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表紙だけが写真で、中味は大方手書きの図版になっていて、チープな感じは否めません。写真があっても白黒です。近代兵器を紹介するのですから、カラー写真であってほしいものです。私も小さい頃から戦艦大和やゼロ戦の写真をよく見ていたものです。戦艦大和の何本もの大砲、機関砲あり、白波を立てて突き進む様子の写真を見ると、自然と心の中で軍艦マーチが鳴り響きます。でも最近の戦艦をみると、艦の前面にたよりなげな機関砲があるだけで、艦全体が鋼鉄に覆われているだけです。ミサイルが格納されているのでしょうけど、何とも頼りない感じがします。おまけにこの鋼板も薄いもので、砲弾などでも打ち抜かれるでしょう。現代戦は軍艦同士が砲を交えて対戦するものではなく、50キロメートルや100キロメートル先の戦闘機やミサイルと対峙するので、レーダーを張り巡らせ、相手より先に相手を捕捉して先制攻撃を仕掛けるものになっています。だからいくら艦を補強しても意味のないものになっています。艦自体を軽くし、その分スピードを増し、ミサイルの格納を多くすることに考えが変わってきています。
2011年ウサーマ・ビン・ラーディンがアメリカの兵隊によって暗殺されましたが、その様子はその兵士たちのヘルメットにつけられたカメラで写され、オバマ大統領はホワイトハウスの執務室に居ながらにして見ていたそうです。最近はドローンといった無人機が飛び回ってテロリストらを殺害しています。もはや人間は戦闘の現場にいなく、はるか離れたアメリカの基地の中でディスプレイを見ながらドローンを操作し、ミサイルを発射しています。ソマリアでアメリカの戦闘機のパイロットが捕まり、殺され、見せしめのため死体を市中にねりまわしたということがあって、それ以降ドローンの開発が促進しました。今ではアマゾンがこのドローンを使って、注文品を届けようと計画しています。軍事研究がやがて民間に及ぶというのはこのことでしょうか。ドローンを小型にしたおもちゃがはやっています。スマートフォンのアプリで遠隔操作でき、地上から何十メートル離れた地点から動画を撮っています。空撮できるのですから、いくら金持が塀を高くしても、このドローンは飛び越え、内部の様子を探ることも出来ます。手元にある受信機で敷地内の様子が手に取るように見えるのです。大変な世界になってきたものです。へたをすると家の中まで入ってきます。
私は店をやっていますから、よくなにげなく「看板でーす」と言っています。店をしまうことをなぜ看板ですというということを深く考えたことがありません。この本を読まないで、なぜ看板というのかを説明せよと言われたら、はたと困って、看板と店の終了の接点が見つけられません。江戸時代、店屋の看板は家に架けられた看板、壁に打ち付けられた看板、それに簡便な軒につるされた看板がありました。吊るされた看板を店が終わったら店の中にしまっていたので、「看板でーす」となったのです。あまりにも当たり前すぎて、このような疑問を思いつかなかったという例が他にも多くあることでしょう。
私の店には「福助」の陶器の置物があります。多分50年前からあるものです。私は福助足袋という会社があって、その宣伝用にもらったものではないかと思っています。というのは父母の時代、福助足袋で働いていた人が辞めて、店で働いていた時があったからです。だから福助もこの会社のマスコットでその会社が創作したものだと思っていましたが、実は京都の大文字屋という呉服屋の主人で、「頭の大きい小男」で、貧民に施しを与えたので、恩返しに貧民が彼に似せた人形をこしらえたという話からきています。他にも説があるのですが、いずれも福助のような顔相は富者になり、幸せに暮らせるのだという逸話が残っているのです。ちょんまげをして裃を着ていても、武士のようにえばっていなく、謙虚にお辞儀している格好ですから、だれからからも好かれるのでしょう。
また福助と同じくらいの大きさの黒い招き猫もありましたが、壊れたか盗難にあったかわかりません。この「招き猫」も江戸時代の花魁の逸話から出てきます。猫好きの花魁・薄雲の飼い猫が殺され、悲しんでいるのを見た「日本橋の唐物屋の主人」がその猫に似せた木彫りの猫を贈ったのが始まりで、花魁とは今で言うところの超一流の映画女優のようなものですから、その花魁が木彫りの猫を大事に抱えているのを見て、ある知恵者がその猫そっくりなものを売り出したらこれがヒットしたということです。特に水商売関係に絶大なる人気を博しました。私の店も陶器の招き猫はなくなりましたが、生きた野良猫がうろつきまわり、夏など戸を開けていると、呼びもしないのに厚かましくも入って来たりします。皿でも投げつけてやろうと思いますが、たたりでもあったらいけないので、シーシーと追い払っています。そういえば最近ネズミも出てきません。沈没する船からは事前にネズミはいなくなるという話があります。猫が増えたせいだと思っていますが、私の店もそろそろ終わりが近づいているようです。
