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私が読書についての本を読むのは著者がどのような本を読んでいるかを知りたいからです。同時にいまだ読んでいない本を知ることにあります。また読んでいる本で、どの文を注目しているかを知るのも興味があります。「死刑執行人サンソン」で、死刑執行人と知らずにレストランで一緒に食事した貴族の夫人が、後で知って、サンソンに謝罪を求める裁判を起こしたということを記して、サンソンの反論にいたく奥野は感動しています。私の場合、そこの部分がすっかり抜け落ちています。読んだにもかかわらず、記憶がないのです。
「もし国家に私のような職務を遂行する者がいないとしたら、王国はどうなりましょうか?・・・彼ら(犯罪者)を震え上がらせるもの、それは私の剣であります。この剣があってこそ、無辜の人々は安心して息をし、秩序がたもたれるのであります」
この文章から奥野は「僕は僕なりに、嫌われようとバカにされようと、自分の道を行けばいい、行くしかないと思えたのです」と書いています。奥野はちょうど「社会人になってすぐ、会社に馴染めず辛い気分だった時期」にこの本を読んで、そう思ったのです。私の場合は奥野のように「辛い時期」を過ごしていたわけでもなく、日本の江戸時代でも首切りの浅草弾左衛門がいて、やはり彼もサンソンと同じく、差別の対象の非人であり、どこの国でもこのようなシステムが出来上がっているのだなと思うだけでした。つまりこの本は奥野に生きる勇気を与えたが、私には物知りのための素材をもらったということになりましょうか。
はじめは原文を読んで訳文を読もうと殊勝な心掛けでいましたが、途中から訳文だけを読んでしまいました。700年前の日本語は日本語であっても外国語でもあります。スラスラ読めるものではありません。それ以前の平安朝の源氏物語などますます難解です。源氏物語全編を原文で読んだ人は今生きている日本人のなかで数千人もいないはずです。
橋本武は灘高の国語の先生です。訳文のほかに字句の解説、それとある章に於いては橋本自らの思いも載せています。私は途中から原文と字句の解説はぶっとばして訳文と橋本のコメントだけを読みました。これでは難関大学には入学できないでしょう。意地の悪い試験制作者の罠にひっかかって、「あやしき下臈なれども、聖人の戒めにかなへり」(徒然草9)で「あやし」の意味と問われると、私は、あやしいと思うから、不審者であると答えます。とてもではないが「卑しい」という意味があるとは思いも付かない。このようなちょこっとしたことで差をつけられてはたまりませんが、このちょこっとが生涯を通じると大変な差になってきます。いくら悔やんでも、仕方ありませんが、もう少し、目のいい若い頃に辞書を引いておけば何とかなったのではないかと思われた仕方ありません。
50段の「上手に至らざらん芸」では50になっても上手にならん芸はやめてしまったほうがいいと言っています。見苦しいと言っています。私も将棋を趣味としていますが、何十年もやっても高段者に域に達していません。将棋を習って4,5月したら4段、5段になる小学低学年の子供もいます。どこがちがうのでしょうか?188段では一大事なことだけを心に秘め、その他のものは捨て去り、それに専心することで物事は成就するのだと言っています。「眼の前にさし当たった事だけ努力を払って月日を送ることになるので、どの事も一事として成就することができないままに、わが身が老いてしまう。結局ものの上手にもならず、予想通りの裕福な暮らしもできない。いくら後悔したところで、取り返しのきく年齢ではないから、走って坂を転がり落ちる輪のように衰弱してゆく」まるで私のことを言われているようです。あと10年か数年かは生きられるかもしれませんが、転がり落ちる輪のような生き方になるのでしょう。
ドイツで顔に傷のある男をみたらヤクザと思ってはいけません。精神的な貴族ということです。決闘の修羅場を切り抜けた男だからだそうです。今でもドイツでは学生が決闘をしています。学生結社に入ると、決闘を義務付けられています。その義務のないところもありますが、血の気の多い男は決闘の義務のあるところの結社を選ぶようです。最低学生時代二回の決闘をする義務があります。菅野瑞治也も二回決闘しています。彼はその結社の永世会員に推挙されています。昔ほど死ぬことはなくなりましたが、真剣をもって闘うのは勇気のいることです。首、腕、胴体、鼻などはガードされていますが、顔、あと頭はノーガードです。フェンシングのように突きはありません。刃のある刀で切り込んでいくのです。真剣が頬に当たって、パクリと裂け、中の歯が見えたという決闘も菅野瑞治也は目撃しています。少々の傷では決闘をやめません。ボクシングと同じで、ラウンド制で20回以上も休み休み剣を交えます。勝ち負けは関係ありません。この場でいかに勇敢に闘ったかで評価されます。決闘のあとは決闘者と観客との飲み会で盛り上がります。決闘で男として一皮むけるように感じたと菅野瑞治也は言っています。自分の言動が何かに裏打ちされたような気がしたそうです。
