[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
いずれにしても東大卒者は、就職、離職、女についても手厚い保護が与えられているようなきがします。森永卓郎がタバコ産業から三井のシンクタンクに移動する時、大蔵省の審議官が間にたったということです。女性にしても、年収300万をきるような男では、よっぽどの二枚目でないと、相手にしてもらえないでしょう。ところが森永卓郎は二枚目でもないのに、東大卒と就職先がちゃんとしているということで、一生専業主婦ができそうで苦労することはないと計算されて、卓郎29歳で結婚できています。もてない、もてないとこぼしながら、嫁さんもでき、子供もできて、その子供は、卓郎と同じ経済アナリストになって親父と一緒にテレビに登場したりしています。これで十分すぎるほどではないかと思われます。収入もテレビの出演料、コマーシャル、講演料、本の印税と、卓郎の主張する、将来の、国民、ほとんどの年収100万円といったものと大いに違って、億を超えていると思われます。年収格差は止まらないと言い、一応貧乏人に味方するような論調をとっていますが、実際は富裕層と同じ心情をもっているかもしれません。もてないと不服を言っていますが、それは金を出さないだけで、和歌山の老人のように金を出せば20台のモデルと一緒に住むこともできるのです。
昔のように物をたくさん生産してたくさん輸出するというやり方はもうできなくなっています。金融緩和をし、円安にし、輸出産業を延命しても、これら「衰退するビジネスモデル」「過去にとらわれている企業」などを温存しておくと、やがて「経済」そのものが死滅してしまいます。何事も新陳代謝は必要なのです。使命を終えた企業はすべからく退場してもらわないと、次が育たないのだと言っています。だからアベノミクスの成長戦略は間違っていて、いくら大企業であっても、これらを残していると、ロートル企業ばかりになり、そのなかにいる人員もボケ老人になり何一つ新しいものを生み出せなくなってくるといっています。だからこのような延命処理をする政策よりは、教育に投資し、何事も柔軟に対処できる人間の養成こそが、今最も必要な政策であると主張しています。
江戸時代の男女の身長はどの時代よりも低いことがわかります。縄文時代よりも低く、男で158センチ、女で145センチです。たとえ剣豪であってもこのようなチビであっては、それほどのものではないのではないかと思われます。仏教の信仰で獣肉を食べないこと、米、特に江戸の町は白米を多く食べたことによって、この時代が一番身長が低いのです。ペリーが浦賀に来た時、チビばっかりですから、大砲も二、三発ぶっ放せば、何とかなると思わせたようです。それで二回目ペリーが来た時、幕府は相撲取りを海岸に並ばして、威嚇しようとしましたが、ペリーは単にデブとしか思わなかったらしい。問答無用で開国させられます。
町人層の寺の墓所で、骨まで達した梅毒の痕跡があるものが11.5%もあったということは、実際にその病にかかった人は何倍にもなるでしょう。コロンブスが梅毒にかかって100年も経たないのに、日本に来たということは、多分南蛮貿易の水夫から長崎の女郎にうつったと考えられます。結核は古墳時代、3世紀の骨に痕跡をとどめ、多分渡来人が日本に運んできたものと思われています。人の往き来は病原菌の往き来ですから、今後移民を増やすということですから、いろいろな病気が増えることでしょう。
今イスラエルではガザからロケット弾の攻撃を受け、イスラエルはそれに反撃しています。この本の主人公、ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーもイスラエルとエジプトの戦争の時、アメリカからイスラエルに帰り、軍服を着て戦いに参加しています。毎日が戦争状態で、70年以上も戦争が無かった日本では信じられないことです。イスラエルでは学者でも祖国が危うい時には世界からイスラエルに戻ってきて闘います。なにも優秀な人が戦闘に加わらなくてもと思いますが、ヨーロッパで根絶やしになりそうになったユダヤ人がやっとつくった国ですから、何としても生き延びねばならないという気持ちがそうさせるのでしょう。
ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーはヘブライ大学で一緒になり、統計数学と心理学や経済学で数々の学説を共同して発表します。それが行動経済学のさきがけになります。今までの経済学は各個人が理性的な振る舞いをして経済学が成り立っているのだという前提で事を運んでいました。ところが実際は理性的でもなければ、反対に損を覚悟で行動することもあるのです。経済学ばかりではありません。歴史も「後知恵バイアス」があって、ランダムに起こったことを、ある一つのストーリーに纏め上げるようなことをしています。はっきりいって歴史書は「でっちあげ」ということになるようです。要するに人間の脳は自分が理解しやすいように、事実はどうであれ、わかりやすいストーリーを作ってしまうということになります。
「A」は年収1000万円以上、「B」は300万円から700万円、「C」は100万円以下と、今後分かれるそうです。「A」はブランド大学を出てブランド企業に入り猛烈に仕事をする人です。「B」は適当なところを出て、適当な会社に入り、適当に仕事をする人です。「C」はアルバイトしながら自分の夢(歌手など)を追及する人です。
男にとって人生の不良債権は、「専業主婦」、「子供」、「住宅ローン」だそうで、「B」の男性は、即刻、専業妻に対して働きに出るよう要請しないといけません。このような低収入では妻にアルバイトでもしてもらわないとやっていけないからです。子供も「A」のように小さいときから家庭教師を付けるといったこともできないのですから、重々と大学までいきたいのなら親を頼りにしないで奨学金を利用していけと諭さないといけません。
住宅はカネがあれば買ってもいいが、ないのなら無理して買うこともない。安い公営住宅を借りて、それで余裕ができれば人生を楽しむようなことができ、森永卓郎のようにミニカー収集に喜びを見出すこともできます。
ゆとり教育も、1%の「A」を徹底的に鍛え、「B」や「C」にはゆとり教育を与え、「一億総バカ化計画」で、年収300万円以下でも文句を言えない、使い勝手のいい国民を育てるためだそうです。令和になっても、円周率3で教えているのでしょうか。