[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
エジプトの遊牧民族・ホシュマン族の女性のもとに行って、彼女やら彼女の家族の暮らしぶりを記しています。ラクダ、羊、ヤギを連れて、砂漠と言っても、雨が降れば草が生えますから、そこへ動物たちを連れて行って、草を食わせ、太らせ、子供を生ませ、それらを売ったり、自分で屠ったりして肉をとったりするのを生業にしています。しかし最近雨が降らなくなり、純粋に遊牧生活はできなくなっています。いまは観光で生きるようになっています。ヨーロッパから来る観光客をラクダに乗せたり、擬似遊牧体験をさせたりして金をもうけています。常見藤代が始めてここに来たのは2003年ですが、2012年には衛星テレビや携帯電話が普及しています。かつての遊牧生活はなくなっているようです。昔はラクダで町まで行っていましたが、いまでは自動車で親族が水やら食料を運んでくれています。イスラム教では一夫多妻が認められています。常見藤代もエジプトの男から3人目の妻にならないかと言う誘いを受けています。イスラム教の男は、美しい女、お金持の女、両親がすばらしい女、お金がないけど信心深い女の中でどれをとるかというと、信心深い女だということになっています。理由は美人は歳をとれば容姿が衰える、カネはなくなるかもしれないし、両親は先に死んでしまう、が、信心深さは変わらないということです。イスラム教徒でもない常見藤代を嫁にしようとするのは、建前ではそのようなことを言っていますが、単なる助平心から言っているだけだと思われます。ある男の妻はその男が二番目の妻を娶ったことで、病気になりやがて死んでしまいます。内面の怒りを面に出せないものですから、かえってその憤怒が自分の体を傷つけてのことでしょう。イスラム教の男の言い分は、子供のいる寡婦などほっとけないだろうということですが、妻たちの間では、日本での嫁姑の関係に似通った状態になっているようです。
ある学問で業績を上げるのは単に学者になるだけで、学者以上のものではありません。チョムスキーによると、それらを通して世界の貧困や環境破壊や不正を正すことが真の「教養人」だと主張しています。例えばアメリカ軍が中国の近海で軍事演習をするのはアメリカでは当たり前のようですが、中国が航海の自由を主張して、カリフォルニアの近海で中国が軍事演習を強行しようとしたらアメリカは許さないでしょう。アメリカは第二次世界大戦以降、世界の警察として自認しているようですが、果たしてこれは正しいことなのであろうかと疑問に思うことが、人間としては是非とも必要なことなのだとチョムスキーは言っています。企業からひも付きの研究費をもらって、ある研究するのは多々あることですが、そこで優れた業績を上げようとも、その研究がどう利用されて、どのように世界に影響を与えるのかを考えないと、「学者バカ」になるだけで、原子爆弾をつくって広島長崎で何十万人も殺しても何ら恥じることもないし、かえって政府から勲章をもらって喜んでいるようでは人間としては最低の部類に入るでしょう。ベトナム戦争にも、イラク戦争にたいしてもチョムスキーは政府に対して批判を加えています。
ノーム・チョムスキーは80歳を超えていますが、世界で最も彼の文章が引用される件数が多いそうです。それだけ彼の意見は重要視されていることになります。
旅行社のパック旅行より下川裕治のように自由に旅ができるほうがいい。でも事情を知らない者にとって海外旅行は敷居の高いものです。だから下川のような人の書くものが読まれるようになります。設備はいいかもしれませんが、高いゼニを払って旅行社指定のホテルに泊まるより、地元の人たちが使う安ホテルに泊まった方がその国の中味をよりよく知ることができるような気がします。が、危険も隣りあわせと言うことにもなります。台湾ではそこまで危険ではないかもしれませんが、つい最近安全だと思われていたタイで79歳の日本男性がバラバラにされ、川に捨てられていました。犯人は40歳代の女とその夫とですが、殺された人には酷のようですが、助平心から隙があったと思われます。タイにおける日本人はバーツと円の格差で、タイ人女性の愛人を囲っていると言う話をよく聞きます。下川裕治も毎月いっぺんはタイに行くと言っています。その方面の関心はないと書いていますが、疑り深い私は79歳でも一見純朴そうなタイ女性にのめり込むくらいですから、60そこそこの男がタイの女性に無関心ではおられないだろうと思っています。下川裕治はこの本の中で台湾は安全で、旅行作家としては物足らないところがあると言っています。パックパッカー的旅行には困難と出会い、その困難を克服していくことで喜びを見出すことが出来、またそれが旅行記に花を添えることになると言っています。屋台で日本にないものを食べるのも一興ですが、人間との出会いも食べ物以上に花を添えることになりますから、今後、下川裕治に濃密な他国の女性徒の出会いを期待しています。
