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南伸坊の言うところ、その本人の格好をすると、気持ちまでその本人になろうとするそうです。それ以上に、その本人はそう考えているのではないかと感じるそうです。何事も形が大事です。形が決まるとほぼ99%物事が成就することになるといっていてもいいのかもしれません。たとえば自動車のデザインです。日本車とイタリア製のフェラーリやランボルギーニの比較です。イタリア車は過剰なる余剰であり、もともとカネの無い大衆など相手にしていません。階級社会の頂点のご用達です。日本車は一般大衆が相手であり、すべてが豪華とはいかないけれど、いじましくもどこか一点豪華そうに見えるところを作って、何とか消費者のコンプレックスを押さえ込んでいるようなデザインです。はっきりいって貧乏臭いのが日本車ということになります。インド車のようにはじめから貧乏人の車だというコンセンサスをもって売り出している車なら、それなりに貧者の品格がありますが、一見豪華そうにみえるかもしれませんが、売値の予算の関係から、過剰な豪華さの仕様はできなく、相手の懐具合を窺がいながらの、姑息なデザインといえるでしょう。
つまり形からその人物の様子がわかるということです。南伸坊はその本人にいなりきることで、その人物の考え方を体現しようとしているのでしょう。
この本の出版から18年も経っているのに、未だにわからないカタカナ英語があります。アカウンタビリティー、クィア、サバルタン、ディアスポラなどです。アカウンタビリティーは日本語では説明責任ということで、南伸坊は「イイワケビリティー」と駄洒落を飛ばしています。クィアとは奇妙なとか、それから変態とかオカマとかという意味になるそうです。今でも使っているのでしょうか?サバルタンとは「従属的社会集団」とか「下層民衆」と訳されています。当時はやった社会学の用語なのでしょう。ディアスポラとは「故郷離脱者」という意味で、もともと流浪するユダヤ民族のことをさしているようです。
オヤジから「コヤジ」というものもできています。コヤジとは若いくせにダサいオヤジに似ているから、コヤジと名づけられているのだそうです。
陰毛は英語ではPubic hairとなります。南伸坊は当分の間、Public hairと勘違いをし、公の毛と思い込んでいたそうです。アメリカではbush、chuff(女性の陰毛)という俗語もあります。
今も盛んに若い連中から新しい言葉が生まれてきているのでしょう。でも私はそれらをいち早く知ろうとは思わなくなりました。流行の言葉を使っても、使うだけ皮相な感じがして、安っぽく見られるのがオチです。
アメリカはつい最近までダーウィンの進化論を学校で教えるのを禁止していたし、南部で黒人の少年が白人の女性に口笛を吹いただけで、リンチを受け殺されましたが、その殺害者の白人の二人は無罪になっていました。戦争中、日本人を強制収容所に入れたり、建国の時、インディアンから七面鳥をプレゼントされましたが、その翌年にはインディアンを皆殺しにしています。これら新教徒の白人たちは自分たち以外の人たちに対して何をやってもいいのだという心根をもっている人たちです。アメリカの白人たちの常識は世界の常識とひどくかけ離れたものであるということがわかります。明治維新から日本が西欧の技術を学んで、日清日露と戦争に勝ち始めると、ヨーロッパでもアメリカでも黄禍論が広がります。日本が朝鮮満州を植民地にすると、アメリカはそれらの植民地を手放せと要求します。イギリスやフランスの植民地を手放せとは一言も言っていません。黄色人が白人国家の真似をすることを許さないのです。このような偏見がアメリカノ歴史学という学問にも及んでいます。偏見と悪意に満ちたアメリカの歴史学会で、マスコミも右にならえをします。日本は真珠湾攻撃で軍需施設を攻撃しましたが、アメリカは二つの原子爆弾で二つの都市の20万もの民間人を殺戮しています。これもアメリカの歴史学会によりますと、早く戦争を終わらせるための手段だったということになります。実際は人体実験をしたかっただけです。アメリカ人が作った知能検査で、ダントツアジア人が一位で、次に白人、最後黒人になりましたが、これもオリンピックのように何とかルールを変えて、白人を一位にしようとしましたが、何度やっても、毛嫌いする黄色人が一位になるのです。とうとう知能検査は頭の良し悪しを測るものではないと言い出す始末です。最近アインシュタインのアジア旅行日記なるものが出版されました。中国人や日本人を醜い民族だと書いています。日本については、「気質に比べ知的欲求が弱い場所」、中国人にいたっては、「仕事ばかりで汚く鈍い人々」となっています。碩学も時代から超えられないことがよくわかります。
