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「月の起源」には三つ説があります。姉妹説、娘説、夫婦説。姉妹説とは、ともに近隣にあって成長したということ。娘説は高速の自転で、地球がぶっちぎれて月になった。夫婦説では遠くにあった月が地球の引力に引き込まれて地球の周辺を回転するようになった。今一番有力な仮説は折衷案で、火星ほどの惑星が地球とぶつかり、そのはずみに地球の一部がはがれて月になったということです。この部分で本文におかしいところが出ています。
「月が、4億5000年前に火星サイズの天体と地球が斜めに衝突したあとに形成されたというものだ」
著者が間違っているのか、訳者が間違っているのかわかりませんが、5億年以上前にカンブリヤ期があって、多くの生物が誕生しています。その頃には月はなかったのでしょうか。太陽系ができたのは46億年前のことです。多分大衝突が起こったのは、45億年前のことでしょう。桁を間違っています。
また86ページの図版・月岡芳年の浮世絵で「月夜を歩く芸者」とタイトルしていますが、これは芸者ではなく、夜鷹です。ござをもっていて、商談が成立するとそのござを敷いて、そこでセックスするのです。最下級の売春婦です。ドイツ人には座敷で踊る芸者と寒天下青姦する売春婦の違いはわからないでしょう。
アメリカ軍は1958年に月で核爆発を起こし、自分の力を全世界に鼓舞しようとした計画がありました。幸いなことに中止になりましたが、強行すれば、月の軌道は変わっていたかもしれません。今でも月は年々地球から離れています。月がなくなれば地球の自転もあやしくなります。とんでもないことを考える人がいます。中には月をスクリーンにして映画を映したり、広告塔にしたらどうかというアイディアを持った人もいました。
赤瀬川原平の最初の給食は鯨肉です。教室に七輪を持ち込んで、先生が焼いてくれたそうです。硬くて食えなかったと言っています。終戦からちょっとした時期でしょう。家からはごはんを弁当に詰めて学校に来たのですが、結局ごはんも残ってしまいました。10年若い私たちは、親たちが給食袋を作ってくれて、その中にアルミの食器を入れて通学していました。給食ではコッペパン、スープか脱脂ミルク、メインディッシュという取り合わせです。私は残さずに食っていたものです。なかには脱脂ミルクが臭いといって飲まない裕福な子供も居ましたが、私はきれいに飲み干していました。
日本人が満足に米を食えるようになったのは大正時代を過ぎてきた頃です。それまでは麦や稗を食べたりしていた。今東光は東北での「振り米」という「哀しい伝説」を紹介しています。病人の枕元で米の入った竹筒を振って、元気になったら米を食わせてやると元気付けていたのです。しかし元気になったら米など食えません。最近世界遺産で和食が登録されましたが、「伝統的な和食」など実際のところありはしません。本当のところは江戸時代、酒のあてとしてのこざっぱりとした料理屋の料理が大本となっているのでしょう。遊女と懇ろになるための、形だけの料理です。「通」であるための馬鹿げた作法も取り入れます。俗に板前料理といわれるものです。大方の日本人は麦飯や雑穀を食べ、副食に漬物、たまには焼き魚くらいではなかったでしょうか。
死ぬ時に何を食べたいかと設問があります。やはり日本人ならごはんでしょう。でも最近の若者ならコンビニのむすびになるかもしれません。幼少の時から食べているのですから、それらについている添加剤や防腐剤の薬品臭い香りも若者にとっては懐かしい味になっているのかもしれません。私のところでの塩だけのむすびでは何か味が薄いと感じるでしょう。コンビニむすびは機械の成型のために植物油を添加して、機械にくっつかないようにもしています。私たちも若い頃ズルチンやサッカリンを食べてきた部類ですから、今の若者をどうのこうのと言うのもはばかれますが、コンビニのおでんもおいしいよねと言われれば、あの澄み切ったオデンの出汁にはどれだけの薬品が入っていることか知ってのかと言いたくなります。
ドイツのハンブルグの少女が自分の誕生日パティーの参加者をフェイスブックで公開したところ、1万5千人が参加を表明し、当日彼女の家の前には1400人以上の人が集まり、警察官をよぶ騒ぎになったそうです。これを見ると世の中にはいかに退屈している人が多いかがわかります。今日もニュースで海上自衛隊の艦同士のカレーライスのうまさ比べの大会があり、多くの人々がこの寒空会場でカレーを食べている場面が出ていました。行列が出来る店ときくとさらに並びたがり、たかが6,700円のラーメンで、何時間も待ったりしています。それもこれもすべて退屈がなせるわざです。私も無闇に本を読み、残り少ない寿命の時間を乱費していますが、これも退屈からです。