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冗談の本です。真面目にとらないことです。ワンルームマンションの一室を塩田に変えたり、鶏舎に変えたりというのがあります。ハンモックを吊るして寝ていますが、塩田ではムシムシして、鶏舎では臭くて住めないでしょう。さすがクジラは飼えないので、太平洋で網を張って養殖すべきと言っています。すっぽんを風呂桶で、エビの養殖も書いていますが、エビは水槽で少しは飼えるかもしれませんが、すっぽんは危なくて飼えないでしょう。はまちの養殖場、水田などは無理無理。プランターで芋くらいは栽培できるでしょう。唯一可能性のあるものは虫の養殖です。ゴキブリなどは養殖しないでもいるのですから、それを捕まえ、寿司ネタではどうかと提案しています。ハチの子は缶詰にもなっているくらいですから、うじ虫を養殖して蛋白源にすべきだといっています。うじ虫という名が食欲を失せさせるのら、「はえの子」とネーミングしたらどうかと言っています。
いづれにしてもこのような本を書いている連中は大笑いをして書いていると想像されます。このようなことも思いついたかと思うとこちらまで楽しくなります。酒造りの項で、古式豊かな造り方、蒸かした米を噛み砕き、それを戻して発酵さして酒を造りますが、噛み下すのを、処女、人妻、熟女などバラエティに揃えて、売り出すときっと大ブレークすると言っています。
2008年「セクシュアリティと都市的社会空間の編成――新宿2丁目におけるゲイコミュニティ」がこの本の下敷きになっています。というかこの博士論文そのものに少し注をくわえたものがこの本だそうです。これが通り砂川秀樹は博士になりました。ゲイにして博士、日本ではすくないかもしれませんが、世界的には多くいることでしょう。カナダでは大蔵大臣がゲイで、男とのカップルを組んで、子供まで作っています。昔は隠していたものですが、最近は堂々と自分はゲイであると、またはレスビアンであるとカミングアウトしています。タイでは徴兵検査のたびごとに「美人男」が話題になります。キックボクシングに似たムエタイにオカマの選手がいましたが、これも大いに話題になりました。日本のテレビにも、太った「オネエ言葉」の芸人がいますが、果たして真のオカマであるのでしょうか。流川にも有名なオカマのママさんがいましたが、今もやっているのでしょうか。背の高い美人のオカマさんでした。現在も近くにオカマの店があります。この前、私の店の女のお客さんが二人その店に行きましたが、女人禁制で入れなかったそうです。砂川秀樹が広島に来たら、その店を教えてあげましょう。
はっきり言って、この本は「学術論文」ですから、おもしろくもなんにもありません。オカマの店は面白いという評判ですが、「博士論文」で笑いをとろうとは邪道で、博士になろうとするものは謹厳で真面目でないといけないようです。人間、マジョリティやマイノリティであろうとも、多様性があり、迫害などはもってのほかという考えが浸透すればもっと世界は平和になることでしょう。
「コミック・エッセー」ということで、流水りんこが絵を描き、サンドラ・ヘフェリンと流水りんこの対話が文になっています。ドイツは「カップル文化」ということで、ドイツの男も女も、若かろうが年をとろうが、相手なしでは一日も過ごせないという状況です。日本のように女子会とか、男だけが飲み屋で集うようなことはあまりないようです。どこに行ってもカップルで行動しないといけないというプレッシャがあるようです。パーティなど夫婦同伴が当たり前で、年をとって旦那が死んだりすると、結婚するかしないかが別にして、すぐさまパートナーを作るようです。相手を選ぶ基準は女だったら、男の匂いが自分にあっているかどうかで選ぶようです。男の社会的地位や年収などは、この臭いと比べたら二の次になるようです。だから失業者で筋肉満々の男が女性弁護士とカップルになったりしています。女性弁護士では犯罪者の男に恋をしてしまって、弁護士の免許を剥奪されてしまったという事例もあるくらいです。ドイツでは女も働くことが当たり前ですから、レストランの勘定など割り勘です。男が全額払うとお返しにセックスでもしないといけないかというプレッシャがかかり、ドイツの女はそれを嫌がります。だからプレゼントもカネのかかるものではなく、旅先や出張先の土地で拾った砂や貝殻やドングリだったりします。ドイツ女で思い出されるのは森鴎外です。わざわざ日本に鴎外を追っかけてきましたが、親戚じゅうの固陋な考え方で追い返されています。日本人のたくわん臭を好む西洋女もいるのだとビックリしてしまいます。日本人は自分では無臭であると思っていますが、フィリッピンやタイの売春婦が「日本人はウンコ臭い」とよく言っています。まれにこの匂いが好きな女が欧米にいるのですから、糠付けの漬物や納豆を食べて、欧米を旅行すれば時にはもてるかもしれません。
