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19世紀の初頭、200人くらいの大金持ちが、つまり大財閥がいて、フランス通貨の発行を決めていていましたが、第二次世界大戦の直前、選挙で人民戦線が勝ち、フランス銀行の株主4万人に議決権を与えます。現在でも生き残っている財閥もいますが、以前のように家族で会社を押さえているのではなく、大学での優秀なテクノクラートが会社を経営しています。規模が大きくなりすぎて、家族では目のとどかないところができて、「溜めた小銭を入れる靴下」という経営は時代遅れになり、そういった高学歴な人々に頼らざるを得なくなったのです。といってもフランス社会は階級社会であり、それらテクノクラートも財閥そのものから出た者や、裕福なブルジョワジから生まれた者です。
「成り上がり者とは全く違う。・・・幼児期から、世襲の毛並みの良い階級にぞくしており、馬具職人や教員を父に持った会社社長などは、自然の起こした気まぐれのようにみなしている」
中世では王侯貴族、産業革命を経てブルジョワジが勃興し、現在では高学歴の人間が社会をリードしているようです。ますます教育こそが財産という時代になってきているようです。
2,3年前に某有名な建築会社がニセ土地権利書を掴まされて何十億も騙し取られた事件がありました。梶山季之は同じような事件のことを1965年に書いています。一度あることは二度も三度もあるということです。オレオレ詐欺でも、同じ人が二度も三度もひっかかっています。欲が絡まると正し判断ができなくなるようです。
「この3年間(トップ屋稼業)に学んだことは、いかに真実を報道するということが難しい仕事であるか、ということであった。もうひとつは、マスコミにもタブーがあるということである。早い話が政治や経済の姿----裏での取引は確認できないので、書けないことが多い。・・・事実を報道できないという部分があるという事実に気づき、改めて小説を書かねばならぬという意欲に燃えている」
「瀬戸の渦潮」「遺書のある風景」などは、梶山季之が言っているように、トップ屋時代に新聞の三面記事からネタを捜していたということで、そのような中から生まれた小説で、平凡で思われた事件の裏にはトンでもないことが隠されているということがわかります。
「怪文書」「冷酷な報酬」「黒の燃焼室」は実際の企業名や、政治家、実業家を想像しながら読んでいました。これは松下幸之助のことをいっていうのかとか、これは小佐野賢治、児玉誉士夫。これはトヨタで、これはライバルだから日産かな・・・。私小説のように一人悶々としている文学臭あるものより、ドキュメンタリーに近い小説で、文学的な高踏趣味は無いが、世の中このようなもので出来上がっているのかなと思わせるものです。
アメリカの白人たちは良心の咎めもあって保留地に押し込められたインディアンたちに特別な法律を作りました。援助を与えるとか、税金はかけないとかというものです。そうかといってインディアンの貧困はなくなりません。教育を受けたインディアンの指導で、保留地で税金の課徴のないタバコを販売します。安いものですからいくらでも売れます。州当局が税金をかけようとして裁判になります。しかし裁判では課税はできないとの判決です。それで保留地での非課税ビジネス、はじめはビンゴ、それから大規模なカジノに発展していくのです。これが1980年代です。現在では多くの保留地に大規模なカジノができています。それらの儲けによってインディアンの教育や、インディアン民族の博物館を作り、自分たちの出自と歴史を忘れないようにしています。
アメリカ大陸はもともとインディアンが住んでいたのですから、地主はインディアンです。ところがヨーロッパから入ってきた人々はインディアンを銃で蹴散らし、契約と言ってもラム酒一本やガラス玉一個で広大な土地との交換の契約書を作りインディアンたちを排除していきます。保留地に押し込め、そこに金やら石油が出たら、食料などの援助なしにまた追い散らし、とうとうインディアンの人口が24万人なったりしました。
