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世界の娼婦たちにジャパンにはドリームがあると知らしめたのはチリのアニータです。日本の色ボケした男に11億円も貢がせた女性です。アニータには8人もの子供がいますが、貢がせた男の子供は産んでいません。八木沢はアニータに面談しています。面談料一日10万円だと吹っかけられましたが、八木沢はフリーの記者だからそんなにカネがないといって、一日一万5千円にまけてもらっています。したたかな女です。面談中長女の19歳の娘と喧嘩中で、テレビの中継車が来ていました。チリでは有名人で、タレントとして活躍しています。娘が交際している男にアニータが反対して娘と喧嘩になっているのです。アニータはテレビの記者たちにこの日本から来た男は娘を日本でデビューさせたいといい加減なことを言っています。とっさにこのような嘘がつけるというのは一種の才能でしょう。アホ男ならアニータにかかったら、手も足も出ないでしょう。ただただあそこを起立させてアニータに愚弄させられていることでしょう。アニータもそうですが、日本に来る娼婦は家族や子供のために日本にカネを稼ぐために来ています。アニータも子供の病気のために日本へストリッパーとして来ています。当時は「生板ショウー」というものがあって、舞台でお客とセックスしていました。それから青森のほうで色ボケ男に出会ったのです。八木沢にはこの色ボケ男を愛していなかったとアニータは言っています。日本人の男も女も騙されやすいと思われます。この本ではタイの女性のことも出ています。日本人の男がタイで晩年を過ごそうとあるタイ女性と仲良くなります。日本国籍ではタイで土地家屋は買えないので、タイ女性の名義で土地家屋を買いました。しばらくたつと親戚だという男が入ってきて、この男の部屋からタイの女性は出てこなくなりました。結局身の危険を感じて日本人は家からでる他ありませんでした。日本は先進国だと自慢しても、タイやチリの女性に手玉を取られるようではこの先進国もメッキだと思われて仕方ありません。先進国のアメリカの女性を嫁さんにした男もいましたが、離婚後莫大な慰謝料をとられています。日本の男も女もカネがあると思われるから、チヤホヤされるだけで、本当は魅力のある人間は少ないように思われているようです。無口な高倉健も日本人にはそのよさがわかりますが、外人にとってはもしカネがなければ無愛想な木偶の坊としか思われないでしょう。
ペリー艦隊が沖縄、当時で言えば琉球に来た時、その船員がレイプ事件を起こしています。住民から追っかけられて海に落ちて死にましたが、ペリーは住民の処罰を強く主張しています。おまけに下田に来た時も、同様な事件があり、お上の裁定で内々ですますことにより被害者の女性は泣き寝入りになりました。我々も韓国に習ってアメリカの各州に日本のレイプ被害者の像をうち立てたらどうかと思います。
私は永らく耳垢がねばいこいので縄文人的要素が強く、先進的弥生系人間と比較して劣っているのだというコンプレックスを抱いていました。日本人の8割かたは耳垢がカサカサで乾いています。東洋系の人間だけが耳垢がカサカサで、アフリカ、ヨーロッパ系は2,3%しかいません。縄文人は狩猟型の食生活ですから、イノシシや鮭など動物性蛋白を取っています。稲作をもたらした弥生人は米によるでんぷん食です。遺伝子の変異が耳垢をかさかさにしたのです。この本でもはっきりと断定していませんが、動物性蛋白を食する人間は体臭が強くなります。アフリカやヨーロッパなどのように乾燥した地域ではあまり気になりませんが、高温多湿な稲作地帯でなおかつ密集して棲んでいるとこの体臭の臭さは我慢できません。その圧力で遺伝子が変化したのでしょう。私は自分では自分の体臭に気づきませんが、たぶん臭いのでしょう。私には人が近寄りがたいところがありますから、体臭がバリアを張って他人を近づけないのでしょう。農耕型民族はお互い協力して水はけや草むしりを接近して行いますから、体臭のきつい人間は嫌われます。自ずと体臭がきつくならないような遺伝子に変わって行きます。消臭化した遺伝子はついでに耳垢もカサカサにします。
