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大統領の大概の妻たちははやくホワイトハウスから立ち退きたいという気持ちをもっています。ファーストレディーを楽しんだ人はまれです。政敵からの非難中傷で神経がズタズタにされます。政敵からだけではなく、上流の女からも品がないとか、陰気だとか、ファッションがなってないとか批評されます。戦後ちょっとした頃までアメリカの女性は結婚し、子供を生み、家庭を心地よくするというのが模範でした。キャリアーを積んで仕事で成功するという気持ちははなからなかったのです。しかし旦那が大統領選に出馬するとなると、その妻も旦那と一緒に各地を回らなくてはなりません。妻の印象で投票率が変わってくるからです。いかに妻が旦那に尽くしているかを示していることが好印象につながります。模範的な妻からかけ離れている妻はニューディールを行なったルーズベルトの妻エレノアとクリントンの妻ヒラリーくらいしかいません。ヒラリーですらクリントンが不倫疑惑で絶体絶命の時良妻賢母を演じてこの危機を乗り切っています。
我々に馴染み深いジャックリーヌ夫人ですが、ケネディと結婚している時に、フランスのドゴール大統領がいみじくもこう言っています。
「本当にユニークですね。私には彼女が十年ほど後に、ギリシャの石油王、億万長者のヨットののっているのがみえますね」
まさしくこの予言はあたりました。大金持ちの娘であったので金の使い方が荒く、ケネディもあきれていたようです。
偏差値の高い大学を出ていないとまともな生活ができないようになっているようです。それ以外は低い賃金の中小企業で働くか、非正規雇用かパートで働くか、自営するしかないようです。自分の好きなことをして食っていける人は極少数です。この本では好きなことをして生きている人を紹介しています。しかし豊かさで満ち溢れているものではありません。ギリギリの生活をしている人が多い。「さよなら下流社会」といっても実質的には下流社会に属していますが、精神的に音楽、芸術、慈善を通して生活苦に明け暮れる貧民層からの脱出を願っているのでしょう。
コロナの影響で倒産・廃業する企業や個人商店が多い。日本も一部の大金持ちと大多数の貧乏人という社会になっているのでしょう。日本人はおとなしいから暴徒化しませんが、本当に食えなくなると暴徒化します。このたび10万円を出しましたが、将来毎月10万円をだすベーシック・インカムという制度ができるかもしれません。暴徒化して商店のウィンドウを壊されたり、基幹インフラを破壊されたりするよりは、月10万円を支払っておとなしくしてもらったほうが経済的にも効率がいいのではないでしょうか。月10万円あれば何とか食えるだろうから、あとはギターでもひいたり、もっと稼ぎたいならアルバイトもして閑な時間を潰せばいいだけです。間違っても街に出て商店を略奪しようとはしないでしょう。
東南アジアでは食えないといっていましたが、イギリスでもはじめは味付けが薄く、付け合せの野菜などただゆでたものが多いと嘆いて、ビールやワインの当てにして少し食っているようでありました。2週間もたって旅の終わり頃になると、屋台に出されるようなポテトティップスと魚のフライを皿で出されて、初めてうまいと感じたと書いています。格言にこのようなものがあります。「天国はアメリカの給料をもらい、中国人のコックを雇い、イギリスの家に住み、日本人の妻をもつこと。地獄は中国の給料をもらい、イギリス人のコックを雇い、日本の家に住み、アメリカの妻を持つこと」
有史以前からのイギリスの歴史を解説しています。しかしさらっと読んだだけでは複雑すぎてよくわかりません。要するにいくつかの民族がイギリスにやって来て、征服したりされたり。日本のように天皇一族が続いているのではなく、王様にしても、フランスからスペインからオランダから、ノルウェイー、スカンディナヴィアから来ています。このように政局が変わるようでは食事などかまっておれない状況になるのでしょう。簡単にゆでた野菜で焼いた肉でさっさと済まして、戦いに出たのではないかと思われます。
駅で、寒いのに薄でのミニスカートをはいた売春婦と思われる女性からタバコの火を貸してくれないかと頼まれ、清水先生は100円ライターで彼女のタバコに火をつけてやったら、この女性がえらく感謝したと記しています。これは職業の貴賎にかかわらず、この女性をレディーとして扱ったからだと清水先生は解説しています。私が思うには、日本人男性は特に欧米の白人女性にコンプレックスを感じているので、映画「プリティー・ウーマン」の男主人公になったような気がして、気分がよくなったということではないか。
86歳のお婆さんが社交ダンスを止めるかどうかを相談しています。いい年をしていつまででもやっていてもいいものかという、「引き際」の相談です。私も70過ぎても商売していますが、いろいろ考えるところがあります。このコロナの影響で多くの老齢の店主の飲食店が廃業しています。これから先明るい兆しが無いと思って止める決心がついたのでしょう。私も一ヵ月半の間休んでいましたが、休み始めの頃は仕事しないで本が読めて、商売を止めてもいいかなと思っていましたが、後半になりにつれて、ほとんどベットで寝ているものですから、寝タコが二つもでき、時たま乗る原付のバイクも以前より重たく感じるようになりました。このような生活をしていると筋力がすみやかに落ちていくというのがわかりました。階段をあがるにしても息切れが前より激しくなったような気がします。楽で寝ているような生活は「涅槃」が近いということです。人間は立って活動しないと、すぐ「涅槃」に至るということになります。金子もこのおばあさんに対して、いつまででもダンスを続け、若い人に希望を与えてくださいと提案しています。この一週間前から商売を再開しましたが、もちろんカネがなくなったこともありますが、やはり体のリズムを取り戻さないと思いからです。休業が2,3ヶ月になると、きっと寝たきりになる違いありません。
その国の食べ物を食べないとその国のことを深く知ることはできないと、誰かが言っているかもしれませんが、この本を読んで私はそう感じました。清水先生はパクチーが苦手なようで、この本の全編に東南アジアの料理は食えないと嘆いています。脱アジアを唱えた福澤諭吉先生のように、猥雑で汚辱にまみれたアジアの一員でありながら、フェアーでクリーンな欧米に近づきたいという舶来志向があるのでしょう。私たちは特に欧米の白人たちが納豆を食べる時の顔のしかめ方を見ると、私たちはアジア人だと感じ入りますが、ワインを飲んだり、チーズを食ったりして欧米人になったようなフリをしています。この本でも清水先生はワインやビールを飲みますが、東南アジアの地酒を飲もうとはしません。おまけに教員養成の大学を出ているので、真面目に昼の世界、遺跡や博物館めぐりばかりで、夫婦で行っているから仕方がないのかもしれませんが、夜の世界、裏の世界が少しも書かれていません。もともとそういうところへは日本でも行ったことがないのでしょう。清水義範とドストエフスキーの違いは、清水義範はフェアーでクリーンな昼の世界の住人であり、ドストエフスキーは猥雑で汚辱の夜の世界の住人だということです。今黒人問題でアメリカでは大騒ぎになっています。フェアーでクリーンな欧米も一皮剥けば、インディアンを殲滅したり、黒人を奴隷にしたりしているのです。決してフェアーでクリーンな国々ではないのです。