[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
現在最も必要なものは数学リテラシーだそうです。多くの分野でパーセントが出ていますが、これを読み誤るととんでもない損害をこうむります。私の年代になると前立腺がんが問題になりますが、70歳前後になると、ガンが見つかり治療しても、長く生きることはありません。治療しなくても、しても、ほとんど同じ時期に死んでいるようです。かえって治療して、生活の質を落とすようでは、治療しないことが、「偉く決めるリスク思考」になることでしょう。定期的な健康診断も決して生存率を高めるものではありません。かえってレントゲン線を浴びて、ガンになる可能性が高まります。ただ製薬会社や病院の収入を増やすだけだそうです。
サブプライムローンの問題も、銀行の「リスク・モデル」が童話「裸の王様」の目に見えないシルクの服と変わりなかったということで、たいそらしい文言にもかかわらず、中味がさっぱり無いものだということが露呈しました。高等数学や複雑さが収益を上げるものではなく、反対に簡単さや、無意識の決定の方が損をさせないようにしていると言っています。ゲルト・ギーゲレンンツァーはそれを「無意識の知性」と言っています。
ダーウィンもフランクリンも結婚についていいことと悪いことを羅列して、その評価を数字にして決めていたようでありますが、結局ダーウィンは直感によって結婚を決めました。フランクリンの方は甥っ子にそうした羅列表を作り、結婚について決めろと書いただけであって、自らそうしたことはわかりません。結婚についいていいのか悪いのかの羅列には意味が無く、このようなことに思い悩んでいるといつの間にか年をとり、誰も相手にしなくなります。
株の運用で素人とプロと競わさしたら、素人の方が成績がよかったそうです。素人とはゲルト・キーゲレンツァーであり、彼は町に出て人々にリストの中で知っている会社を指差してもらいました。一番指名の多い株を買ったのです。アメリカ人とドイツ人にアメリカの二つの都市でどちらが人口が多いのかという質問を出したところ、情報量の多いアメリカ人より情報量の少ないドイツ人のほうが正解率が高かったそうです。日本人の私でもよく聞く都市名のほうが聞いたこともない都市より多いと思いました。コンピュータが発達すると、いろいろな条件すなわち情報を駆使して正しいものを発見してくれるだろうと予想されています。ところが株でも都市名でも少ないもので決めるほうが、つまり直感で決めるほうが正しい選択をするようになっているようです。行動経済学では不経済なこともあえて直感・無意識はやってしまうとありましたが、直感・無意識も捨てたものではありません。おまけに時間のロスも避けられますし、たとえ失敗してもあれやこれや考え抜いて失敗するより徒労感が少なく、次の対処ができそうです。
高給ワインと低級ワインのビンの中味をすり変えて味見させると、高給ワインのビンに入っていた低級ワインのほうがおいしいと感じるそうです。高額を知ると脳のある部分に血液が充満するそうです。バイアス・無意識の形成です。高給即美味いという無意識を発動して、実際に舌は美味く感じるのですから仕方がありません。しかしこのようなバイアスを一々調べていては時間がいくらあっても足りません。中国人のように死刑囚の人権を無視して、臓器移植をドンドンすれば、月の裏側まで衛星を着陸させることもできるようになります。
精神分析のフロイトと行動経済学の創始者ダニエル・カーネマンの違いを前書きで述べています。
「二人のどちらにとっても、無意識という領域は、ものごとが精神の意識的領域に到達する前に、フィルターにかけられたり歪められたりする,心理的現象の起こる場所なのだ。どちらが考える無意識も、情緒の領域に無関係でなく、情緒に大きく影響される。二人の関心を強く引くには、内的葛藤を引き起こす矛盾した欲求についての研究である。しかし認知神経学の研究は、フロイトの道とは違って、生死の衝動や性的衝動へは向かわず、心象や夢や感情移転にも向かわない。認知心理学の向かうところは、合理性と非合理性の関係、すなわち認知も管理も可能な手間のかかるルートと、無意識て感情的な楽なルートとの関係である。神経学が手掛けてきたこの研究は、精神分析学がこれまでかかわろうとしなかった、経験の調査を基礎にした研究を進展させた」
これによってカーネマンらの行動経済学が科学的といわれ、フロイトは文学的だといわれるのでしょう。
占いも行動経済学によると、パーナム効果、フォアラー効果にまとめることができます。
「だれでもあてはまることがありそうな曖昧で一般的な性格に関する記述を、自分だけに当てはまるもととして受け止めること」
占いをするということは、
「私たちがいったい誰であるのかを明かしてくれるというより、私たちの精神的健康について教えてくれると考えたほうがいい」
ということで、やはり不安があると、自信たっぷりの占い師に頼るような気になるのでしょう。
人間の脳が大きくなったのは、集団化し社会ができたことによるそうです。それとともに嘘もうまくなったということです。対人関係が昔も今も最も頭を使うものなのでしょう。対人関係になると、そこには心理学というものは入っていきます。コミュニケーションのなかの嘘は、表向きの言っていることの裏に別の意味があると「解釈」しないといけないようになります。フロイトは「解釈」ばかりで科学的でないといわれてきました。フロイトの学説は「文学」といわれ、科学的ではないと評判が悪いものでした。しかしここに至って、科学的装いの行動心理学にしても、「心理主義的な概念」を援用しないといけない事態になっています。だから頭が大きくなったということは嘘をつかないといけないからだという説には科学的証拠はないようです。単に解釈しているだけでしょう。
中世では神が存在し、因果関係を全て取り仕切っていて、将来の結果がわかっているのに、人間の自由意志はどういう意味があるのかを議論していました。しかしニュートン以降、神が物理学に変わって、因果関係を取り仕切り、「もしも人間が、因果性だけで動くように完全に物理的な世界の一部であるならば、どのようにして人間の自由はありうるのだろうか」という問題に変わってきています。
哲学がわかる自由意志とタイトルにありますが、私の粗雑な頭では理解できませんでした。自由と意志とか語句を再定義しなおし、数学の積み重ねのようなもので、はじめにつまずくとそれ以降のことは理解できないような仕組みになっているようです。ヨーロッパ人は中世から細末なことを議論し、その結果科学が発達し近代で世界の覇者になりました。自分たちだけが理性を持ち自由意志を志向できる出来る人間であり、未開人は理性もないから自由意志ももてないので動物であると考えています。
古来何もかも神が宿ると思っている茫漠とした頭をもっている日本人にはこのような緻密な議論は不得手でしょう。ざーと読んでわかるような代物ではありません。もう一度アリストテレスからやり直さないといけないようです。