3年間経っても腐らない大手パンメーカーの菓子パンの写真を載せています。私がいつもよく買うアップルパイのパンです。変な匂いはするが黴は湧いていないそうです。ごはんと比較してパンはこのようにいろいろな添加物が加わって、日本の菓子パンは「不健康なお菓子」ということになります。私は自分でもパン焼機で食パンを作りますが、2,3日で黴が湧いてきます。買ってきた食パンはそのようなことはありません。一週間くらいで食ってしまうので、まあ保存料が効いて、一週間くらいでは腐らないようになっているのだなと思っていました。しかし3年間も黴が湧かなかったというのは初めて知りました。日本の技術が進んでいるのか、このようなものに無頓着なのかはわかりません。
幕内秀夫の主張はごはんを食べ、味噌汁を飲み、漬けものを食べ、あとはなるべく魚を、少々は肉を副食にして毎日食べれば、ほどほどの健康は保たれると言っています。テレビでやっているようにこれを食べると必ず健康になるといった食品はありません。偏った一品健康食はかえって健康を損ないます。菜食主義で、タバコのアルコールもたしなめなかったヒットラーは超健康オタクですが毎日チョコレートを1キロも食べていたそうです。チョコレートの成分が彼をハイにさせていたのでしょう。多分当時のドイツではチョコレートが健康食品ともてはやされていたのでしょう。
最近は官庁と企業の連携で「トクホ」なる証明のついた食品や飲み物がでまわっています。幕内に言わせれば、「ヘルシーはカネが減るしー、高価なだけに効果なし」となります。
中村仁一は毎年正月にはダンボールの棺桶に入り、「一年を振り返り、新しい年をどう生きるかを考えている」ということをやっています。「一年の計は棺桶にあり」としゃれています。70歳以上生きるのは無駄だと言っています。私は百歳まで生きようと思っていますが、これは欲が深いと言われそうです。いい歳をして、これ以上有意義なものを生み出せない年寄りが生きていても、資源の無駄遣いをしているだけです。
例のごとくガンになっても治療しなくてもいいと主張しています。本物のガンは治らないし、手術などすると、かえって死期を早めます。もしそれで治ったガンなら、それは「がんもどき」であり、手術などしなくても自然に治るものであると。
効果のない手術をするかというと、医師界は「土建産業」と瓜二つであるからです。「いま握っている利権、役得を手放したくない」という一心からです。
予防検診などは、「患者を呼ぼう」ということで、無理やり数値を示して、健康な人を病人にしてしまうことだと言っています。血を抜いたり、レントゲンを受けたりするとかかえって病気をもらったり、ガンになりやすくなります。ガンになっても放置しておくと、いい死に方ができます。やがて食えなくなって餓死するのです。間違っても、「胃ろう」の手術をして延命治療をしないことです。餓死する直前脳は麻薬物質を作り出し、天国をさまようことができます。へたに栄養を与え続けられると苦痛だけが高まるだけです。死にたいと思っても死ねないのです。フランスのことわざに、「ものが自分の口で食べられなくなったら医者の仕事は終わり、あとは牧師の仕事」とあるそうです。
「医師」も「占い師」も「結婚詐欺師」も共通に「師」がついています。胡散臭い人物だとわかります。「大往生」したい人や、平穏な暮らしをしたい人はこれらの「師」に関わりあってはいけないようです。
兜太の母親は百四歳で亡くなっています。母親似なのでしょう。俳句をする人は長生きするというのは本当のように思えます。心のもやもやを簡潔にまとめると、スッキリしてストレスが溜まらなくなるのでしょう。
「長寿の母うんこのように我を産みぬ」
モデルのようなスタイルのいい女性ではなく、「小太りで、尻の大きい」体型であったと兜太は言っています。アフリカでは尻の大きい女が美人だといわれています。日本でははやらなくなった体型はいまでもアフリカでは賞賛されています。今はもてなくなった女性でもいつの日か流行が変わって、再び尻の大きい女がモテモテの時代が来るでしょう。
「髭のびててっぺん薄き自然かな」
兜太は40台からそうなったそうです。てっぺんがうすくなるかわりに耳の毛がドンドン濃いくなったそうです。あたりまえのことだと思えば気になりません。私の耳の毛もイソギンチャクのように伸びています。かえって長寿の相と思って喜んでいます。昨日私は歯医者に行って、ぐらぐらしている歯を一本抜いてもらいました。67歳にして完結無敵の歯並びが一本欠けてことになります。悲しくて仕方ありませんが、「自然かな」と考えれば、67歳まで自分の歯が完璧にあったということは他者と比べてみても上等のほうであったと思うほかありません。
兜太は朝起きると30分間「立禅」をしています。立ったまま、死んだ人の名前を心の中でつぶやき、思い出すのだそうです。これによってボケもしないし、死者と一体になり何ら死を恐れなくなり、死と生の垣根が取り払われ、渾然一体化し、生きているようでもあり、死んでいるようでもあり、名言「私はどうも死ぬ気がしない」とも言えるようになります。