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三橋貴明は移民を受け入れてはいけないと主張しています。ナショナリズムには縦軸と横軸があって、横軸とは災害の多い日本国にあってお互いに助け合う心情であり、縦軸とはそのような心情を育んできた歴史そのものです。縦軸の中心は万世一系の天皇制であり、それも男系制です。決して女性が天皇であってはならぬ、のです。過去ピンチヒッターとしての女性天皇はいましたが、孫が成人するまでの間だけです。かつて女性天皇に道鏡のようなものがついたしておかしくなりました。これがもし現在のように移民を多く入れたりしていると、女性天皇に中国人やアメリカ人の婿がついたりする可能性だってあります。この両者ともグローバリズムの最先端を走るものであり、金儲けのためなら国境という垣根さえ払ってしまいます。日本人の求心力であった天皇制も跡形もなく、なくなるでしょう。我々日本人は中国人のように中華鍋や散髪の鋏があればどこにでも行けるというコスモポリタン的なものは持ち合わせてはいません。またアメリカ人のように深いところで差別主義者であり、表向き親善そうでも、冷酷なところを持ち合わせている人間にはついていけません。この前の大戦で日本の捕虜が非常に少なかったのは、戦陣訓の「生きて虜囚の辱め受けず」というのもありますが、記録映画でも見る通り、海に漂う無抵抗の日本兵士に機銃で撃ち殺していました。よいインディアンは死んだインディアンだということです。
さてこのウクライナ戦争で避難民を日本に受け入れようという気分に盛り上がっていますが、なぜビルマなどの東南アジアの難民を受け入れしようとはしないのでしょうか?ウクライナがヨーロッパに近いということで、いまだ日本人には舶来趣味があって、人間でも白人に近いものを好むようです。生活費年間300万円も与えるそうで、これは私の収入よりは高い。プーチンには北方4島で騙されて、3000億円もふんだくられたそうですが、日本は甘いと思われても仕方ない。