けなければならないようです。それに世界のデイケアに参加し、統合失調症は完治していないが、悪くもなっていないということをアピールしないといけないようです。
うつ病も最近異常に増えています。どうもこれは医学の方の宣伝が効きすぎたということになるでしょう。偽患者が多くいるということです。これも一種のはやりなのでしょう。私はうつですと言えば、何かステータスを得た気分になるようです。もし勤め人だと診断書があれば、仕事もしないでも給料がもらえ、貴族のような生活ができるようです。ある役人は何年も出勤しないで、年に何度も海外旅行に行っているという話も聞きます。自営業者ではこのようなことはできません。本当に深刻なウツ患者は自営業者にいるような気がします。働かないと金は入らないし、働いたとしても儲かるような商売をしていないのなら、本当に気が滅入ってしまいます。このようなことで脳の中のドーパミンやセロトニンがおかしくなるのでしょう。
漁業も農業と同じように、大会社に漁業権を売ってそれに任したらどうだという議論があります。これに対して佐野は明治以降漁業権が培ってきたその場その場の海の保護と保存が一挙に脅かされると言っています。儲からないと企業はすぐさまその海を見捨てるでしょう。環境保護のかけらもありません。各地の漁業組合は嗣子代々、自分たちの魚場を魚が獲れても獲れなくても守ってきました。ここでも従事者の高齢化と跡継ぎがいないという事態になっています。大半の漁業者の収入は年間200万円から400万円の間です。労働のきつさの割には合わない収入です。
今からは獲る漁業から育てる漁業と言われていますが、養殖もいろいろな問題をはらんでいます。儲かると思ったら誰もがやり、過剰に生産して、やがて費用に見合うだけの収入が上げられなくなります。それに大手スーパーに足元を見られて安く買い叩かれます。
この大手スーパーも魚売り場ではパック詰めしやすい魚ばかり置き、売れやすいマグロのブロックや輸入の鮭のきり身ばかりが店頭に並んでいる始末です。まるで規格品のきゅうりと同じで、身の丈あった同じようなサイズの魚しかありません。雑魚などの魚は仕入れてもいないし、どう扱っていいのかわからないのでしょう。
おまけに消費者である50代以下はスーパー文化で育ってきた連中ですから、魚よりは肉の方に行っています。料理する仕方もわからないのでしょう。目玉があるので食べるのがおそろしいと馬鹿なことを言っている娘もいます。60歳代以上は魚屋さんがあった時代で、魚をさばいているのを見ていますから、魚に違和感などありません。それなりに魚を食べているようです。しかし20代になると、ほとんど魚を食べていません。食べたとしてもスーパーなどで買った骨抜き魚で、その作業で崩れた身を結着剤で整えたものくらいしか食べてはいないのでしょう。
石ころから始まり、刀、弓、銃、大砲、ミサイル、原子爆弾、ドローン、ロボットまで殺し合いの武器が発展したのが見られます。弓くらいまでは戦士としてのプライドが持てますが、銃以降そのようなものをもっていたらすかさず殺されてしまいます。日本の織田信長以前の合戦では、みんな武士は俺はどこそこのものであると名乗っていました。そこにはたとえ殺し合いであっても美意識があったように思われます。でも織田信長以降、足軽が放つ一斉射撃で甲冑をかぶく武士が名乗りを上げるまもなく銃弾で倒されます。ある面銃は戦争での民主主義をもたらしたと著者は言っています。「戦場における階級力学」が変わったと表現しています。その例としてまさしく日本での1575年の長篠の戦を引いています。「日本の戦争における伝統的な社会秩序をくつがえした」と解説しています。西洋では「卑しい銃士」によって「騎馬貴族」が殺されるのが腹立たしいと思われ、捕らえられた「卑しい銃士」は「手を切り落とされ、目をくりぬかれた」と書いています。
