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株のやり方はデイトレをやるのが正しいと言っています。上がったら売り下がったら買い、その繰り返しでカネを儲けるそうです。長期に保持しても、かえってそれは不良債権を抱えるものだと言っています。株価の上下は会社の業績によるものではないといい、ケインズの美人投票のように、自分好みの美人を選ぶのではなく、他人がどのような美人を選ぶのかを見て、その大勢につくことが株で儲けるコツであるということです。株はゼロサムゲームですから、誰かが儲ければその分誰かが損するので、あおって株高にし、サッと売り抜けるのが、誰しも考えていることです。みんなバブルを欲しているのです。最後にババをつかまして、高値で売り抜け、バブル崩壊で値下がったところでまた買うというのが株の王道です。
私は3年前からNISAで100万円くらいの株をやっていますが、現在の株式時価総額は899000で、10万円ほど損をしています。軒並み減らしていますが、特にK社は100株10万円で買ったものが2万7000円にまで落ちています。ここで売ってしまっては損が確定するので、売るに売れません。行動ファイナンスによると、私のような、ミスを認めないために塩漬けにするようなやり方は、愚の骨頂と言われそうです。株をやり始めたのは、元将棋指しの桐谷広人の株主優待生活を見てからです。この優待もコロコロ変わるので、去年ジャムのセットが来なかったところを見ると、その会社は優待を止めたかもしれません。桐谷のように細かくチェックしないと、私のようにぼーっとしているといつの間にか損をしているようになります。
蘇我氏の名前を代々並べてみると、蘇我満智、韓子、高麗、稲目、馬子、蝦夷、入鹿。満智は百済の貴族・木刕満智と同人物かといわれているし、韓子、高麗もまさしく朝鮮のことを示している。渡来人かとも思われています。渡来人でなければ、仏教もいち早く取り入れたように、舶来物好きである蘇我氏の性格かもしれません。飛鳥寺の仏舎利を収める儀式には、馬子以下息子の蝦夷、それに参列する者すべてに百済の服を着せて祝ったとあります。馬子は朝鮮から軍事用の馬が入ってきて、それを蘇我氏が管理していたということで、馬子と名づけたのは何となくわかるようなきがします。しかし蝦夷、入鹿とかは、蝦夷とは東北に住む野蛮人であり、入鹿とは鹿のことですから、今から見るとおかしな名前の付け方です。水谷千秋によると、このような名前は「恥ずべき」名前ではなかったといい、他にも「蘆井連鯨」、「民直小鮪」、「置始連兔」という名前もあると書いています。
乙巳の変で入鹿が暗殺されていなかったら、今の「令和」の年号もなかったでしょう。馬子は崇俊天皇を殺した実績があり、孫の入鹿にいたっては王と自称していたくらいですから、天皇に取って代わろうと気持ちは大いにあったでしょう。
孝謙天皇には弟もいたのですが、生まれて一年も生きられることができませんでした。また腹違いの弟もいたのですが、17歳で脚気で死んでいます。父親の聖武天皇は娘を皇太子にし、やがて孝謙天皇になります。天皇になれるのは男子嫡系で、天皇の子供が幼いので、母親が一時的に代わって、子供が大人になるまで天皇になると言うのが女帝のあり方ですが、孝謙天皇の場合、独身ですから子供もいないし、それも結婚して男の子に恵まれたとしても、男子嫡系でないのですからその子は天皇になれることはできません。やはり、甥っ子などの天皇直系にバトンタッチしないといけないのです。孝謙天皇が病に陥ったとき、現れたのが道鏡で、加持祈祷の美声と、医学にも少し造詣があったのでしょう。見事に癒します。巨大なマラで孝謙天皇のモヤモヤを蹴散らしたともいわれています。道鏡は出世し、天皇になるべきだというお告げも出ます。そこで真偽を確かめるために、和気清麻呂を九州の八幡神社に遣わしたのですが、お告げとは真反対のことが告げられます。怒り狂った孝謙天皇は和気清麻呂の名を「別部穢麻呂」と変えて流罪にします。でもこれによって道鏡の天皇家乗っ取りの策謀は成就できませんでした。もしこの時成功していれば、婿養子天皇ですから、孝謙天皇が生きている間はおとなしくしているようですが、死んだら好き勝手なことをしでかすのではないかと思われます。
奈良時代にも医師、鍼灸師、按摩師の資格試験があり、二度失敗すると受験資格がなくなるということも書かれています。現在では医師試験など何度でも挑戦できるようですが、弁護士試験では挑戦回数が決められているようです。
やはりこの時代、病気対策には加持祈祷が本元で、坊主がお経を念じていたのでしょう。同時に坊さんは当時では外国の知識を得る最前線ですから、医学のことも少しはわきまえていたかもしれません。40過ぎまで男を知らなかった孝謙天皇を、道鏡は手当てとして、念仏を唱える美声と、噂される巨根でもって癒したであろうと推察されています。
この時代女帝がたびたび出るということは、男子の皇族が幼少でなくなることが多かったということです。近親結婚の弊害も考えられます。おまけに伝染病も多く、新羅から帰って来た特使が伝染病に罹っており、それで藤原の4兄弟が1年のうちにすべて死滅したという事件もありました。
奈良時代の天皇家と現代の天皇家は似た部分があります。綱渡りのような男子一系で、おまけに机の上にナイフを置かれたりして、危ないこと限りありません。
円安にして輸出産業を盛んにし、かつての日本の成功事例を参考にしたアベノミクスは間違っていると言っています。後進国に成り下がって、後進国と一緒に価格競争するといった貧乏商法は国を貧しくするだけです。2012年日本の国富は3000兆円ありましたが、これを120円の円安になると、1ドル80円の頃からだと33%も国富がふっとぶのです。このような経済政策をした国はありません。日銀の異次元金融緩和で日本の富を減らし、安くなった日本の企業や土地や建物が安く買い叩かれています。
円高になれば石油など安く入ります。輸出産業はもうからないかもしれませんが、それ以上に原材料が安く入り、生活も楽になります。国富は世界に投資し、これによって輸出産業の儲け分などはじき出してしまいます。あとは日本国民の教育の投資です。これによってもっと高品質なものが作り出せるような人間を養成することです。安いものをたくさん作くるのは後進国にまかせ、日本は誰もまねのできないものをつくるほかは無いのです。もはや経済成長率に一喜一憂することなく、成熟社会を目指すべきだと言っています。
アベノミクスが正しいのか、小幡績の言うのが正しいのか、よくわかりません。私の商売では、デフレの時も、アベノミクスの今もそう変わりはありません。最近モノの値段が上がり、多少売り上げが上がってもその分さし引かれて、デノミの時と実質変わりないようです。