南伸坊が56歳の時のエッセー集です。60前です。自分もそうですが、70過ぎて少々体はくたびれても、まだ年寄りとは思っていません。南伸坊もおばさんにおじさんと呼びとめられ、おじさんとは自分のことかといって、笑いをとっています。私の場合、聴覚も衰えていて、店でYouTubeの音は大きめです。高齢者の自動車事故が盛んに報じられています。孫には優しいおばあさんも、人身事故を起こせば、89歳の女を逮捕と報じられます。おまけに写真まで出ると、ふてぶてしい老婆に見えるから不思議です。歳をとれば賢くなっていると思うのは間違いのようです。ただ無知でないように装うのがうまくなっているだけだと思われます。
「・・・内容はきわめてなまぬるいものである。ここから教訓を汲み取ることは不可能だし、かといって反面教師となるほどのこともない。実用的の役には立たないし、かといって文学的な香は皆目無い」(あとがき)
この本はえらくなるための本ではありません。老人が日向ぼっこをしながら雑談をしているようなものです。私たち団塊世代が生まれる3年前は沖縄戦で特攻のゼロ戦がアメリカの艦隊に突っ込んでいたのです。幸いにして、我々が生まれた以降、戦争はありませんでした。日本全体が平和ボケと言われても仕方ないでしょう。昨今の国際状況を見ると、やがて北朝鮮と韓国がスクラムを組み、中国とロシアの後押しで、日本に圧力をかけるのは必死のようです。そのさきがけが、韓国軍の竹島の保持訓練です。もはや南伸坊的なのほほんとした精神は許されないようになります。日本も覚悟を決めて、これら礼節を知らない国々と向かい合わないといけなくなります。
遠藤周作が中心となって文壇芝居をやっていました。テレビで見ましたが、日頃偉そうな作家たちが、へたくそな芝居をしていました。知名度の高い作家が演劇するのですから、観客も多く入っていて、失敗するたびに笑っていました。古山高麗雄もこれに関わって、戦後捕虜収容所でやった芝居「白波子守唄」を書き直して、これを舞台にかけています。白波5人男にならい、各自ミエを切った場面がありましたが、つっかえひっかえ、まともにセリフをいえる人はいません。それがまた観客に受けて笑いをとります。あの頃の日本は少し豊かになって、余裕が出来てきた頃です。このような冗長を許す気配があって、いい時代だったといえそうですが、緊張感を欠け、その後慢心のバブルを迎える前兆といえるでしょう。出版界も右肩上がりであり、高額納税者にも作家の名前がつながるような時代です。古山高麗雄も雑誌の編集者でもあり、40過ぎから小説を書き、それが芥川賞をとり、一度にわが世の春となりました。家まで建て、娘もでき、中産階級の健全な家長としてやっと安住の域に達した頃です。戦中は二等兵で散々いじめられ、南仏で捕虜収容所で、フランス女性の拷問を手伝わされたことも書き、それが戦後にBC戦犯の容疑者になったという時代とえらい違いです。
私の父はニューギニアのラバウルに戦争中いました。俳優の加東大介の「南方の島に雪が降る」という題の映画がありました。実際に加東大介は女形をしたりして兵隊に大うけだったそうです。その舞台を作ったのが私の父です。テレビで「南方の島に雪が降る」を観て、そう言っていましたから、まちがいないでしょう。どの戦線でもというわけではないでしょうが、日本兵は結構素人芝居をして楽しんでいます。古山高麗雄もそのようなことをしていて、やがて文壇芝居につながるのです。父は戦前にも呉で淡谷のり子の舞台も作っています。淡谷のり子からブツブツ言われたのでしょう。淡谷のり子は生意気な奴やと言っていました。