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2009年出版で10年前ですが、二人の予想が当たっていないことは、自民党がなくなるだろうということです。今も健在ですし、かえって民主党がバラバラになって見る影もありません。国会議員の質の低下は前から言われていましたが、この本によりますと、国会議員だけではなく、人口も、官僚も、経済人も、大学も、職業も、おカネも「下り坂」ということで、一度は頂点を極めたのですから、その豊かな感性を生かしつつ、衰えていくしかほかの生き方は無いのではないかといっています。カネだけは溜まっているようで、今からは世界の高利貸しになり、日本には若者が余り生まれてこないのですから、新しい発想で新しい製品など生まれてくるはずもなく、世界の若者にカネを貸して、その上前をはねるしかないようです。大学を卒業しサラリーマンになるという発想は今からは無意味で、野球の大リーグ投手田中のように高校からプロに入り、キャリアを積んだ方がいいということで、斎藤投手のように大学4年間回り道をしたのでは選手の旬は過ぎてしまうということです。歌舞伎役者の子供も小さいうちから芸を仕込むようで、それで何とか家系が保たれているということになっています。個人事業主も、自分の子供を小さいうちから家業に親しませ、自分を養う技術を習得したほうが、自分のためにも子供のためにもいいことかもしれません。
この本に出てくる、ユダヤ人作家で、読んだことのある作家はフィリップ・ロスの「ポートノイの不満」だけです。大昔にアメリカのベストセラー作家ということで読んだのでしょう。ホロコーストとは一切関係ありません。ストーリーは思い出せませんが、ポートノイの名前からしてポルノグラフィーを想像させ、ただ若者がマスをかく小説です。
体験しようがしまいが、ユダヤ人作家ということはホロコーストを抜きには考えられません。残念ながら日本では原爆抜きでは考えられない作家はあまりいないようです。ましてや原爆についてユーモアで語る作家は日本には一人もいません。映画で「ゴジラ」が少しはユーモア精神があるようです。戦後のアメリカの思想統制で、悪いのは日本人、2発の原爆で日本人の良心の目を覚まさしたのだとお説教をしてもらって、「あやまちはくり返しはしません」という句碑を建て、これはアメリカが再び原爆を落とすようなあやまちをくりかえしませんというより、日本が復讐のためにアメリカに二発の原爆をおとすような過ちをしませんという意味が強く、オバマ大統領が来ても謝罪することは無く、被爆者と抱き合って、何となくこの微秒な問題をはぐらされた感がしないでもありません。突き詰めて問うというものも外交上得策ではないかもしれませんが、時には韓国のように執念深く問い詰めてみたら、アメリカはどう反応するでしょうか?その点ユダヤ人はホロコーストの関係者アイヒマンを捕まえ死刑にしたように容赦がありません。旧約聖書のユダヤの神は不信人のユダヤ人にも容赦がありませんが、それ以上に敵国者にも容赦がありません。砂漠の神は、四季もあり何もかも緑豊かで日本のよろずの神と違って厳しすぎるのです。そのような神から選ばれたユダヤ人は、実際は流浪の民で、あちらこちらでいじめを受けたり殺されたりしています。選民意識と「社会的底辺の生活」のギャップから自嘲的なユーモアが出てくるのだという解説をしています。しかしながらこのような自嘲的なユーモアでも、「夜と霧」のフランクフルが言っているように、強制収容所の中で、「自分を見失わないための魂の武器」になり、生き延びる力になるのです。
一万円の原価は100円にもならないでしょう。国が一万円を使えば一万円ほどの品物を買えると保証しているから、原価100円足らずの一万円を使っているのでしょう。紙幣を大々的につかったのは、モンゴル人、元の時代です。ただ戦いが巧く、野蛮人だと思いましたが、考え方は先進国であったのです。広い領域で品物を買うのに重い金銀など持ち運ぶのは困難です。やはり覇権国でないと、自国の紙幣を流通させることができないことがわかります。現在はアメリカのドルが世界の基軸通貨になっていますが、金の裏打ちも無く、考えようによっては単なる紙くずかもしれません。現在も民間の銀行がドルを刷っているようですが、刷れば刷るほどアメリカが儲かる仕組みになっているのではないかと思われて仕方ありません。アメリカ発の恐慌がつい最近ありましたが、ドルを刷り上げて何とか脱出したようです。日本はバルブがはじけて以来、一向に現在でも活況というわけではありません。賃金も上がらなく、ここ30年間後進国にドンドン追い抜かれています。世界のランクで日本はありとあらゆる分野で急激に落ちています。韓国などに侮られる始末です。「ジャパニースイズナンバーワン」といった時代は何だったのかと考えて見ますと、思いあがった日本をアメリカが天誅を加えたとしか思い当たりません。我々戦後教育で原子爆弾を二発落とされてもアメリカを悪く思わないようにと教育されましたが、この二度ほどの日本たたき(第二次世界大戦とプラザ合意)を考えてみると、アメリカ人はそれほど親切な人々ではないということがわかりそうなものです。
