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佐藤優は国会議員鈴木宗男と連座し、背任、偽計業務妨害で逮捕され、外務省を首になっています。ノンキャリアだったが、優秀なものであったのでキャリヤのようになり、生粋のキャリヤから嫌われたのではないかと思われます。同志社大学院神学研究科卒で、神父か学者になるはずですが、外務省に入り、ロシア語を学ばされます。無神論者が多くなったといっても、現在世界の流動には宗教が絡み、われわれ宗教色の薄い日本人にとってその底流をうかがい知ることは困難のようです。佐藤優の地政学には宗教と高い山がキーポイントになっているようです。我々日本人は地図を見て等高線があっても、それを立体的に想像することは難しいようです。その点ドイツ人を筆頭にしてヨーロッパの人間たちは平面の地図を見て、それを立体的に見ることができるのだそうです。だからいくら航空機が発達しても、高い山を制圧することは困難です。どうしても地上戦になります。アメリカもロシアもそれでてこずります。高い山もそうならジャングルも同じでしょう。ベトナム戦争でアメリカが負けたのですから。
イスラエルがあえてヘブライ語を国語にしているかは、求心力を考えてのことです。英語を国語にするとユダヤ人というアイデンティティはなくなります。そうなればたやすく周りの国々から攻め立てられ、やがて国はなくなるでしょう。日本も同じことです。会社を英語だけにするということをやっていますが、佐藤優はこのような会社は10年後つぶれるといっています。幼児から英語を学ばせるというのも、日本の衰退につながります。まずは日本語をみっちり教えないといけません。要するに根無し草はどこにいても中途半端な人間だということです。英語を少々しゃべられるぐらいでは、ネイティブな人間には負け、就職だってネイティブなほうにいくでしょう。そうかといってあやふやな日本語では我々の先祖が築いてきた日本の歴史も理解できず、ちょうど韓国の漢字をやめて、ハングルだけにしたように、もうこれでは過去の文献など読むことができません。こうなると韓国のように歴史を捏造するほかはなく、世界の笑いものになることは必然なのです。
競艇のドン、世界は一家、人類みな兄弟と唱えた笹川良一の、昭和20年21年にかけての巣鴨収監時の日記です。前の殿様の系譜をひく岡部長景とえらく違います。まず食事についてです。戦前にはきらめくような将軍や大臣など、食い意地がはって、列を乱したり、炊事係りに賄賂を贈って少しでも多くもらおうとしていたと書いています。このようなものが日本の上層にいたのだから負けるはずだと嘆いています。
今もそうですが、敗戦時、進駐軍の滞在経費日本が支払っていました。年間百億円です。笹川良一はこの金を免除してもらって、その分食料の輸入に回すことを、マッカーサーやらトルーマンに手紙を書いています。届いたかどうかはわかりませんが、言っていることはまっとうなことです。その当時日本は飢餓状態であったのですから。後で食料が送られてきましたが、ちゃっかりとアメリカは日本からお金を取っています。滞在費は滞在費としてとり、食料は食料分のお金はとっています。
東京裁判でソ連が検事になっています。これに対して笹川良一は「強盗が小盗を強盗扱いにして裁判をなすがごとき」と形容しています。ドイツがソ連を攻め入ったとき、日本はソ連との不可侵条約でソ連に攻め入りませんでしたが、日本がポッタム宣言を受け入れた後、不可侵条約も破って、千島列島をぶんどりました。いまだに返す気はないようです。
東京裁判ではA級のほかにB級、C級の、捕虜虐待関係の人々もいます。アメリカ兵を殴ったという、些細なことでも捕まっています。ところが笹川良一もアメリカの監視兵にこっぴどく殴られ、懲罰として床掃除や壁磨きに長時間させられています。もし日本が勝っていれば、このアメリカ兵は無期懲役になるでしょう。アメリカの民主主義もいい加減なものです。
東京裁判で、A級の連中、木戸、鈴木貫太郎、若槻礼次郎、岡田啓介、光内光政など、まな板の鯉とはいかず、みな鮒だと言って、見苦しい答弁を続けていたようです。その代わり東条英機は堂々として大悟していたようです。
「ありあまる」ものと、「たらないところの」ものがひっついて、ああ気持ちいいでは、修士論文ではすまないのです。副題にポルノグラフィーの歴史社会学とあります。小難しい文章が続き、下半身の膨張を期待していた私の期待を裏切ります。フーコーなど難解な学者たちの引用を多用し、単純な私の頭では理解の超えるものになっています。唯一喜びを感じたのはカメロンの一場面です。
