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「パチンコホールは小作人、パチンコ台メーカーが地主です。実はその上に悪代官がいる。悪代官とは誰なのか。私の口からはちょっといいにくいんだな」
「悪代官」とは警察であると溝口は断定しています。かつてはヤクザがパチンコ業界の寄生虫でしたが、いまや警察がヤクザにかわって寄生虫になっています。たとえばパチンコ台の検定をする協会の役員は警察畑を定年退職した天下りばかりです。溝口はその会長にインタビューを申し込みましたが、その人は84歳で何を聞いてもわからない、忘れたというばかりで、てんでものになりません。退職金をたんまりもらい、このようなところで何も仕事らしいことをしないで、毎日健康のために散歩したり、屈伸運動したりするだけで、保安協会に行くのは週2回か3回くらいでそれでも多額の給料をもらっているのです。これらの給料はすべてパチンコ業界から捻出したものです。ということは明日のことは考えられない貧乏人がなけなしの金をはたいてパチンコ台に入れ込んだ金です。前述の「パチンコホールは小作人」は間違っています。これら貧乏人が水呑み百姓か小作人で、パチンコホールはこれら貧乏人をかもにする賭場のヤクザでということになるでしょう。これらの最下層の人々が30兆円もの金を上納しているのです。この30兆円に政治家、官僚、警察、韓国、北朝鮮、「攻略本の詐欺師」、「ゴトシ」、メーカー、パチンコ店主などが群がって腐肉を漁っているのです。
私も将棋というゲームが大好きで、勝ったりすると脳内麻薬が噴出して、この快感があることでなかなかやめられません。パチンコやスロットもやはり同じ脳内麻薬が噴出してやめることができないのでしょう。将棋では金はいりませんが、パチンコやスロットは金がいります。将棋に入れ込むと時間を無駄にしますが、パチンコやスロットでは直接的に金が無駄に流出します。将棋も時間を無駄遣いすることに拠って仕事もおろそかになり、長い目で見るとパチンコやスロットと代わりないでしょう。ドストエフスキーも賭博にはまり、その借金のために小説を書きました。唯一の希望はこれら貧乏人が借金返済のために苦しまみれに創造的な仕事をして、人間社会を豊かにするかもしれないということです。数は少ないけれども、きっとそういう人もいることでしょう。決して、天下りしてのうのうと生活している人にはドストエフスキーは生まれません。
「大阪を歩く」は昭和8年、三十五が42歳、そのあくる年の2月24日に死んでいます。この中で、アメリカの爆撃機と日本のそれとの比較を述べています。
「アメリカの爆撃機が、三千メートルへ上昇するのに4分半かかり、日本のそれが7分かかるということは考えなくてはならんことである。それは、飛行機のみに対しての問題ではなく、一般科学に対してこの優劣があるからである。」
このような前触れから、大阪人は目先の儲けだけを考えていて、その得た富を個人的な奢侈のためにしか使わないと言って嘆いています。研究所でも作って、「明日の大阪をして、発明の源泉地たらしめようと」と提案し、「科学を最初に------文化的開発を第二に――私の希望はこれである」と書いています。太平洋戦争が起こる8年前に三十五は警鐘を鳴らしていたのですが、その甲斐もなく、「3千メートル4分半」の爆撃機を持つアメリカと戦争し、こっぴどくやられてしまいました。直木の作品に「ロボットとベットの重量」というものがあります。技術者の亭主がロボットを作り、妻を残して死にますが、妻が男をベットに引き入れいちゃいちゃしていると、このロボットが現れ、二人を腕に抱えて絞め殺すという小説です。明治生まれの人間が最近脚光を浴びているロボット工学に関心があったとは恐れ入ります。時代小説ばかり書いている古臭い人間だと思ったら大間違いです。
いまでは考えられないことですが、大阪の店員の愛想のなさ・「おもてなし」のなさにも苦言を呈しています。
「私は、外人の店、支那人の店、遠くは、ハルピンで、買い物をしたが、彼らは悉く日本人に比べて、品物の説明を十分にする。日本の店員の如く、品物を前に出して、黙って、突っ立ってはいない。」
今の中国人に聞かせてやりたい言葉です。と言っても今でも日本にこのような店員がいるかもしれません。そういう私すら「おもてなし」の心が備わっていないようです。自戒しないといけません。
私の相談したいこともこの本に載っています。売り上げの落ちた店主の相談です。それに対して漱石の「名文回答」はこうです。
「余は寝ていた。黙って寝ていただけである。すると医者が来た。社員が来た。妻が来た。仕舞には看護婦が二人来た。そうしてことごとく余の意思を働かさないうちに、ひとりでに来た」(思ひ出す事など)