カレーやラーメンを食うのと本を乱読するのと根本は変わりありませんが、しかし外に出て歩き回るのと、家の中に居てじっとしているのでは、エネルギーと資源に大いなる相違がでてきます。原油を産出しない日本で、出歩くということは必ずそれの拠るエネルギーを使っていることになり、このようなことを常態化しておくと日本はそのうち北朝鮮並みになるのではないかと心配します。アベノミクスといっても景気のいいのはトヨタのような大企業ばかりで、多くのサラリーマンはそれほど給料が上がっているわけでもなく、この円安で物価は急激に高まっています。来年はどうなることやら?出歩きたがってもそのうちそれが出来ない状態になるかもしれません。いまのうちから家の中で引きこもっても、退屈しないノウハウを磨いておかないと、家計を維持できなくなるでしょう。破綻すると政府の要人に対してテロも起こるかもしれません。中国と戦争でもしようかという輩も出てくるでしょう。第三次世界大戦は極東からという可能性だって考えられます。
この本から第三次世界大戦まで思いが及びましたが、フェイスブックも使い方によっては爆弾にもなってしまうということもわかりました。もういちど設定を注意深くしないといけないでしょう。
この前読んだ中に映画における駅か鉄道かというものがありました。人が集まったり離散したりするところはドラマが生まれやすいということになります。人類がアフリカ大陸を出たのが今から、6,7万年前だといわれています。日本に流れ着いたのは1万5000年前だそうです。地球上をテクテク歩いてきたのです。今では飛行機で1日あれば世界一周できるのではないでしょうか。鉄道でもリニアになれば広島から東京まで1時間ちょっとで行けます。明治時代や大正、昭和の時代の「旅は道連れ」といった情緒はなくなるでしょう。明治時代ですら正岡子規はこのような感慨をもらしています。
「まことや鉄道の線は地皮を縫い電信な網は空中に張るの今日椎の葉草の枕は空しく旅路の枕詞に残りて和歌の嘘とはなりけらし。されば行く者悲しまず送る者嘆かず。旅人は羨まれて留まる者は自ら恨む。奥羽北越の遠きは昔の書にいひふるして今は近きたとえにや取らん」
それでも正岡子規は何日もかけて汽車で、徒歩で、人力車で東北地方を回っています。知り合いのところに泊まったり、温泉に入ったりしています。何人もの人と係わり合いができています。しかしたった1時間ちょっとで東京に行ける時代だと、単に用事を済ませるだけといった感じになり、俳句の一句すら詠めなくなるでしょう。もはや鉄道は「文学」を喚起させるようなものではなくなります。車寅次郎が寂れた駅にブラリと現れるといったシーンはこれからは注釈や解説が必要になってくることでしょう。
『兼好法師は徒然草のなかで、「欲にしたがいて、志を遂げんと思わば、百万の銭ありといふとも、しばらくも住すべからず」とつぶやいたが・・・』と書いていますが、「つぶやいた」のは兼好法師ではなく、ケチケチ男の大福長者です。里中は何か錯覚しているようです。国家が自分の欲望のために国民から際限なくカネを巻き上げるのは、よくないとまるで兼好法師が言っていたときこえます。実際はこのケチケチ大福長者がカネを貯めるには欲望に流されないで倹約すべきだと言っているのです。それに対して兼好法師は、カネがあっても使わないのなら、それは貧乏人と同じだと批判しているのです。
この本で知ったことを列記しておきましょう。
いまの韓国の大統領の父親の、「朴正煕」の日本名は「高木正夫」です。これは昭和14年に「創氏改名」によるものです。
戦時中敵性語排斥によって英語などの単語は使えなくなっていましたが、近衛文麿は、愛人の新橋の芸者に、自分のことを「パパ」と呼ばせていました。
戦時下情報局の鈴木庫三がこう言っています。
「世界の経済的に行き詰まらせた主なる原因が右のように英米人の贅沢極まりない生活にあるのですから、この点から見て、英米人は世界人類の敵だということになります。」
これに対して里中は「英米という国よりも、彼らのぜいたくな暮らしぶりが気に入らなかったようである。さらに驚くのはこうした非論理的な文章が検閲にひっかからなかったという事実である」とビックリしていますが、私にはたとえ非論理的であろうとも、アジアの後進国がこう考えざるを得ない状況でもあったのではないかと思えることしきりです。
「大和魂」で象徴されるように、日本の指導者は合理性に欠け、ただただ「念力主義」で押し通したのでこの大戦で負けたのだというのがこの本の結論です。スローガンは念力そのものにほかありません。このようなものがたくさんできるというのはその国は不幸に陥っていると考えた方がいいでしょう。今財務省が狙っているのはこの本のタイトル通りの、「黙って働き、笑って納税」ではないでしょうか。