いまフジのスーパーがあるところにむかし山陽中学高校がありました。私は近くにある竹屋小学校に通っていました。子供ながらも、山陽のお兄ちゃんたちはおっかない人と感じていました。手に負えない学生が集まっているところで、ホーケーも強かったが、喧嘩もやたらする学生ばかりです。今はそうではありませんが、昔は「ぼんくら学校じゃ」と言われていました。この表紙の写真は正木龍樹ですが、山陽中学からエスカレートで山陽高校まで行ったのですが、高校入学一ヵ月後喧嘩で退学、西蟹屋町にあった広島電波工業高校で転学、そこでも三ヶ月目に退学になり、その次の年傷害事件を起こし、特別少年院に入れられます。少年院を出て広島のヤクザ岡組の舎弟になります。それから東京に出て、総会屋になったのです。同じ広島出身の総会屋小川薫と違って、多くの山陽高校出身者で脇を固め、チームプレイに徹したのです。昭和50年代が広島グループの総会屋が全盛を誇っていた時期です。小川薫はもうけた金でピンクレディーを売り出します。小川のように派手さはありませんが正木やその部下たちは広島弁で、株式総会の雛壇に並ぶ、有名大学卒業者の取締役などのスキャンダルをネタにして、それらをネチネチと脅していたのでしょう。普通では大企業の社長などに会うことはできません。正木の「論壇」のグループはこれらの社長と定期的に会食しています。金の集まるところ腐敗も起き、女も群がるのでスキャンダルも事欠かないでしょう。これらの情報を掴んで、金持たちに危機感をあおり、それを漏らすか漏らさないかは貴方が出す札束如何にかかわっていると言われると出さざるを得ません。この妙味を知って、やがて警察畑と弁護士が総会屋を駆除すると言う名目で総会屋に成り代わります。それが昭和57年の商法改正です。「利益供与罪」ができて、総会屋を締め出します。総会屋に代わって、警察・検察の連中が天下りし、弁護士も多数大会社にもぐりこみます。
今では株式総会も荒れることはなく、30分くらいでシャンシャンと手打ちして終わっているようです。いろいろ問題はあるでしょうに、警察・検察のOBと弁護士などによって会社の恥部を見せないようにしています。あまりにもすんなりと行き過ぎるので、かえって警察・検察のOBと弁護士の存在価値が問われているようです。だから会社の番犬である彼らは、数少なくなった総会屋の生き残りの野犬に対して、もっと吼えてくれないかと頼んでいるようです。野犬がいなくなれば番犬も必要ないのですから、番犬はペットになるか、それか番犬が野犬になって、マッチポンプになるかしかないのでしょう。
フキはその葉っぱで尻を拭いていたと言うところからきています。植物の名前にはよく犬という名前が組み込まれていることがあります。それは役に立たないとか、食べられないと言った意味があります。その点フキは食べられるし、トイレットペイパーにもなるしで、多いに役立つ植物です。私が子供時分葉っぱの先を巻いて、別のものとを絡み合わせて、ひっぱりあってどちらが切れるかを競い合ったものでした。その植物の名は「オヒシバ」といって、別名「相撲取り草」といわれています。当時の百メートル道路は雑草だらけで、そこで転げまわって遊んでいたのですから、服には雑草の種がよくひっついていたものです。もちろん昆虫も多くいて、バッタなどをよくとっていたものです。トカゲや蛇もいて、おもちゃなど買ってもらえないでも、結構それらを追い回して楽しんでいました。
「ヘクソガズラ」は「屁臭」からきています。屁臭い匂いがするのでしょう。でもこの植物にはことわざも出来ています。「屁糞かずらも花盛り」すなわち「鬼も18、番茶も出花」、年頃の女性は何とも魅力があるということです。
「タイヌビエ」は稲に似ていて、人間をだまそうとしています。擬態は動物だけだと思っていましたが、植物も種の保存のためにはこのようなこともするのだとビックリしました。
雑草をなくするためには、草取りをしないことだと言っています。いずれにしても草を刈っても次から次と来るのですから、それも今までより強い雑草が来るのですから、ますます草取りが大変になります。今の石炭も太古の草が変化したものだそうですから、何億年か後の資源のためにほっておくことも悪くはなかと思われます。