[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ただいまコメントを受けつけておりません。
「流」のさんずいの右側で川の上にあるものは子供を象形し、まさしく子供を川に流すということだそうです。口減らしのためです。「棄」の字にも子供の象形があります。子供を捨てるということになります。「辛」はもともと「刺青をする針」のことで、「妾」は刺青された女で、「童」は「目に刺青をされ、重い袋を背負わされた奴隷」というのがもともとの意味です。「チュウ」と発音される「中」「昼」「柱」も根本的な意味は「真ん中」ということです。だから同じような発音する漢字は何かしら共通点があるということになります。
漢文を読み解くということは橋本に言わせれば、論理を学ぶということになるようです。外国語を学ぶということは自分たちの言語世界と全く違う言語世界を対比して、このような考え方もあるのかと思い知ることです。このようなやり方ではペラペラしゃべりませんが、論理的な考え方が身につくようです。私の店にも外国人が時たま来られます。日常会話くらいできればそれにこしたことはありませんが、どこから来たのか、何歳なのかを会話で知ってもたいした意味はない。ペラペラしゃべれて一見友好的な雰囲気だが、それ以上のことはない。自国の言語を介在して他国の言語を理解することはペラペラしゃべれませんが、より深く他国の事情を知ることになるかもしれません。