我々戦後っ子は戦前の日本の軍部は愚かで野蛮で、アジアの人民に多大なる損害を与え、それに対して正義の味方のアメリカが、日本の人民をも圧政を強いた軍部をやっつけたのだと教わりました。いわゆる自虐的史観の刷り込みです。戦後70年以上も経つと、全て日本が悪かったという歴史観はどうもおかしいのではないかと思うようになります。戦前朝日新聞は戦争を高揚していました。その反省から戦後権力に対して懐疑的になり、お説教を垂れたりしています。そのくらいはいいのですが、慰安婦の問題や中国での日本兵の誇張した振る舞いなどを記事にし、日本を貶め、その分韓国や中国を喜ばすような状態になっています。もともと日米戦争を起こした張本人はアメリカのルーズベルト大統領です。その妻は共産党系の人物と係わり合いが深く、戦前の国際状況は中国でのアメリカの利権を通すために、ロシアのスターリンと組んで、日本を中国から締め出そうとしていたのです。アメリカのやり方はいまもかわりありません。北朝鮮でも中国での無理難題を吹きかけ、一発でもミサイルを撃ったというものなら、総攻撃をかけるつもりでいます。そうして相手国を粉砕した後、日本でもあったようにCHQを常駐させ、悪いのは軍部と政府です。私たちはこれをやっつけるためにやってきましたと、宣伝するのでしょう。二発の原爆を落としたのも、皆さんを覚醒するためやっただけで、ほかに他意はありませんというでしょうが、実際は「黄禍」を恐れるあまりの、殲滅を目指した人種政策にほかなりません。日本ではこの政策が上手くいき、小泉内閣時代、日本に無差別爆弾攻撃を命令した将軍にたいして勲章を授与しているくらいです。
袖井林二郎も自虐的史観をすり込まれたようです。ワシントンの議会図書館で、シイクの画収集の本の一ページが切り取られているのをみて、とっさにこれは日本人の仕業だろうと思ったと書いています。証拠にもないのにこう思うのは、欧米人が日本人のことを「ずるくて、汚いやり方をする」という偏見に袖井も染まっていたのでしょう。袖井などの反応を見ると、何と日本人は素直で疑いを持たない、人の良すぎる国民ではないかと思われて仕方ありません。
ヴェルナー・ゾンバルトの結論はこの本の最終部に書かれています。
「非合法的恋愛の合法的な子供である奢侈は資本主義を生み落とした」
では今日の日本は、離婚と不倫の増加の状態であるのに、30年間も経済は停滞し、GNPも中国に追い抜かれ、隣の韓国には日本は恐れに足りずということでなめられ、大学ランキングでは東京大学は100程度で低迷し、何と中国の精華大学がトップグループに入っています。恋愛と不倫の増加は奢侈産業を発展させるというゾンバルトの理論は日本には当てはまらないのであろうか。
17世紀頃からナポリやパリ、ロンドンなどに娼婦が増えて来ます。なかには小説「椿姫」のような「高級娼婦」も生まれて来ます。これに対抗して家庭の主婦までも身を飾ります。貴族の生活は戦争がなければ、女漁りをするしか時間のつぶしようが無いのです。王からして貴族の美しい女房を寝取ったりします。かえって貴族はこれを喜びます。農奴付の領地をもらえるからです。なかにひとりばか者がいて、これを根にもって王を殺そうとした貴族もいましたが、そうした人は彼だけです。無粋な男だったのでしょう。高級娼婦や浮気相手を喜ばすため、住宅を建てたり、こった家具調度品を買ったり、グルメで高給食材を購入したり、ファッションや宝石など女が喜びそうなものに最初は王や貴族が潤沢に資金を回し、やがてそれで儲けたブルジュワジーが同じことをし、カネがくるくる回って経済が成長したのでしょう。
では日本ではそうにならないのか?日本ではどんな金持でも貧乏性なのです。カネを派手に女たちに使いません。歴史的に日本の女性も仏教や儒教に縛られて、慎ましやかな生活を強いられています。ゴーン氏の第二夫人のようにベルサイユ宮殿で結婚式を挙げようという発想はありません。欧米の女たちの顔はみな肉食獣の豹です。アマゾンの社長と別れたもと妻は慰謝料として4兆円をもぎ取りました。このような女性がいると、男は否が応でも他から富を盗み取るほかありません。これが大航海から、殖民地政策にいたり、現地人を酷使したり、虐殺などして富を奪い取ったのです。二宮尊徳精神では経済成長は成り立たぬようです。浪費と資源の無駄使いこそ経済発展の基礎のようです。