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山本五十六もハーバードに行っています。学業は優秀ではなかったが、ポーカーの腕はたしかであったようです。はったりをきかせるのがうまかったのでしょう。田中角栄もハーバードに30億円もの日本研究のための資金を贈っています。現在では中国、韓国の留学生が多く、日本の留学生はだいぶん減っているようです。岡倉天心の面白い話も載せています。アメリカでボストンの市民にお前は、チャイニーズ、ジャパニーズ、ジャワニーズとからかわれて、とっさに岡倉天心はこう切り替えしたそうです。
「私たちは日本の紳士です。あなたこそ何キーでしょうか?ヤンキー、ドンキー(ろば)、モンキー?」
明治の先人たちは今以上に英語ができています。現在の我々には英語で反論できる人は数多くいないでしょう。
世界で最も古い会社が日本にあるそうです。西暦587年創業の「金剛組」、神社仏閣の建築修理会社です。このように長く続いたのはもちろん技術において他に追随を許さないものを持っていると同時に、特殊な領域でのシェアをはやくから獲得していたからだということです。
日本が列強の国々の植民地にならなかったのは、「サムライ精神」にあったとハーバードの教授は言っています。自分の利益しか考えていない中国や朝鮮は、賄賂や不正が蔓延り、それを手がかりに列強はその国に食い込んで来ます。ところが日本の指導者は、自分が豊かになるより、国全体のことを考え行動していったということで、列強に弱みを握られることなく、公正に国を運営することにより、列強の植民地政策を跳ね返したことになります。かつては日本は「清貧の思想」が隅々まで張り巡っていたのです。ところが今日、吉本興業の騒動を見るにつけ、社員の芸能人は全て非正規雇用であり、出演料1円だったりするのです。反対に社長の給料は推定数億になるようです。このように格差が広がり、かつての、みなが貧乏だから一緒にがんばって行こうという気概はなくなりました。このようなところからほころびが出て、やがて衰退時に入るのでしょう。
第6章で、性的興奮の影響というものがあります。被験者(MITの優秀な学生)にパソコンを渡して、そのパソコンが表示する質問に答えさせるものですが、1回目は普通に答えさせ、2回目にはマスターベーションをしながら答えさせます。2回目では性的逸脱を構わないような答えをしています。性的興奮時にはより大胆になるようです。もちろん大学の倫理委員会に許可をしてもらった実験です。学問の自由はかくもアメリカで完成されているようです。人間を殺傷する以外どのような研究も許されているようです。被験者は匿名とはいえ、彼らの協力で論文ができるのです。
世界有数のバイオリニストが地下鉄の駅で演奏したところ、1時間で32ドルしか集まらなかったそうです。YouTubeで10歳くらいの可愛い女の子がバイオリンをひいて、ストリート・ミュージシャンをしていますが、動画を見ている限り、彼女の金入れのバケツには世界有数のバイオリニスト以上のお金が入ってきているような感じがします。日本のことわざに「馬子にも衣装」というものがありますが、荘厳な装置のある舞台と地下鉄では、同じ音楽でも違って見えるのでしょう。その点女の子はいたいけで可愛いし、それのバイオリンもそれなりにうまいのですから、ストリートであってもお金が集まるのでしょう。プロか素人かといっても、そこの立つ場所によってはプロが素人に負けるということも起こるのです。これこそ題名の「予想どおり不合理」ということになるでしょう。
欧米人に何やかやを言われると率直にきく耳を持つ日本人ですが、アジアから何かを言われると、無視するか反対に攻撃的になるのが日本人らしい。この本はB.レンガー以外に6人の欧米の特派員によって書かれたものです。
過去も現在も欧米人は、最近ではアジア人も「日本の女性の妙技」にひかれて、日本を訪れる観光客多いと言われています。浮世絵とAVビデオの影響でしょう。過大な期待を抱えて海外の男たちがやってくるようです。都心では若い女性の梅毒が増えているようですが、観光立国を標榜する安倍政府の政策と轍を一つにしているのでしょう。これらを書いた特派員も大方日本人の女性を奥さんにしています。
「家に戻ると、ニッコリ笑って玄関に出迎えてくれる。靴を脱がしてくれるし、スリッパをはかせてくれる。お茶に熱い風呂にマッサージまでね。人生はこうでなくちゃ」
これは日本人妻を持った欧米人の言い草です。日本人女性も欧米の白人系の男の夫とすると、最大限の努力をするのでしょう。もし夫がベトナム人であったなら、そんなにサービスはしないでしょう。反対にサービスを要求するのではないでしょうか。男も女も日本人は先進国には、「おもてなし」たっぷりの愛想笑いの外面をしていますが、後進国と思われている国の人に対しては、苦々しい顔つきをしているのではないでしょうか。日本に憧れてアジアから来る若者が日本で仕事をして帰ると途端に日本嫌いになるという事をよく聞きます。我々は外面と内面を無意識に使い分ける習慣を反省しないといけないようです。
著者の推量、奈良時代に、稗田阿礼が口承していたものを太安万侶が文字に移し変え、古事記を作成したというストーリーと、古事記そのものを作ったのは、平安時代に家運が衰えた、太安万侶の直系・多人長(おおのひとなが)が、時の朝廷に自分たちの存在をアピールしたいがために行なったということです。いつに時代でも公務員は出世の差に敏感なものです。大化の改新以来、その立役者である中臣鎌子は藤原姓を賜り、政治でも神祗でも藤原系が独占し、多人長らの所属する葛城王朝から系統は、藤原一門の陰に隠れてパッとしなかったのです。それ故、「古事記」でも、公務員の家柄名簿である「新選姓名録」に対抗して書いた「弘仁私記」でも、多人長の祖先・多臣のことを詳しく書いているのです。「日本書紀」や「新選姓名録」では多臣のことは一行くらいしか書かれていません。日本書紀の前に古事記が書かれたということは、古事記の序文で言っているだけで、当時の公文書など一切そのような記事はないのです。だから古事記は偽書であり、左遷された公務員のひがみ節だということです。
日本語の文章と中国語の文章の違いは、日本語はムダに過剰であり、中国には反対に「直截性」があると言っています。
「日本語には本質的でないところに力を割かれて、わずらわしい。地理的にも時間的にも非常に大きな範囲で、背景も立場も思想もまったく異質な人々の間で、切実に意思を疎通させるために使われてきた中国語には、日本語にはない直截性と客体性があるように思う」
「人間にとって最も大事なことは何か?狭い範囲の社会の常識にとらわれずに自ら主体的に考えようとする人のために、私は中国語の読書をお勧めする」
歴史を見ても日本は男女のいちゃいちゃを好む民族であり、中国は長年戦いに明け暮れて、自分の要求を通す思弁の民族といわれるでしょう。我愛你でもわかるように、英語のI love you と同じで大概主語の後に動詞がくるのです。みんながわかりやすいように、したいことがはじめのほうに出てくるのです。日本語では、反対に、したいことが末尾に出てくるので、しゃべっている間、他人からは日本人が何を言っているのかさっぱりわからないのです。おまけにニヤニヤ笑っていて、他の国からは不気味な民族だと思われているのでしょう。京都でお茶漬けを食っていきなはれと言われて、長居して茶漬けでも食ったりすると無粋な人といわれます。日本の女性がいつもニコニコしているのでセックスOKかと思ってやると、強姦罪で捕まって目を白黒させている外人もいます。とにかく日本人はワールドスタンダートになりえない人間だと思っていれば間違いないようです。