[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
前川健一は高校受験のとき、高校へはいかない、研究者になるのだと言って、笑われたそうです。高校、大学にも行って、中華の見習いコックになったりして、バックパッカーになり、とうとうタイに居つき、現地の嫁さんをもらってしまったという人です。現在あらゆるものが研究の対象になるのですから、日本ではわからない、タイの食べ物、社会生活、人々、などテーマはいくらでもあります。「微笑みの国タイ」と言われていますが、その「微笑み」の裏には、金を儲けたいとか、先進国に対してコンプレックスもあります。タイの子供番組で歌を競い合うものがありますが、そこにはたびたび西洋人とのハーフの子供が人気をさらっています。日本と同じように西洋人は一種のステイタスで、タイ人と違って真っ白い顔は成功への一段階です。最近特に欧米やオーストラリアの退職者がタイに移住しているようです。為替の関係で少ない年金でもタイでは豪華な生活ができるのでしょう。おまけに若いタイの娘を現地妻にして、子供も作っているのでしょう。米国式のハンバーグ店ができるとその国の食生活は大いに変わるといわれていますが、タイでも自分で作っていた魚醤などもみな買っているようです。タイの生活でよく見られる、小さな臼で香辛料を棒でかき混ぜペースト状にしているものもありますが、今ではそれもスーパーマーケットでペースト状になったものが売られています。タイのバンコクの下級庶民は家で料理などしません。みな屋台から惣菜を買って、家では飯だけ炊いて食べています。タイではゴキブリも食べるのだと言われていますが、それはゴキブリでない別の虫です。食べるとフルーティな味がするそうです。ねずみは食べていますが、鶏肉の感じだそうです。われわれもそのうち気象変動でゴキブリもねずみも食べないといけない状態になるかもしれません。人間はすべて慣れるといわれています。
チェンバレンは英国人ですが、彼の父は英国海軍の提督で、朝鮮や琉球まで来ています。チェンバレン自身は体が弱く、2歳のとき母親が死に、祖母の住むフランスにいったり、療養のためあちらこちら転地しています。とうとう極東の果て日本まで来たということになりました。23歳ころです。早速、明治政府のお雇い外人になり、海軍兵学校で教えます。チェンバレンは語学の天才であり、7カ国か8カ国の言語を話すことができたそうです。日本語も明治維新の熱の覚めやらぬときに、刀を差した浜松藩士・荒木某という古武士に日本の古典から学んでいきます。あっという間に日本語をマスターし、アイヌ語や琉球語まで研究を延ばしています。23歳から61歳まで日本にいて、その間病気の治療で数回ヨーロッパに帰りましたが、40年間も日本にいたことになります。その間の日本の社会の移り変わりがこの事物誌きめ細かく書かれています。大航海時代からヨーロッパ勢が世界を席巻したということがこのチェンバレンを見るとわかるような気がします。飽くなき好奇心と探究心です。たとえチェンバレンのように病弱な身であっても、ちゃんとメモを取り、自分なりの見解を披露していることです。ダーウィンのそうですが、見たものをちゃんと記録して、残していることです。一回の航海士であっても、海図を作成したり、航海日誌を書き、それが後々便宜な元となっています。おまけに宣教師のようにどのような迫害にあってもそこに踏みとどまろうとする強い意志が見受けられます。チェンバレンも40年間日本に居続け、たとえ病弱な身であっても、またどんなに環境が違っても、元からいるような堂々とした態度を取れることです。これも当時イギリスが世界の覇者ということもあろうかと思いますが、異国人のなかにあって恐れることなく、一人でそこにいるということはたいしたものです。中国人や韓国人や日本人はすぐ徒労を組んで、中国街や韓国街やリトル東京を作るでしょう。もともと東洋人は気が小さく臆病なのでしょう。
最後のページにタイ人とは?というものがあります。「カネがあれば金を買う」「金とは純金のことだ」タイのミュージックビデオでも、旦那が愛人に金のネックレスを贈るシーンがよくあります。また愛人が旦那の首から金の鎖をもぎ取ったりしています。若い娘も奥さんがいても平気で家にやってきて、亭主を遊びに誘ったりしています。
「タイの男と生まれたからには、愛人を一人は持ちたい」