広島に原子爆弾を落とした飛行機は「エノラ・ゲイ」と名づけられていますが、これはパイロットの母親の名前です。母親は広島で14万人が死んだと聞いて何を思ったことでしょうか?原爆は早く戦争を終わらして、それ以上の人的被害を最小に抑えたと自賛していますが、落とさなくても日本は降伏するのはわかっていたのです。作ったからには実験してみようと思ったのでしょう。砂漠で破裂させても、人間の被害はわかりません。我々はモルモットにされたのです。広島の比治山の上に建てられたABCCはいったい何を研究したのでしょうか?私は被爆者ではありませんが、何十年か前、ABCCから無料で身体検査をするから来てくれという封書が届いたことがありました。私は無視しましたが、中にはタダだからと言って受診した人もいたでしょう。多分広島で生活している人の残留放射能の数値がきめ細かくアメリカの秘密文書となって保存されていることでしょう。
パソコン2台をWi-Fiで繋ぎました。ケーブル線がなくなってすっきりしました。パソコン導入時期、無線で繋ごうとしたのですが、よく切れ、将棋などをしているときにイライラしていたものです。仕方なく有線で繋いでいました。Kindleやタブレットなどを最近買い、無線で問題なく繋がりますから、今回2台のパソコンを無線で繋いでしまいました。問題なく繋がり、世の中はどんどん進化しているのだと実感しました。バッファローの親機はあるので、同じメーカーの子機を買い、その子機についていたCDを開いて、指示通りし、親機の暗証番号を打ち込んだら、インターネットができるようになりました。無線の強度を示す棒線が5本ある中で3本か4本かをいっていますが、今のところ切れることはありません。
マウスやキーボードも無線で繋ぐことが出来るそうですが、それに対応する器機を買わないといけないので、我慢しています。デジカメも無線の機能がなくても、メモリー自体にその機能を組み込んだものがあるので、それを挿入すれば、難なくパソコンに電波で撮った写真を入れることができるそうです。
宇宙から来るニュートリノが自分の体をすうすうと通り抜けるように、いろいろな電波も通り抜けています。毎日レントゲンにかかっているようで、これは体に悪いのではないかと思ってしまいます。レントゲンといわないまでも、弱い電子レンジの中にいるのではないかとも考えられます。よく気の狂った人が悪質な電波で攻撃されていると言っていますが、案外これは真実ではないかと思ってしまいます。私らのように鈍感なものにはわからないが、気が狂いやすい鋭敏な者にはそれが感じられるのではないかと思ってしまいます。
昨日総合失調症であったアメリカの数学者ナッシュが妻ともども交通事故でタクシーの中で死んでしまったというニュースが流れました。きっと彼も電波で悩まされた一人であったのでしょう。
東北関東大地震もどこかの国が地震発生装置を使って起こしたものだという風説があります。この地震発生装置もニコラ・テラスが考えてものと言われています。解説によると機械的振動装置で建物が共振し、建物が揺れ、水道管が破裂し、外の街路樹が揺れ始め、これを止めるにはニコラ・テラスがハンマーでこの機械を壊すしかなかったと言っています。これは小規模な地震発生装置ですが、ニコラ・テラスは「遠隔地球力学」というものを考え、「地球を真っ二つにする」ほどの地震を起こすこともできると言っています。
グーグルが今やっている自動運転自動車はニコラ・テラスが考えたものです。1856年生まれの彼が思いついたことが現在では少しずつ実現されています。レーザー光線兵器も彼の考えです。アメリカの艦船にはそれが取り付けられており、飛行機などを撃ち落しています。やがてこれを衛星などに組み込み、大陸間弾道ミサイルを撃ち落とすような計画もあります。ニコラ・テラスは百年も先に行っていた科学者ということになりましょう。
クロアチアの出身です。民族紛争の多い地域です。父親が司祭で司祭になることを求められましたが、工業専門学校からプラハ大学に入り、「物理学や数学」を熱心に勉強し、やがてアメリカに渡り、エジソンの下で働き始めます。8カ国もの言語を理解し、マーク・トウェインに会って、著作を読んだと言ったら、マーク・トウェイン自身が泣いてニコラ・テラスを抱擁したと記しています。ノーベル賞の候補にもなりましたが、授賞はしていません。
ニコラ・テラスには神童の兄もいたのですが、はっきりとは書いていませんが、飼っていた馬から落ちたのか、馬に蹴られたのか、若くして死んでいます。この馬は父親が山で野犬に囲まれた時、家に帰り救援の人々とともに父の居場所に戻ってきたほどの賢い馬だと言っています。