現在のところこのカジノ政策はうまくいっているようです。いくら税金を払わなくてもいいといっても、莫大な利益は州に寄贈されているし、雇用もインディアン以外の人たちにもいい効果を及ぼしています。やがてインディアンたちの処遇がよくなると、過剰に保護する意味もなくなります。やがて税金がかされるようになるでしょう。今のうちにギャンブル産業だけではなく、ほかの道も模索していく必要があります。
プロ野球で16年間もプレーしたということはそれなりにすごいことです。野球人口が多く、プロにもなれない人が大半で、プロに入っても二軍とまりでおえる人が多いなか、一軍でそれなりに頑張ってきたということは賞賛に値します。だったら長島、王、イチローなどスター選手はもう一段突き抜けているというか、我々がいくら頑張っても手のとどかない存在なのでしょう。小谷野栄一は創価大学からドラフト5位で日本ハムファイターズに入団し、オリックスに移籍し、そこでプロ生活を終えています。目立たないが、きっちりと仕事をする職人のような野球選手だったのでしょう。真面目すぎてパニック障害になっています。緊張の余り嘔吐を繰り返すようになります。こうした精神と肉体の回路が出来上がるとなかなかそれを止めることができなくなります。小谷野栄一の解決策は、それを押し込めようとすることなく、パニック障害との共生を目指しています。タイトルとおり、あるがままの自分を認め、「自分らしく」生きることしかないのだと思い、たとえ嘔吐しようが、過呼吸なろうが、手が震えようが、それらが自分の個性だと思うことにしたのです。
パニック障害にならないという人は案外図々しいのかもしれません。他人が自分のことをどう思おうが基本的に余り気にしない人なのでしょう。インターネットで誹謗中傷を受けた女子プロレスラーが自殺しましたが、特にパニック障害の人はこういうことに耐えられないでしょう。小谷野栄一も球場での観客の罵言など受けたことがあったかもしれませんが、彼の周りの人たちは彼の病気をよく理解してくれて、16年間も野球人生を全うできたのです。それはつまり、彼が自分の先輩や恩人に律儀なところがあり、ガンになった他人の子供を励ましたりしているのを見ると、誰も彼を非難しようとは思わなくなります。
ヒンクリーに狙撃された後のレーガン大統領の態度こそ、あっぱれというほどの大名優でした。命が危ない時に余裕綽々でいられるのは、やはり大統領になる人は違うなと思わせるものです。駆けつけた妻のナンシーには「ハニー、頭を下げてかわすのを忘れていたよ」(ボクシングのデンプシーが負けた後に妻に言った言葉)、レーガンの手を励ますために握ってくれた看護婦には「ナンシーには内緒だよ」と言い、手術する前には医者たちに対して、「あなた方がみな共和党員だといいですがね」、これらにはみなニヤッとしたことでしょう。レーガン大統領もいろいろ問題がありましたが、たとえばナンシーとともに星占いで政治をしたとか、財政で大赤字をつくったとか、でも死ぬかもしれない時にそのような態度でおられたのを知ると、何とユーモアのある大統領かと好ましく思えるでしょう。レーガンが出てからハリウッドのセレブたちが政治家になろうという気運が高まります。シュワルツェネッガー、イーストウッドなどです。
ホワイトハウスには大統領専用の映画館があります。一番良く見ていた人はニクソンです。陰険で孤独の人ですから、一人寂しく映画でも観て気を紛らしていたのでしょう。最も少ないのはクリントンで、映像の美女を見るより、現実の20歳のモニカ・ルインスキーセックス行為に励んでいたのでしょう。性交渉はないと言い張りましたが、口で吸ってもらったり、モニカのあそこに葉巻を入れ、それをクリントンが吸っていたとの噂もあります。最近クリントンは小説を書いています。題名は「大統領失踪」というものです。
黒川剣事長の2,3万の賭けマージャンで大騒ぎしていますが、黒川検事長もレーガンのように一言、気の利いた言葉を言えば、このような2,3万のセコイ問題など吹っ飛ぶでしょうに。私もその言葉を考えてみたのですが何一つ思い浮かびません。もともと日本人は真面目すぎて、ユーモアを解せるような余裕はないようです。