「金持ちなのに愛人がいないのは変わり者である」
金持ちでなさそうなものまでも、若い女と付き合ったりしています。タイの有名人は自分の愛人を公式の会合に一緒に出ても文句は言われません。甲斐性のある男だと賞賛されるのでしょう。昔、三木武吉という国会議員がいて、お前は4人も妾を持っている、不謹慎だと言われて、彼はこう答弁しています。「4人ではなく、5人であります。皆、老来廃馬となっており、役に立てませんが、これを捨て去るごとき不人情はできません」と答弁して、万雷の拍手をかっています。
農村では男たちは酒を飲んで昼間から寝転んでいるか博打をしています。女のほうが一生懸命働いています。市場でも屋台でも女のほうが商売をしていのが多い。前川によりますと、タイの男は内弁慶であり、打たれ弱いそうです。だからあっさりと自殺したりします。生物学的にも女性のほうが長生きするのですから、本来的に女性は見かけによらず強いということになります。タイだけ男が弱いということはないでしょう。
古英語では動詞の変化で主語はなくても意味がわかったが、中英語、イギリスがフランスのノルマンディに征服されていた300年間、動詞の変化がなくなり、SVOという語順によらないと意味がわからなくなった言語になったということです。必ず主語を入れないといけなくなりました。それで「馬鹿」主語もできてきます。日本語では「寒い」という文章も英語では、「It is cold」、日本語で「焼いた」という文章も、「He burned it」というふうにSVOにとらわれて、馬鹿主語や馬鹿代名詞を置かないと文章が成り立たないことになっています。金谷によると、これは一神教・キリスト教の影響で、神がすべてを創り、人間すらも、神に似せて作られたのであるのだから、人間はいかようにも自然に対して対処できるという考えにいたったのです。「する」文化の誕生です。反対に日本人は自然はもともとそこにあったのであり、人間も遅ればせながらそこに入れてもらったのであるから、川も山も岩もすべて神が宿るものだという「ある」の文化の誕生です。金谷は別の言い方で、「神の視点」「虫の視点」と言い分けています。「する」の文化では自然を改変することは当たり前であり、神が自然を創ったように人間も思いとおり、行動できると考えるのでしょう。こうなると、「I」が「私」が一番の主語になります。度々のつまりは、欲望の塊である「私」が世界から物を収奪するようになるのです。これが大英帝国の植民地政策です。だから、金谷の言うところ、英語を習うということは人格を変えるということなのです。要するに攻撃的で、権利意識が強く、強欲な人格になる必要があるのです。こうならないと英語は上達しません。私がいまだに英語をペラペラとしゃべれないところをみると、まだ人格的につつましいところがあるからでしょう。
「Sex and The City」のドラマシリーズを見ると、単語の総合計は10000語ですが、おおよそ8割がた「たった350」単語からできているそうです。それ以外の単語は一回出るかでないかです。中学英語で十分です。中学英語で習わない単語は次のようなものです。
Gonna(発音はガナ、going to意味はする予定)
Wanna(want to 意味は何何したい)
Fabulous(すばらしい)
Stuff(もの)
Ex(元彼、元彼女)
Gotta(have to しなければならない、という意味)
Totally(完全に、そのとおり、)
Cab(タクシー)
Kidding(are you kidding? 意味は、冗談だろう)
Weird (変な、不思議な、奇妙な)
私が思うに、英語を習うということは、アングロサクソン人がアメリカ大陸に来て、インディアンを相手に、騙したり、恐喝、強盗、殺人を犯したように、そのような人物に自分を合わせないと上達しないのではないかということです。相手を思いやるような軟弱な態度では、英語はしゃべられないのです。常にI つまり私を押したて、ああしたい、こうしたいという強迫観念をもって、相手に一歩も譲歩をしない言語ですから。インディアンの酋長もこれら闖入者の欲張りに驚いたものです。現在でも他の国の人でも気に食わない人がいれば、このアメリカの大統領は暗殺命令を出すのです。このような言語を学べば学ぶほど、世界は戦いに明け暮れるのではないでしょうか?やがて中国語の「我」と英語の「I」との第三次世界大戦が起こるでしょう。