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若い女性の多い拒食症はダイエットのし過ぎで、精神までもおかしくなったものと単純に思っていましたが、実際のところ精神科医でもわからないというところが現在の状況だと思われます。男の精神科医からみると、成熟の拒否、子供を生んで母親になるといった大人の女性になるよりはいつまでも子供でいたいという甘えのだと解釈されているようです。そのため母親との関係、家族との関係に焦点が集まり、それらの歪みが拒食症に表現されるのだろうという解釈です。それに対して宮淑子は、日本の社会の歪みが拒食症の原因であると主張しているようです。すなわち男女平等と見えても、実際は賃金に格差があり、女性の賃金では自立できるような額をもらっていません。いくらがんばっても報われるような場所は女性にはないようで、わざとそうすることによって、女性を家庭の閉じ込め、従来の役割を担わせることを無言で強制しているような状況です。そのためには女性は男の好かれるような体型や美を追求し、男たちに媚びている状況になっているようです。このようなプレッシャーを多感な中学生、高校生のときに感じると、いままで勉学でも男子生徒に引けをとらないし、それ以上に優っていたと思う女子は、社会に出ると、自然と女性は自動的に男性の下におかれると思い、目的意識がなくなり、まるで売春婦のようにさせられ、男たちの卑猥な視線にさらされるように感じるのでしょう。彼女らの無意識の反抗心が自分の体を痩せらせ、生理もなくし、女性としての肉体の魅力をなくさせて、そうした男社会の規範に異議を唱えていることになります。「大和なでしこ」とか「おもてなし」とかうまいこと言われて、長いこと自分たちの欲望を封印されてきた日本の女性たちは現在の男社会に対して本当に腹が立っているようであります。
宮淑子は新婚旅行でニューヨークに行って、そこのポルノ映画館に入り、無修正の映画を見て、自分の女性器と外人の女性器の違いはないということがわかり、安心し、映画を見るだけでオルガスムスを達したと言っています。女性もポルノ映画を見て気持ちよくなることを知りました。たぶん、このインターネット発達の時代、多くの女性たちが男たちに負けず劣らず、ポルノサイトを見て、発情していると思われます。バイブレーションの器具の購入もさぞかし多いことでしょう。女性教師が自分の生徒とセックスして懲戒免職になったりしています。男も女も下半身のコントロールは難しいようです。
欧米では売春婦も労働組合ができていて、売春は立派な職業だと宣言しています。性のプロフェッショナルに矜持を持っているようです。彼女たちは家庭の主婦と比較し、彼女らが売るのは時間とテクニックだけで、主婦のように、好きでもなくなった亭主と生活のためにセックスをやり続けないといけないといった奴隷とは違うのだと主張しています。とうとうフェミニストたちは「家事労働に賃金を求める国際運動」を起こし、なおかつ、主婦が好きでもない亭主とやるセックスも家事労働の一部であると主張し、その対価を求めるべきだと公言しています。いやはや生き辛い世の中になったものです。
長州藩の下級武士出の山県有朋は少年のころは槍の指南役を目指し、日夜樹木に向かって槍を突き立てていたそうです。馬韓戦争のときは有朋は奇兵隊の長となり、四カ国連合軍と戦いますが、砲台を占領されたあげく、有朋も銃弾を受けます。この経験が戦争には近代的な兵器が必要だと痛感させます。後に陸軍の頂点に立ち、日清戦争で清を負かせます。この頃から、維新で活躍した若者たち、伊藤博文、山県有朋、井上馨など薩長の連中が元老となります。伊藤博文がハルピンで暗殺されると、山県有朋が一番の元老となり、これから後内閣の組閣に対して、裏から力を行使することになります。大正11年(1922)に亡くなります。83歳、明治としては長生きです。しかしこの長生きが山県有朋の葬式をさびしいものにしています。裏から政治を操作する「元老」というパワーが疎ましく思われていたのです。写真からも見てとおり、細身で頑固そうな顔つきをしています。意地の悪い舅といった感じです。婿(内閣)をいたぶる舅です。年寄もいい加減にしないと、後のものが育ちません。やはり80歳を過ぎたら、免許証を返納すべきでしょう。アクセルとブレーキを踏み間違えて、コンビニに衝突する可能性が高いのですから。
まるで「ネスレ」の広報誌のような本です。今のところこの会社にさしたる問題はないようです。順風満帆で2017年度のこのグループの売り上げは10兆3270億円。グローバル企業で世界に従業員が32万3000人もいます。日本には神戸に拠点があって日本人が社長をしています。この人が抹茶入りのキットカットを作ったり、会社などに無料でコーヒーを抽出できる機械を貸し、「ネスカフェアンバサダー」といって宣伝し、日本でのネッスルの売り上げを高めた人です。
1913年(大正2年)「ネスレ」は日本に来ました。練乳の販売をしていました。薬局に卸していたということで、赤ちゃんのための栄養補助食品であったということがわかります。戦後になってインスタントコーヒーで一躍名を知られることになります。「ネッスルコーヒー」とわれわれは言っていましたが、これはイギリス読みでネスレがフランス読みです。
ネスレはいまや食品だけではなく、医療、水関係の分野までまたがっています。ミネラルウォーターだけで1兆円もの売り上げがあります。水商売顔負けの商売をしているようです。
ネスレとは関係ない、スイスの歴史の一こまもこの本で書いてあります。それはスイス人傭兵のことです。現在のフィリッピン女性が他の国に女中として働きに出て外貨を稼ぐように、かつてスイスの男たちも自国では食えないものですから、たとえばマリーアントワネットについていってフランス王宮での護衛兵になるのです。パリ革命でパリの民衆にスイスの護衛兵は殺されます。それらをいたんでスイスのルツェルンという町には「瀕死のライオン像」が山肌に彫られています。
「凡庸」とは「何の取り柄もない・・・陳腐な平凡さ」ということで、人間だと中身のない空っぽな頭を持っていて、自ら考えることのできない人ということになります。これらが多数を占めると全体主義がはびこります。一人の独裁者と多数のアホということです。ナチスのドイツと、現在の日本にもそのような傾向があるといっています。その例として、小泉首相の郵政改革を出しています。国民をABCDと分け、AとCはIQが高いもの同士で、互いに相反するもの同士、BとCはIQが低く、Aたちに郵政改革を宣伝させ、大多数の頭の悪い「凡庸」なBを取り込むことによって、成立さしたことを指しています。新自由主義経済を標榜し、規制の撤廃とグローバリズムを推進していました。ノーベル賞受賞のお墨付きのシカゴ学派の理論の基づくものです。ところがこの経済学のノーベル賞はノーベル財団が出すノーベル賞とは違うものです。スウェーデンの銀行が出しているもので、業務に政府があまり関わらないような新自由主義経済の考え方に銀行側が乗ったようなものです。これ以降格差が広がり、倒産やデフレも続き、いまだに日本は浮上できない状態になっています。政治とは単に経済問題に絡むだけではなく、今日もニュースで、ISの重要メンバーがアメリカ兵に追い詰められて自爆したということでわかるように、人の生死と関わるものでもあります。我々大半はBでありますが、「凡庸」であることは罪を犯しているということになり、たとえ頭が悪くても少しは考える能力を身に着けないと、世界で1%の富裕層に好き勝手にされるということになります。