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店のお客さんで呉から来る人がいます。私より一、二歳上ですが、私と同じく結婚したことも無く、和歌山のドンファン如き大金持ちではありませんが、貸しマンションを持ち、余り使うこともないので、カネが溜まっていくばかりです。その人がよく言うのです。ひとり馬力と二人馬力は偉い違いじゃ、と。要するにひとりもんと、夫婦もんの、勢いの違いをいっているのでしょう。マンション経営以外に彼は呉服店を経営しているのですが、一年間に来る客は一人か二人しかいないようです。大きな家でひとり住まいで、一週間も二週間も人とおしゃべりすることはないのです。ですから私の店に来た時は、固まった唇の筋肉をほぐすようにしゃべりとおします。まるで土石流のように溜まったものを吐き出すのです。彼に南伸坊の妻・文子さんのような気楽に会話する女性が身近にいれば、もっと落ち着いたしゃべり方になるでしょう。とりわけ夫婦仲が良すぎるということもなくても、話し相手がいるということは何となく精神的に安心感をもたらすのではないかと思われます。ひとりぽつねんと一週間も誰とも会話が無く、いることは、修行僧でもない限り、耐え難いことです。日々淡々と過ごしつつも、些細な経験を夫婦で共有するということは、とりわけ老後の時期には是非とも必要なものだと思われます。
南伸坊 糸井重里も1947年48年の生まれで、この本が出たのが2009年ですから、両者とも60を越えたころです。まさしく人生の黄昏といいたいのでしょう。もはや馬鹿はできない年頃ですが、全編駄洒落、余り向上心などないようです。いずれにしても黄昏ですから、まるで日向ぼっこする老人のように、あちらこちらに行って、観光スポットを見たり、いいものを食ったりしてだべっています。タツノオトシゴから龍の話になり、龍の原型は揚子江に生息していたワニから来ているのだという話になり、西遊記の沙梧浄はワニになり、玄奘三蔵はワニを連れてインドまで行ったのだと、妙な感心をしています。糸井重里は自分の会社を持っていて、従業員の何人か雇っています。「おいしい人生」などというキャッチコピーを作る会社なのでしょうか?従業員を食わしていくといった社長業も大変苦労の多いものだと思われます。その点南伸坊は奥さんの文子さんと一緒に時の有名人の形態模写をしているのでしょう。是非とも今話題の和歌山のドンファンに変身して、大いに楽しめさせて欲しいものです。
定年から3年後62歳でこの本は書かれています。厚生年金は月に10万円ほどだといっています。普通は年金は65歳からですから、減額して60歳からもらっているのでしょう。持ち家もあり、日々1000円もあれば十分過ごしていけると言っています。「古希のリアル」では1000万円あった退職金が150万円になったと言っていますから、毎年100万くらい退職金を使い込んでいますから、月10万円の年金ではやはり厳しいのでしょう。ほんの印税も入って来るようですが、大した潤いにはならないようです。毎日サンダル履きで自転車に乗り、図書館へ行ったり、書店に行ったり、公園に行ったり、喫茶店に行ったりして、家に帰るとテレビや借りたDVDの映画を見たり、読書をしています。ゴルフなどの金のかかる趣味は無く、本を読んで雑文を書いたりしています。ねこまんまを食べられとは何と贅沢なことかと言っているくらいです。インパールで日本兵が餓死しているのを読んで、そのような感想を持っています。また10000円のどこかのホテルのカレーと学生街の神田の店の500円のカレーと味の点で大した違いはないと言い、高いカレーを食べ通ぶっている人たちを馬鹿だと言っているようです。この本の結論として、退職した後の人生は、各自「好きなように生きてください」ということになります。こうすればいいというものはなく、各自自分に合った生き方をすべきで、手本などありはしないと言っています。
「バカ言葉」のなかで、「自分を生かせる仕事がしたい」というのがあり、勢古はそういうバカ者たちをこう言っています。
「世の中の大半の自分らしく派は、努力もせずに困難も求めずいかなる向上心もなく、ただ現在ある自分そのものを認めてくれ、といっているだけである。親でもない他人が、なんでどこの馬の骨かもしれないあんたをみとめなければならないのよ」
AIの発展でそのうち国民全員に毎月生活できるほどのお金を配る「ベーシックインカム」の制度ができると予想している人もいます。すべき仕事はすべてAIがやってくれるので、人間は日々好きなことをして過ごすようになるでしょう。多分勢古が言うように、大半がのんべんだらりと向上心も無く遊びほうけるでしょう。しかしなかには好きなことを極め、芸術家や研究者になるかもしれません。どの時代でも一定の優秀な人と、大半が「バカ」な人が混在しています。「バカ」が不必要かというと、とんでもありません。遺伝子のレベルで見ると、犬でも見てわかるように、優秀系の犬は賢いのですが、体が丈夫ではありません。純系を極めると一部の才能は伸びますが、他の面では劣化が起こります。だから時には雑種の遺伝子を組み込んで、その劣化を防がなければなりません。そのために「バカ」が必要なのです。大量な「バカ」の遺伝子のプールの中に、時には優秀な人は浸からないと、人間はおかしくなるのです。赤血球の異常もマラリアの病気には抵抗力があるといったように、「バカ」と言われる人の遺伝子にも、人類の発展に寄与するものがきっとあるのでしょう。
これも2008年05月09日に読んでアップしています。ガンの疑いあがるといわれて、その年の桜がいやに美しく見えたという段で、これは読んだことがあるなと気づきましたが、ページ数も多くないことから最後まで読んでしまいました。私と同じ1947年生まれで団塊の世代です。男性の健康年齢は70歳くらいまでで、70歳を過ぎると体のいろいろなところにガタが来ます。私も低血圧で、不整脈も起こり、日々不安定な生活をしています。この本が出たのは10年前ですから、南伸坊もまだ余裕があり、自分の不調を笑いにしていますが、さて現在はいかなる状況であるか知りたいものです。最近では私より年下の芸能人も死んだりして、いつ死んでもおかしくない歳になっています。かつては死なないことに自信をもてましたが、いまや死ぬことに自信が持てるような気がします。血圧計を買って毎日血圧を朝晩計っていますが、上は100を超えることはめったになく、大概は90前後、下は50台をうろうろ、血圧は一定していれば問題ないというひとがいますが、急に立ったり、頭を急激に振るとクラクラするのは血圧の低さからだと思われます。だから最近は年寄り臭く、ゆっくりとした動作になり、テキパキとした動作ができなくなりました。歩き方もすり足で歩幅も短く、これでは近い将来つまずいて転げて骨折するのではないかと心配しています。