殿山泰司でまず思い出すのは、新藤兼人監督の映画、乙羽信子と共演した、瀬戸内海の小島で段々畑を耕す、セリフのない映画です。真面目に貧乏な百姓を演じています。禿げ頭で助平なオヤジというイメージからかけ離れています。俳優とはいろいろな人物が演じられて、何と素敵な商売でしょうか。もっとも殿山泰司が俳優になったのは女とやりたいためと自ら言っているように、根は助平そのものです。
「歴史学、考古学、人類学、民俗学、医学、法医学、栄養学、気象学、地理学、物理学、化学などを、猛然と勉強することに拠って、気候、食べ物、地勢、血統などが、女のアソコを特色づけていることをつきとめたのである」
殿山泰司はこれらの学問を応用して、いろいろな法則を発見しています。
まず、「上ツキの定義に関するタイジ・トノヤマの法則」
数式は、「sin α>1割る√2」。これは膣軸が体軸に対して45度以上が「上ツキ」という意味を表しています。sin αが大きければ大きいほど、進化のあとがあるということでしょうか。
「ONANIと想像力に関するタイジ・トノヤマの法則」
I=k×M割るW。IはイマジネーションのI、kは定数、Mはマスターベーションの回数、Wは人間の仕事量を表わします。男はマスターベーションをするために頭の中で想像力を働かせますから、マスターベーションを多くした人ほど、「西田幾多郎や鈴木大拙などの大哲学者」なるという論理です。
「性エネルギーに関するタイジ・トノヤマの法則」
TA=E(一定)
Tは持続時間、Aはペニスの勃起角度、Eは性エネルギーの量。性世界の熱量不変の法則といえるのではないかと思われます。若いときは勃起角度は高いが、持続時間は短い。年をとると勃起角度は低いが持続時間は長いということで、Eは一定しているということでしょう。
法則ではありませんが、長崎県の欄で、400年前に一人の外人が日本の女と結婚し、三人の子供を持ったとし、それ以降代々3人の子供を持ったとして12世代たつと、数式ではX=3の12乗ということで、521441人ということになり、長崎には混血が多いので、中には瞳だって色付などもいると言っています。私がGoogleで3の12乗を調べたら、531441ということで、殿山か編集部は対数表を見誤ったかもしれません。
日本が最も輝いた時代です。東京都の土地の価格でアメリカ全土が買えると豪語していました。ところがあっという間に終わり、それから「失われた」何十年間となるのです。マハラジャなどのディスコの店ではど派手な衣装で、女たちが踊り狂っていました。それを見に男たちも集まってきます。あっという間に時は過ぎて行き、あの太もも丸出しの女たちは今60歳近くになり、どのような状態になっているのでしょうか?
私の店ではバブルの恩恵はなく、淡々と商売をしていました。周囲では地上げ屋が暗躍し、木造の店舗兼住宅が不審火で全焼したりしました。次々とビルが建ち、仏壇屋しかなかったところが、料飲ビルが建ち並び、繁華街の中心が私のところから仏壇屋のほうへ移動しました。私の店は徐々に衰退し、今では辛うじて息をしているだけです。
この時代が、誰もが知っている流行歌の「最後の時代」ということになります。それ以降個別化が進み、分断化し、隣のことはさっぱりわからなくなります。演歌も徐々に衰退し、誰もが知っている「みんなのうた」がなくなります。オジサンオバサンが若者の歌にはついて行けなくなったのは、この時代の後からです。おのずと都はるみや五木ひろしの「懐メロ」にすがるほかありません。
思想・文芸界も戦前戦後の流れが変わったと解説しています。知識人のバックボーンであった「左翼」的傾向が、ひらがなの「さよく」に解体され、著しく薄められ、ベルリンの壁やソ連の倒壊につながります。資本論ではもはや世界を説明できないことになり、ワインを飲みだしたように、フランスから、フーコー、ドゥルーズ、デリダなど洒落ているけどよくわからないものがはやりだします。浅田彰の「スキゾ・パラノ」という流行語もでました。漫画、アニメ、ゲームなどが隆盛を極めます。バブルですから軽くてフアフアした時代だったのでしょう。