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この本は、輪島の元奥さん・五月さんが語っているような形式で、ルポライターの武田頼政が書いています。
人間すべからく、どこか秀でた部分があると、そのひずみがどこかにあるということがわかります。完璧な人間など、いるわけないのです。相撲は強いが常識に欠けるというのが輪島です。相撲取りにはひいきしてくれる「タニマチ」という金持ちがつきます。これらが相撲取りをバーに連れて行ったり、すし屋に連れて行ったりして、すべての費用を払います。これに慣れて輪島はすべてお金は他人が出してくれるものと思ったようです。妹のちゃんこ鍋家の店の経営で、実印を渡し、とうとう相撲の親方株までも担保に出し、とうとう相撲界から追い出されます。広島のやくざから借金取りをくらいます。相撲界も昔からやくざとは関係が深い。相撲も興行でありますから、その地の顔役に挨拶するというのは当たり前であったのでしょう。
輪島は女遊びも激しく、銀座のホステスに五月さんはいじめを受け、自殺しかけたこともありました。このホステス、はじめは輪島の名声にほれましたが、輪島が借金だらけだと知ると、マンションから追い出し、別の金持ちと一緒になったそうです。流川にもホステスさんの「愛」求めて右往左往する男たちが多い。もう年金をもらうくらいのオヤジがフィリッピンにはまり、田舎から出てきてあれやこれや金を使わされています。おまけにフィリッピンへの里帰りも付き合わされる約束もしているようです。悲しい結末にならなければいいのですが。
旅行会社のJTBが出しています。このような企画で旅行客を集めているのでしょう。フランスのあちらこちらを回るので、最低一週間くらいはかかるでしょう。私も絵を見ることが好きですが、美術館まで行って絵を見ようとは思いません。せいぜい画集等を見て、ほっほーこれが何十億もするのかと感心しているだけです。ゴッホが生きている間、一回だけゴッホの絵が売れました。安い値段で。それが今百億円を超えている絵もあるのです。絵の評価もいい加減なものだと思われます。ゴッホが生きている間に買ってやれば、ゴッホも気が狂わないですんだかもしれません。貧乏は病気の母です。絵描きがすべて貧乏かというとそれは違います。ロートレックは有数な貴族の息子で、息子の放蕩でもロートレック家の遺産はびくともしません。セザンヌの父は銀行家であり、彼が死んだ後セザンヌに莫大な遺産を残しています。貧乏であれ金持ちであれ、ヨーロッパの芸術家がそれなりに暮らしていけたのは、アジア、アフリカ、中南米に植民地を持ち、それらの原住民の犠牲の上で成り立つ社会だったからです。今でも、特にフランスは働くのがいやな国であり、植民地もなくなったのに、夏休み2ヶ月も休んだりして、労働は懲罰であると感じて、忌避しているのです。もういい加減ルイ王朝の時代ではないのだと思わなければなりません。トランジスターのセールスマンと池田首相を馬鹿にしたドゴール大統領もいましたが、今チリ産のワインにも負けそうなフランス産ワインを手に持って世界に売り歩かなければならない状況であると知らないといけないのです。もうそろそろ日本も舶来趣味をやめ、ミュシュランなどの評価に一喜一憂する愚をやめ、自分で信じているものを堂々と言うべきです。
太陽に黒点があれば太陽活動は優勢になり、黒点がなければ太陽は衰弱しているということになっています。現在では黒点は0です。それなのに地球上の温度は上がっているといわれています。桜井邦朋は温度が上がっているわけではないと言っています。異常気象が起こりやすいのは、森林の伐採で砂漠化しているからだということです。気象の変化はまだはっきりとわかっていません。地球の歴史を見ると、温暖化が終わり、いまから寒冷化に向かうときだということで、人間活動で二酸化炭素の排出で、温もりを地上から逃さないことは、寒冷化を生き延びるための最善の方法かもしれません。地球全面凍結になればウィルスか微小生物しか生きられないのですから、CO2のジャンパーを地球に着させて、暖かくするしか我々は生き延びられません。また太陽が弱ると、太陽風のバリアが減って、宇宙線が地球上に降り込みやすく、それらが原子と衝突し、雨粒を作ったりして、低温化を作り出すという説もあります。化石燃料最悪説を唱える団体は原子力発電の関係者かもしれません。太陽光発電の利害者かもしれませんが、この太陽光もたくさんのパネルを並べたりすると、その輻射熱で2,3度は上昇するだろうということで、かえって気温が上がったりします。桜井邦朋の言うところ、地熱発電がもっとも有効であるといっています。
アフリカといわれてまず感じるのは危ないということです。猛獣だけではなく、人間同士が争っているところが多いのですから。ウガンダのアミン大統領は政敵の首を冷蔵庫に入れていたといううわさです。食ったとも言われます。前川健一はその国の隣の国ケニアのナイロビアという町の安宿を根城にしてあちこちと旅行をしています。安宿ではほとんど読書と、近くの「バラック飯屋」で時間をすごしています。ここではいつもパンかドーナッツ化を食べ、「チャイ」紅茶を飲んでいます。インドで「チャイ」といわれるものがアフリカまで伝わっているのです。安宿の住人には例のごとく西洋人のバックパッカーもいます。無国籍者の売春婦もいます。金曜日ディスコに行って客を捕まえています。日本人の商社マンが夜明けに彼女をこの安宿に送ってきたそうです。「ムルキ」という名前で、日本の駐在員が書いたアフリカに関しての本の中で彼女の写真が載っているそうです。彼女はアメリカ人のボーイフレンドがアメリカに呼び寄せてやると言っていましたが、無国籍者の彼女にパスポートを発行できないでしょう。
民家の光のない砂漠のようなところ見る満月はさぞかし美しいものでしょう。満月の光で自分の影までくっきりと見えてしまったというくらいですから、真っ暗の中で煌々と輝いていたのでしょう。星だってこぼれるくらい多く天空に輝いていることでしょう。
小竹文夫の経歴は上海に在った東亜同文書院で中国語を学び、卒業と同時に同書院の先生を3年間勤め、それから京都帝大の学生になり、史学科を卒業し、また同書院の先生20年間し、合計30年間上海にいて、終戦後日本に帰ってきたということです。東亜同文書院とは私立の学校で、はじめは日本人だけを対象にして1901年(明治34年)にでき、それから中国人の学生も入学できるようになり、1939(昭和14年)には大学になっています。小竹文夫は寝言も中国語で言ったということで、中国語を完璧にはなすことができたのでしょう。中国人の服装をしてあちらこちら旅行をしたと書いています。ある面間諜のような仕事もしていたのかもしれません。
中国ではよく言われるように兵になるということは最低限の人間になるということで、好まれていません。科挙でもわかるように、最高の人間は詩を楽しんだり作ったりする文人の人です。それらができない人でも、4000年の歴史を持つこの民族には、風雅というかユーモアというか、口争いははでにするが、めったに手を上げたりしない典雅さを、どんな汚い格好をした人も身につけているようです。雑踏に著しい上海でめったに人と人とがぶつからないということに驚いています。背の高い中国人が背をすぼめて歩いているのに対して、背の低い日本人がその時代の影響から大意張りで闊歩するとは大違いです。
中国人の理想は福禄寿にまとめられます。「多子、財貨、長寿」のことで、孔子の教えも来世のことなど一切言及がなく、非常に現実主義者であります。中国人の欠点は付和雷同性にあると言っています。そうはいってもこれは日本人にもあてはまるでしょう。稲作文化圏の性格かもしれません。