修道士ルスティコが少女のアリベックを見ると、肉がたちまち隆起してきました。
「ルスティコ様、外に突き出たものは、なんですか?私はそういうものはありませんけど」
「わが娘よ、これこそが今申した悪魔です。この苦痛の大きいこと、やっとの思いで耐えているのです」
「まあありがたいことに、私にはそのような悪魔はついていませんわ」
「あなたには地獄を持っているのです」
少女はそれまでどんな悪魔も地獄に入れたことがなかったので、はじめはちょっと痛みを感じました。そのうちに、少女はこの遊びが大好きになり、隠者に言いました。
「悪魔を地獄に閉じ込めるくらい楽しいことは、これまでしたことがありません」
赤川学は東大に入るくらいですから、高校生の頃から手淫も控え、ましてや女性とセックスすることもなかったでしょう。大学生になってやっとアダルトビデオを見て、男性俳優のタフさに驚いています。その頃になってやっと女性とセックスしたかもしれませんが、あっという間に果てる自分の早漏さに男としての自信を失ったのかもしれません。東大という衣装を身に着ければ何とか格好がつくものが、裸になると、そこらの暴走族のヤンキーに劣ると思うと、果たして自分の人生は正しかったのだろうかと思うことでしょう。文化勲章授与式に夫婦が並んだ写真を見るにつけ、これら奥様の顔つきには、こんな木偶の坊を男にしてやったのだという自信がみなぎっています。
岡部長景の父は岸和田藩最期の殿様で、明治維新後慶応義塾に入り、福沢の勧めでアメリカ留学をし、帰ってきてから外交官になっています。岡部長景自身は学習院から東大に入り、卒業後外交官になります。それから貴族院の議員になり、昭和18年には東條に請われて文部大臣になっています。敗戦後20年の12月に戦犯として巣鴨に収監されます。
日記にはどのような査問があったかは書かれていません。残した家の心配とか、日々の食事、読書、短歌や俳句、それに囲碁などを記しています。それを見ると結構いい食事をしています。収監中妻の悦子が亡くなり、それから何度も妻の夢を見たりしています。悦子の祖父は岩崎弥太郎(三菱の創業者)で、悦子の母は二代目社長岩崎久弥の姉の春治です。日本の上流階級そのものです。口絵の写真をみても、品格があり、やはり殿様の出であることがわかります。解放後、しばらく公職に就けませんでしたが、吉田首相の肝いりで昭和27年国立近代美術館の初代の館長になります。有為な人はほっておけないのでしょう。岸和田藩最後の殿様・長職は岸和田の城や土地を岸和田市に寄贈しています。そのお返しに名刀をもらいます。この名刀もどこかの美術館に保存されているでしょう。
岡部長景の長男はオリンピックに馬術の選手として出ています。やはり馬に乗れるということは、上位の階級であると同時に金持ちでないとできないスポーツのようです。
薬師院仁志の口癖は「誰が悪いというものではない」となります。現在の世界がこうなったのは、必然か偶然かわからないけど、どこの民族や国家などを特定して、それが諸悪の根源であるとは言えないといっています。どの地域でも隣同士は仲が悪いのです。日本と韓国に限ったことではありません。EUではイスラム諸国から移民が入ってきて、今ではその地に二世三世が生まれてきます。もともとキリスト教とイスラム教はそりが合わないところに、同居の事態が進んだのですから、軋轢がひどいものになります。薬師院仁志はフランス語が堪能のようですから、フランスのことを中心にして述べています。人手不足のときは移民も歓迎されましたが、不景気になると移民はお荷物になります。そうかといっていまさらお帰りくださいとはいかないのです。二世三世はもはやフランス語しかしゃべれないので、親の国に帰っても生きるすべがありません。ましてや国許は不安定で戦争状態のところが多いのです。フランスでは就職もできなし、その鬱憤で荒びたりします。なかにはテロ組織に入って、騒動を起こします。中にはビルから落ちそうになった子供を、ビルに這い上がってその子を助けた移民の青年がいましたが、その功績によって消防局に就職できました。フランスでの就職はどのような職業でも「資格」がないと雇用できないのです。料理人だってその種の学校を出ていないと雇ってもらえないのです。その青年は「資格」がないのに、特例で消防職員になれたのです。大概の移民の若者は街でうろうろするしかないのです。「小人閑居して不善をなす」まさしくこのことわざどおりです。「犬も歩けば棒にあたる」消防局員になったその青年はこのことわざにいい面をあらわす好材料です。しかしながら大方の移民の若者は、最近の右翼の台頭で、町を歩けば有形無形の「棒」(バッシング)を受けているようです。