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芸術など大それた考えをしなくて、映画会社の命じるままに映画を作ってきたのが鈴木則文です。観客動員数が多ければ、次の仕事ももらえ、社での地位も上がっていきます。「トラック野郎」や藤純子の「緋牡丹博徒」のシリーズを作ってきました。
藤純子の生い立ちは、京都のスナックのママ「お染」が書いた自伝に出ています。藤純子の父俊藤浩滋は京都の東映に何かあやしげな人材として、ヤクザにもつながりのある人物です。プロジューサー的なことをしていたのでしょう。お染を愛人にして、この愛人の言うところ、俊藤の妻やその子の純子の金銭的に世話もしていたと書いています。このお染さんはバブリーな時期に店をやっていたのですから、最盛期には東京の銀座にも店を出し、毎週飛行機で京都東京を行ったり来たりしていたと言っています。いくらでも当時はカネが入ってくるのですから、愛人の嫁や子を養うくらいなんとも無かったのでしょう。
東映の社長で、岡田茂という広島出身の人がいます。東大を出て、映画界に入った人はこの人が初めてではないかと思われます。はじめは助監督のような使い走りをしていましたが、本物のヤクザをもたじろがせる広島弁を駆使し、東映を一大ヤクザ路線の映画配給会社にしてしまいました。鈴木則文も岡田茂から、「己の足らざるを知り、直ちにそれを学べ」という訓戒を与えられて、やはり東大は古典を直ちに引用できる、素晴らしく頭の切れる人だと思っていましたが、この古典的な文章には出典がわからないで、結局は岡田の思いつきの言葉でなかったかと言っています。
最近衰退する日本といわれますが、特許件数も論文の件数も徐々に減ってきていて、もはや中国や韓国に追い抜かれているようです。岡田茂のような破天荒な人が多く出てこないと、日本もこの先危ういというほか無いでしょう。
昨日トランプと金正恩が会談しました。どうも日本が希望するような合意がなされたとは思われません。日本はアメリカの忠実な忠犬でありますが、どうもアメリカは大事に見守ってくれる飼い主ではないようです。ていのいいパシリ、使い捨ての腰ぎんちゃくの扱いのようです。北朝鮮には一億年も日本は北朝鮮に入って来れないだろうと言われるし、日本列島を核で沈めるとも言っています。韓国は相変わらず慰安婦を持ち出し、中国は自信をつけて尖閣をも乗っ取ろうとする勢いです。ロシアははなから北方4島を返す気はさらさらなく、援助だけは取り付けようとしています。中山の言うとおり、日本はナメられているのです。なぜ日本人はナメられるのかというと、日本人自体にナメられても仕方ない性格を持っているということになります。「タテマエとホンネを適当に使い分け」「以心伝心で和を保ち」「めでたしめでたしのなあなあの社会、まあまあの社会」を築き、「社会変革に必要不可欠の怒り」の牙が抜かれ、「仕方が無い」と思い、「流されるだけの社会を」作ってきたからだというのです。第二次世界大戦でも見てわかるように、日本は「妄想国家」であり「リアリズム国家」ではないということです。今でもテレビで日本のこのようなところが素晴らしいと自画自賛の番組をやって自分たちの空虚さを覆い隠そうとしていますが、他国の視点を一々気にして他者に合わせようとするのはよほど自分に確固たるものがもてないのでしょう。戦前の所業を一応謝罪しているような態度をとっていますが、その裏には日本は何もかも悪く言われる必要は無い、かえってアジアのために欧米からの植民地を解放したのだと言ったりして、反発をかっています。果たして日本はこのような正義の精神を持っていたかどうか、欧米に変わってそれらの植民地を盗ろうとしただけが真相です。そのようなホンネをいわないでこのようなきれいごとを言うのが中山の言う「妄想国家」ということになります。戦後ドイツでは謝罪をしつつ、最終的にはヨーロッパの優等国になり、今回のG7ではメルケルドイツ首相はトランプアメリカ大統領を諭すような写真も出ていましたが、日本の安倍は間に立ってマアマアと言っているような態度をとっています。いくら日本がアメリカに尽くしても、北朝鮮問題では日本に多額の援助金を出さすような方向に持っていかれるでしょう。
新義州という街は、ソウル(京城)から鉄道の京義線で結ばれる鴨緑江の近くにある街です。古山によりますと、京義線が開通し、駅ができると、そのまわりに日本人たちの街ができて、それから朝鮮人やら中国人やらがやってきた街だそうです。彼の父はこの新義州で医院を経営していて、古山は何不自由もないボンボンであったということです。中学校を卒業し、旧制高校受験で2浪し、京都の第三高等学校に受かりますが、娼家通いで生活が荒れ、たった一年で自首退学してしまいます。それから浪人時代過ごしていた東京に舞い戻り、悪友たちと無為な生活をしています。その中には安岡章太郎もいます。親からは毎月80円も仕送りをしてもらい、相変わらず娼婦買いにカネを使い、月の10日で仕送りを使い果たすような無頼な生活をしています。やがて大東亜戦争が起こり、古山は徴兵され、南方戦線に行き、最終的にはベトナムでBC級戦犯として拘留されました。
