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「大正」という元号は易経、「大亨以正 天之道也」からきているそうです。「平成」の次の年号は、たぶん「詩経」から取られるだろうと推察していますが、詩はあっていたのですが、万葉集からでした。
昭和天皇の結婚に反対したのは山県有朋です。久邇宮良子女王の家系に色盲の遺伝があるといって反対したのです。一時頓挫しましたが、昭和天皇の強い意向で、二人は結婚します。いくら明治の元老であっても、これは差し出がましいということで、一挙に山県有朋の権勢は地に落ちます。葬式もわびしいものであったということです。やはり坂本竜馬のように若く死ぬことが、万人に好かれるこつです。80以上も生きると、どうしても恥も多くなり、また愚痴も多くなって嫌われること大なりです。
私の父も母も大正生まれです。両方ともなくなりましたが、今生きていたとすると、父は100歳を超え、母はちょうど100歳です。シナ事変、太平洋戦争と青春時代は戦争に明け暮れ、戦後になって、何もないところからがんばりぬいて、われら4人の子供を育ててくれた両親を思うと思わず涙が出てきます。と、同時に、明治大正昭和とわれら先人たちの努力と活躍を見ると、今の視点で間違った方向にあったこともあるかもしれないが、一概にそれを非難することはできなくて、そうせざるを得なかったということも納得できるように感じます。
東京裁判で南京事件を持ち出したのは、広島長崎の非戦闘員を虐殺した原爆と釣り合いを保つためのアメリカの策略です。自分たちの罪をカモフラージュするために南京事件をでっち上げたのです。その当時南京ではアメリカの宣教師やジャーナリストが大げさに発信していたのです。でも東京裁判でははっきりと立証されませんでした。しかし日本を極悪人にするために、根も葉もない話、今で言うフェイクニュースをアメリカの占領軍とジャーナリズムが流し続けたのです。二度と日本を立ち向かわせることができないようにするためです。ところが共産党勢力が朝鮮の38度線に流れ込んでくると、アメリカはあわてます。貧しい農業国にしようと思ったのが、急遽政策を変換して、重工業を復活させます。
今村均元陸軍大将は巣鴨プリズンで野菜畑を作っていました。昭和29年に出所し、自宅で小屋を作り、昭和43年の82歳まで、死んだ部下のために謹慎生活をしていました。私の父は陸軍の通信兵で、ラバウルでは今村大将の下で働いていました。といっても、空襲を避けながら、芋畑を耕したり、狩猟採集の生活をしていたのです。あるとき川でうなぎを取り、今村大将に蒲焼を作って、食べてもらいました。大いに大将は喜んだそうです。
今村大将ほど部下に信頼の厚い人はいなかったようです。
この巻は主に書簡に当てられています。言っていることは、前巻と同じ、アメリカ駐留軍の経費を食料の輸入に当ててもらいたいということ、日ソ不可侵条約を破ったソ連がこの東京裁判で検事になることの拒否、広島・長崎の原爆投下とこの東京裁判の整合性などです。
社会でそれなりに大物になるには、ある種の偏執性がないとうまくいかないかと思われます。日記も手紙もこと小まめに書き綴っています。それに人見知り、怖気づかないことも肝心です。収監中、戦勝国のアメリカに対して原爆の使用に非を唱えるのは勇気の要ることです。
戦前笹川良一は飛行機を作らせ、その飛行機でイタリアに行き、ムッソリーニと会っています。また自前で整備した飛行場を軍に供出しています。株でも儲け、ひと財産を築きます。戦後は競艇のドンになり、コマーシャルで「世界はひとつ」などと言っていました。
戦後自民党ができたのは、笹川良一、児玉誉士夫などが中国でアヘンの儲けや、供出物資、ダイヤモンド、金貨など日本に持ちかえってきたものの資産によってであるといううわさがあります。テレビに出るときは、いいおじいちゃんぶりをしめしていましたが、裏ではフィクサーとしての恐ろしい顔もあったのでしょう。この本の口絵には巣鴨入獄前の写真がありますが、めがねをかければ文豪の菊池寛に似ていなくもなく、また見方によっては暴力団の若頭に見えなくもありません。不思議な人物であったのには間違いないようです。
成人した人間が選挙権を持ち、投票して代議士を選び、それらに政治を任せるという民主主義は、ヒットラーがそうであったように、一歩間違うと独裁政治にもなりうるといった危険性もはらんでいます。我々大半は頭もそれほどよくなく、平凡で、現実をぼんやりと見ることしかできなくて、自分の意見を持っているわけでもなく、たやすくスローガンやワンフレーズの言葉に乗せられる、浮遊する人間です。統計で正規分布というものがありますが、それを見ても、頭のいい人は少数で、普通の人が大半で、どうしようもないバカも少数です。民主主義は多数決が大前提なのですから、政治的エリートは大多数の凡人たちを自分たちの陣営に取り込むことを目論見ます。これらのぼんやりした頭の持ち主に理路整然とした話は無理なので、「改革」とか「刷新」とか口当たりのいい言葉を連発すれば、それらがいいものだと思ってくれます。民主主義とは本来、「複雑でうんざりするような調整」だということですが、我々平凡な頭の持ち主は、そのような調整などできもしないし、やりたくもありません。大多数は日々の仕事に追われ、そのようなものを考えたりする時間もありません。もう誰かが勝手にやってくれといった感じです。ここに独裁者が付け入る隙間を見つけるのです。いつの間にかヒットラー政権ができあがってしまうのです。
藤井聡が言っているように、「頭が悪いのは罪である」ということになります。信ずるよりはまず疑うことに専念しないといけません。人間は悪くなりますが、もっと悪意を持つ人間がいるのですから、それらにだまされないように気をつけないといけないのです。
アイルランド出身のオスカー・ワイルドの言葉に、「結婚とは知性に対する想像力の勝利」、「二度目の結婚とは経験に対する希望の勝利」というものがあります。ヨーロッパ諸国には結婚はしないが同棲するカップルが増えているようです。アイルランドも晩婚化が進み、日本ほどでもないにしても出生率が下がっています。教育費は大学までただといっても、子育てはどこの国でも苦労するのでしょう。かつて4,5人いた子供も現在では一人か二人でしょう。
我々から見るとアイルランド人とイギリス人の見分けはつきません。でも両者はつい最近まで戦っていて、テロがあったりして不穏な状況でありました。宗教の違いです。アイルランドのなかでプロテスタントの多い北アイルランドとカトリックの多い南アイルランドに分かれています。
1845年ジャガイモの胴枯れ病で飢饉が訪れます。800万人の人口が450万人にまで減ったということです。それでアメリカに移住します。アメリカ大統領ケネディーの先祖もアイルランドからアメリカに移住した人です。当時アイルランド人は一日65個もジャガイモを食っていました。それが収穫できなかったのですから、餓死するか移住するしかなかったのでしょう。
ラクビー世界大会がこの前終わりました。ラクビーはイギリスでもアイルランドでもグラマースクール(進学校、貴族子弟が行く学校)の生徒がやり、サッカーは労働者階級の学校の生徒がやるものです。スポーツも階級差があるとは驚きです。
イギリスのEU離脱でアイルランドはどうなるのでしょう。ひとつの島に二つの国に別れ、国境がしかれ、今のところ自由に行き来することはできますが、イギリス領である北アイルランドがイギリスとともにEU圏を去ると、まるで朝鮮半島のようなものになります。北アイルランドに南のアイルランドの家族がいると、簡単に会えることができなくなります。どこでも人間が住んでいるところ問題だらけということがわかります。