根本浩の漱石風の回答ではこうなっています。
「怒鳴っていた我輩には人は集まらなかったが、黙って寝ていると、人は寄ってきた。客だ客だと殺気立っているあなたの店も、怒鳴っている我輩とおなじではないかな。そういう時こそ、ちょっと目をつぶって、のんびり昼寝でもしてみる。客が来ないのなら、その間に、徹底的に掃除をしたり、できる範囲での売り上げアップのアイディアだけを、のんびり考える時間にもつかえるはず」
「思い出す事など」は、「修善寺の大患」で胃潰瘍から出血して、湯治場から東京の胃腸病院に入院した後に書かれたものです。これから5年後に50歳で死んでいます。
「門」を執筆中に大吐血したのですが、傑作を書かないといけないプレッシャーから胃がおかしくなったのでしょう。この「大患」から少しよくなって、俳句やら漢詩を盛んに書いています。これらはべつに雑誌に発表するというわけではなく、自分の心境をえがいたものです。
「たまにはこんな古風な趣がかえって一段の新意を吾らの内面生活上に放射するかもしれない。余は病に因ってこの陳腐な幸福と爛熟の寛裕(くつろぎ)を得て、初めて洋行からから帰って平凡な米の飯に向かった時のような心持がした」
店も同じことです。「殺気」だって傑作をものにしようとした漱石のごとく、このやり方では倒れます。
「病中に得た句と詩は、退屈を紛らすため、閑に強いられた仕事ではない。実生活の圧迫を逃れたわが心が、本来の自由に跳ね返って、むっちりとした余裕を得た時、油然と漲り浮かんだ天来の彩文である。吾ともなく興の起こるのがすでに嬉しい。その興を捉えて横に咬み竪に砕いて、これを句なり詩なりに仕立てる順序過程がまた嬉しい」
店主本人が楽しくないと人も集まって来ないということです。カネカネと思いつめてはかえってカネは遠ざかるようです。心に思っていても表面上は「殺気」だつ雰囲気を出さないように心がけようと思いました。
私の店ではほうれん草の湯がいたものを置いています。それは子供の頃アメリカのアニメ「ポパイ」を見ているからです。ポパイはほうれん草の缶詰を開けて食べると、途端に強くなるのです。「パンパカパーン」と音楽が鳴って、ポパイの腕の上に力瘤ができます。悪者のブルータスをやっつけます。ポパイの彼女のオリーブが助かります。このようなものを毎日見ていたのですから、ほうれん草は食べないといけないと刷り込まれたようです。稲垣栄洋によりますと、この「ポパイ」はアメリカのベジタリアン協会がスポンサーであっということです。ポパイの恋人のオリーブのフルネームは「オリーブ・オイル」ということで、アメリカ人はこの缶詰のほうれん草をオリーブオイルでいためて食べていたのでしょう。このほうれん草はペルシャから中国、日本と伝播します。漢字でほうれん草のことを「菠薐」と書きますが、これはペルシャのことを指すようです。ペルシャからヨーロッパ、アメリカへと行ったのが西洋ほうれん草になります。現在の日本では東洋種と西洋種を掛け合わせたものを栽培しています。
ドイツの首相で「コール」という人がいましたが、コールの意味はキャベツのことです。「コールスロー」とは「キャベツサラダ」のことで、「ケール」も「カリフラワー」もキャベツの同じ「アブラナ科」の植物です。
ゲキ辛がはやっていますが、これはマラソン・ハイと同じで、苦痛を感じると脳が「脳内モルヒネとも呼ばれるエンドルフィン」を出すそうで、習慣性になります。ますます辛いものが好きになっていくようです。
「レタスサラダ」はどうして「ハネムーン・サラダ」といわれるのか?「Lettuce
alone」(レタスのみ)が「Let us alone」(私たちだけにして)と発音が似ているからそうなったということです。またこの歳で一つえらくなりました。
椎名誠先生は行きはアメリカの豪華客船で船中講演をし、旅費はただ、おまけに角川書店から60万円もらって、滞在費の足しにし、この本を書くことによって、かかった費用以上に儲けているかもしれません。新宿の飲み仲間と一緒に済州島で遊んでいます。飲んだり食ったり、釣りをしたりしたことが書かれています。
出版業界も不況なようで、かつてのように何百万部と売れる本などありません。名のある作家を利用して本を製作する以外これといった対策はないようです。名のある作家だとある程度部数は確定されますから会社にとっては重宝する人間なのでしょう。
前読んだ「秘密のミャンマー」ではかつてのビルマ今はミャンマーの国の様子がわかるような記述が多くありました。でも今回の済州島では新宿の延長で、飲んだり食ったり、げろ吐いたりするだけで、ときたまアワビが出てきて済州島にいるのだとわかりますが、あとは新宿でワーワーと騒いでいることしか感じられません。