東洋人にはまた酒に弱いことも特徴です。アセトアルデヒトを分解する酵素が他の民族より少ないということによります。これもはっきりとはわかりませんが、高温多湿な地域で密集して棲んでいるといろいろな病原菌に犯されます。あえて毒であるアセトアルデヒトを分解しないことで、その病原菌に対抗させるために、遺伝子の改変があったのだという説もあるそうです。牧畜民族では牛やヤギの乳を飲んだ入りチーズにしたりしています。これも遺伝子の改変で、大人になるとなくなるはずの乳糖を消化するラクラーゼを作り出す機能を残すことによって、いつまでもこれら乳製品を食するためにそうなったのだということです。東洋人にはその機能が弱いものですから、牛乳を飲むと下痢したりします。
いずれにしても私は縄文人と弥生人の混合でやや縄文人の傾向が強いといったところかもしれません。ウインクもできますし、鼻もでかく隆起している。唇も厚いし、まぶたも二重だ。身長は165センチもあるが今では低いといえよう。手足は短い方かも知れぬ。顔も彫が深く、目は大きほうだ。これらは縄文系の特徴ですが、髪の毛は直毛で、頭は短頭、体毛は薄いというのは弥生系の特徴もあります。
今の私はもう先のない老人です。生涯独身者で死ぬことになるでしょう。何ら喜びもなく、ただ死ぬまで生きているだけの日々があるだけです。これは幸せの状態であるはずがありません。あまり期待しないで、この憂鬱な気分を晴らすために、この本を手にとって読んでみました。
「もし何々であったら」と考えてみることを勧めています。私の場合、もし私が結婚していたら、どうなっていたかを想像してみます。多分妻からカネがないとブツブツ言われるでしょう。私の性分として、夜遅くまで残業してカネを稼ごうとしないから、そうなることは必定です。サラリーマンなど勤まる我慢強い性分ではなく、仕方なく親の商売を引き継いだ次第です。この商売も親ほどのバイタリティはなく、現状維持で満足するだけで、多いに発展することはなく、年々ジリ貧になっています。このような状態で妻や、子供がいたら、私は妻や子供からバカにされ、そうそうその家庭に自分の居場所がなくなるでしょう。まるで針の筵に立たされているようなものです。妻の毒々しい罵言で私の精神はぐちゃぐちゃになります。
こう考えると独身であることの喜びがひしひしと感じられます。誰一人として、私を叱るものがいなく、少々は寂しいが、それなりに精神は安定し、喜びはないがそんなに苦痛もない、おまけにカネがないから無料で図書館から本を借り、半分寝ながら本を読んでいても、誰も文句言う人もおらず、おまけに自営業だから、上司もおらず、あれせい、これせいと命令されず、気ままに過ごしている。なんぞこれが幸せでないといえるのか。
こう思うと私は私が思うほど不幸ではなかったと気づきます。妻帯者や子供があったりしたらこのように自由に暮らせないでしょう。案外今の日本ではこのような気ままな生活はめったにないことで、誰もが憧れる生活かもしれません。カネがたんまりあれば申し分ありませんが、カネもあればあるで、かえって欲望が深まり、まるで麻薬患者になるようですから、私のようにカネがあまり入ってこなく、でもそこそこ生活できるくらいが一番いいのかもしれません。