何人も自分の発言に責任をもたねばなりません。決闘という習慣を日本の言論界やテレビ討論会に導入した方がいいのかもしれません。そうは言っても正論は吐くが、身体が弱い男だっているでしょう。このようなものがわやくちゃをいう柔道の猛者と決闘するにはハンディがありすぎます。やはり立会人が武器の選定を公平にしないといけません。体の弱いのにはピストル、猛者には真剣ではどうでしょうか?これでもわやくちゃを言う猛者が決闘をしようと言うのなら、その猛者は真に自分の言動に責任を持っている証拠でしょう。たとえ銃弾で倒れたとしても、「板垣死すとも自由は死せず」など気の効いた言葉でも吐けば、一躍英雄になるでしょう。彼のわやくちゃな言動もこうまでしたのだから何か意味があるのだろうと思われ、後世永く彼のことは語り継がれることになります。こうでもなると彼の死は犬死ではなかったことになります。彼の顕彰碑も建てられ、ピストルで撃ち殺した身体の弱い、正論を吐く男も彼の碑の前で、花束を添え、彼もなかなかの男であった賞賛してくれるでしょう。
最近の風俗嬢は自らを「転落」、おちこぼれだと思っていません。反対に自分は女性のエリートだと思っているようです。2008年のリーマンショック以来、この業界に大挙して女性が仕事を求めるようになってきています。もはやこの業界はどのような女でも受け入れるということはなくなりました。容貌やスタイルが一定以上の女でないと採用されません。AV女優や、高級のソープ嬢などは難関大学に入学するより難しくなっています。水準を満たしていない女性は地方のピンクサロンでも使ってもらえません。中村淳彦は簡潔にこう言っています。
「女性なら誰でも参入できるビジネスではなくなったのである」
おまけに韓国からは美容整形を武器にこの業界に「参入」しています。韓国では海外で売春をしていると思われる女性は10万人いると見積もられています。そのうち5万人が日本に流れ着いています。ますます日本の基準以下の女性は貧困にあえぐことになります。
親の収入源から、東京に大学に通う女子はこの業界に一大供給源になっています。就学中の娘を持つ父親が東京でデリヘルを呼ぶと、自分の娘とばったり出会う可能性だってあります。なんということをしているんだと叫んでも、反対にこのようなことにカネを使うなら、仕送りでもしてよ、と言われるのがオチでしょう。東大へ通っている女性はソープランドで働いて月50万円稼いでいます。
「ほんとうにありがたいし、風俗嬢になってよかったとしか思えない。風俗がなかったら学生を続けることは不可能だったと思う」
学生の次に位置するのは介護職の女性たちです。安月給と労働のきつさから、この業界に転進してくる女性も多い。いくら老人を介護する高い技術をもったとしても、すぐそれが給料に反映するわけではありません。しかしこの業界では高い技術を持つと、固定客がつき、リピートがされ、それが収入にはねかえります。高い評価を受けるとますます仕事に精出そうと張り合いができるそうです。性産業におけるおモラルの向上が起こっています。
いまや性産業は「急激に進学校化した私立校みたいなもので、志願者の急増によって大きく採用のハードルを上げている」ということで、「カラダを売りたくても売れない層が大量に現れたのは、歴史的に現在が初めてではないだろうか」と結んでいます。
交感神経と副交感神経は自動車でいえば、アクセルとブレーキの関係だと言っています。アクセルだけで車をぶっ飛ばせば、やがて事故ってぺしゃんこになります。ブレーキをかけすぎると車は止まり動かなくなります。アクセルとブレーキを適度に使い分けて、車はスムーズに、人間だと健康に生きられるということです。寝る前に書く「3行日記」は、昼間の交感神経でヒートした、つまりアクセルでスピードの出た車を、副交感神経に、つまりブレーキをかけてゆったりとした走行に戻すことに効果があるということなのです。このゆっくりとした走行中に人間は自分の体のメンテナンスをします。少々の傷はこのメンテナンスで治ってしまいます。
小林弘幸は「3行日記」には、1、失敗したこと、2、感動したこと、3、明日の目標を簡単に書けばいいと言っています。ダラダラと書いてはかえってストレスが高まり逆効果になります。
そういえば俳句をする人は相対的に長生きする人が多いように思われる。要は自分のもやもやした気持ちをはっきりと文字で表すと靄が晴れたような、すっきりとしたきもちになるのでしょう。それで寝つきもよくなります。よく寝ることが出来れば、明日にはまた元気で活躍できます。
私は手帳を持って、明日商売で必要なものをメモしています。そうしないと買い物に行ったとき、何かを買い忘れてしまいます。この手帳を「3行日記」を付け加えていいかもしれません。
永井荷風も「断腸亭日乗」という日記もあり、晩年頃はたいしたことも書いていないが、これで80歳近くまで生きてこれたということはやはり日記には長生きの効果がありといえそうです。