「五族協和というのは、例の美化語であり、偽善語です。あんなに日本がのさばっていたのでは、協和にならない。けれどもわが国は、美辞麗句で飾ることで、おそらく自分自身を偽るのが好きなのです。偽っているうちに、嘘が本当に思えてくる。そういうのが好きな民族なのかもしれません。後になって、シナ事変を東洋平和のための戦争だとか、大東亜戦争を東南アジア諸民族を独立させる戦争だなどという。嘘をつきなさるな。結果で動機を変えてはいけない。支那事変がなぜ聖戦なのだ」
軍隊でいじめられたのがよくわかります。日本人のいやなところが目に付いたのでしょう。
この本のタイトルについて詳しくこう述べています。
「過去のことを、そんな、もし、たら、で思ってみるのは、無意味でしょうか。いえ、未練や後悔があってのことではなく、私はそういったところに自分の、ということは、人の、運というやつがあるんだ。人とはそういう存在なんだ、はかなく、軽いな、と思います。人生とは、運だらけ、自分ではどうにもならないものだらけ、ではありませんか。選択は自分の意思であり、それが招来したものについては、当然、引き受けねばならない。なんて、えらそうなことを言ってみても、選ぶ、ということは、自分の力の及ばない流れの中にあり、運の中にある。選んでも跳ね返されることもあり、拒んでも拉致されてしまうこともある。人は、自分が選んだのだから引き受けねばならないというのではなく、選ぼうが選ばないが、自分にふりかかって来るものを、引き受け、付き合っていかねばならないのです」
世の中は何ともならないことがあるということでしょう。
この本は読んだような気がします。ボケた老人の処遇で、日本にも姨捨山があったように、小船に少量の食料を積み込んで湖中の島に流されたり、宴会中に老人の息子が背後から斧で殺すというくだりを読んで、この部分が印象深かったので、そういう気になりました。多分斧で殺されるより、小船で流された方が自分としてはいいのではないかと書いたような気がします。人間は長く生きると疎まれるのです。それもボケが加わると昔は共同体でも支えきれません。現在でも寝たきりの老人やボケ老人の世話でいろいろな悲劇をもたらします。たとえ寝たきりでもなくボケていなくても、80歳近い和歌山のドンファンのように20代の女性を嫁にすると、事故や事件が起こりやすいのです。老犬と晩年は静かに過ごすべきだったのです。へたに若い女体を抱いていては、一部が硬直するのはいいのですが、全身が硬直しては生命にかかわります。私には関係ない人ですが、老人というよしみで、冥福を祈ります。
どこの国の老人も自分では老人でないと思っているようです。
「私の精神は依然として若々しいので、いつも私は一つの役を、客観的には間違いの無い70歳の老人の役を演じているような気分である。脱線しそうになると、疾患や体調不良という名のプロンプターが私の年齢にふさわしい演技を思い出させてくれる。私は優秀な俳優でありたいから率直に役に戻り、こうしてみごとな演技をつづけていることを誇りに感じる」(アンドレ・ジッド)
第一次世界大戦後、ロシアに共産党政権ができ、その思想が蔓延したのが20年代、30年代です。ニューディール政策を推進したスタッフの中には共産党主義者がたくさんいたのです。ルーズベルトは共産党員でなかったかもしれないが、それらの人たちに影響を受けた政策をしています。日本に対してのハルノートは最後通告のようなもので、開戦宣言です。ルーズベルトはハルノートの存在は連邦議会に秘密にしていました。多くの議員が日本の突然の真珠湾攻撃にビックリしています。ハルノートには中国からも満州からも朝鮮からも出て行けということで、到底日本では受け入れることができません。アメリカの開戦ムードを高めるために、ルーズベルトは日本から先に手を出させるようにしたのです。ルーズベルトの敵対者であった共和党のハミルトン・フィッシュもこの真珠湾攻撃で一気に開戦論者になります。最終的に第二次世界大戦後の世界のあり方を決めたヤルタ会談では、容共のルーズベルトはソビエトのスターリンの要望をことごとく受け入れています。日本の千島列島をとることも許しています。へたをすると北海道も取られていたかもしれません。遅まきながらアメリカの軍人たちがソビエトの覇権主義の脅威に気づきはじめました。中国本土が共産党政権になり、戦後5年後朝鮮戦争が勃発します。ルーズベルトの容共政策が、この朝鮮戦争やら後のベトナム戦争を引き起こしていることになるのです。
20年代、30年代ヒットーラーの人種政策に見られるように、この時代優生学の流行があり、ルーズベルトも人種主義者ではないかと、私は思っています。ルーズベルトが日本人を毛嫌いしたかは、彼のペーパーナイフに戦死した日本兵の骨から作ったものを使用していたということからもわかります。唯一白人国家の植民地にならなかった日本に対し、おまけに白人国家であるロシアを叩きのめした日本に対して、本能的に恐れを感じていたのでしょう。戦後ドイツに対しては一部の間違ったナチスのせいにしていますが、日本に対しては全員を抹殺しないといけないという論調のアメリカの新聞記事も出ているくらいです。ルーズベルトはロシアと手を組んで、アジアで唯一白人世界に反旗を翻した日本を永遠に葬り去ろうと欲していたことがわかるような気がしてきました。