安倍夜郎の漫画がテレビドラマになっています。「深夜食堂」です。毎回一つの料理にまつわる物語が展開します。歌舞伎町の路地にある小さな食堂の店主とお客とが織りなす物語です。なかにはほろりとする場面もあります。この本にも出ている、ソース焼きそば目玉焼きのっけてという一話です。一人の女が店に入ってきます。その女性はいつもソース焼きそば目玉焼きのっけてといって、その焼きそばだけを注文します。その女性が帰った後、他の男性客があの女性は有名な女優ではないかと言いはじめ、歌手としてデビュー時代は苦労していたという話になります。その理由は彼女の父親が事業か何かで失敗して、蒸発したのだと。ある日この店主が財布を落としますが、浮浪者のようなオヤジが彼の財布を届けてくれます。礼をしようとしてもその男は金を受け取りません。仕方なく店主は店で朝飯でも食っていってくれと頼みます。彼が朝食を食べている時、テレビで、ソース焼きそば目玉焼きのっけての女が新作映画に出演するというニュースが流れます。店主はこのオヤジに彼女は時々来て、ソース焼きそば目玉焼きのっけてを食べるのだと言います。そうしたらこの浮浪者はその焼きそばに四万十川の青海苔をかけるとおいしいのだと言います。何日かたち例の女性がやってきます。いつもの注文をします。店主はその仕上げに四万十川の青海苔をかけて出します。彼女はびっくりします。店主は彼女に、ある男が四万十川の青海苔をかけると焼きそばがもっとうまくなると言って、彼女に食べさせてあげてくれと頼まれたと告げます。そうしてこのオヤジはあんたのファンだそうだと言います。彼女の目から涙がこぼれます。彼女が子供時分父親がいつもそうして焼きそばを作ってくれたからです。何とも泣ける話ではありませんか。書いている私も涙ぐんでいます。トシをとると涙腺が緩んで、ちょっとしたことで涙が出ます。
安倍夜郎 左古文男 も四万十川流域のもと中村市の出身です。今は四万十市と改名されました。子供時代に食べたものが、つまり母親が作ってくれたものが、トシをとってもご馳走なのだとわかります。ソース焼きそば目玉焼きのっけて、かつ四万十川の青海苔つきが、他人から見るとたいした料理でもないと思われますが、当事者にしてみればこの料理こそ思い出が詰まった世界で最高の料理だといえます。四万十川流域で取れる食材や、太平洋の魚がこの二人にとって、ソース焼きそば目玉焼きのっけて、かつ四万十川の青海苔つきということになるようです。
以前読んだ本で、DNAの解析で近親結婚の弊害から、ツタンカーメンは病弱で、骨に畸形が見られ、杖がないと歩けないと書いてありました。彼の墓には杖が多く副葬品としてあります。また彼の妻も兄弟の娘か、叔父さんの娘かです。それで二人の間には女の子の子供が二人できましたが、どれも死産でツタンカーメンの墓に一緒に埋葬されています。これも近親結婚の影響だとおもわれています。しかしこの本によりますと、遺伝子学者の間には3000年前のミイラの遺体からDNAを抽出することはできないと批判しています。遺跡の壁画からツタンカーメンは健康で、たくましい青年武将であり、猟や、競争を楽しんだ人間であることを表示しています。で、狩りの最中沼に落ち込んで、かばに咬まれて、それで18歳で死んだのだとも言われています。マンモスのように冷凍保存されていれば、DNAは取り出せるでしょう。しかし砂漠で乾燥しきった中3000数百年もの間放置されたミイラから果たしてDNAが取り出せるでしょうか。でも最近の技術の発達はすさまじいものがあります。どちらが正しいのかよくわかりません。
考古学者のジャケッタ・ホークスはイギリスのストーン・サークルについてこう書いています。
「いかなる時代にも、人はその時代にふさわしい――そして望ましいものを、ストーン・ヘンジに与えてきた」
ジョー・マーチャントもツタンカーメンの墓の前で、このように言っています。
「そこに見えたのは古代の王ではなく、人間の妄想と欲望が積み上がったような石の山だった。神、財宝、名声、知識、平和へ通じる道。文明の起源。国家の経済的繁栄。民族としての誇り」
こうなるといわゆる「歴史認識」なるものは今の時代の人間の都合いい考え方だということになるようです。公平な目でものを見つめることは難しい。人はその時代や民族や環境で閉じ込められている。そこには尺度があり、考えるためにはその尺度を使用しなければならない。現在ではその尺度は非常に適合しているが、何千年前の尺度とは全く違うものであろう。