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渥美清が死んでもう21年になります。68歳で亡くなっています。私は彼よりも一年も長く生き残っています。何時まで生きるかもしれませんが、何時死んでも不思議の無い歳になっています。「男はつらいよ」に出た俳優のほとんどが死んでいます。生き残っているのは「さくら」か「蛾女郎」くらいなものでしょう。
川本三郎はこの寅さん映画を「ロードムービー」だと言っています。とりわけ日本の鉄道が蒸気機関車からジーゼル機関や電気機関車に変わる頃の、最後の蒸気機関車の勇壮を留めている映画でもあると言っています。「動態保存」と表現し、ローカルな線路や駅舎、それに爆走する「デコイチ」などを映画にとっています。今ではそれらのほとんどが廃線になり、線路や駅舎も残っているところは少なくなっています。まさしく「つわものどもの夢の跡」になっているのです。この「夢の跡」すら我々の年代が死に絶えると、跡形もなくなるでしょう。現在辛うじて我々の頭の中でのみ、寅さんが活躍した時代の風景が残っているだけですから、これらが死に絶えると、リアルに思い出せることはなく、意識的に探さない限り、埃に覆われ、へたをすると誰も見ようとはしない文献になりおおせているかもしれないのです。我々のように未来より過去に大きなものを抱えている人間にとって、これらが一切亡くなると思うと、無常を感じないわけにはいけません。
「干物では秋刀魚は鯵にかなわない」
志ん生が作った句です。飄々としてどこかおもしろい。
「寂として生唾を呑むエロ映画」
これは小さんで、昭和時代エロ映画は貴重なものだと分かります。
「松茸をよる女房の年増振ぶり」(柳枝)
何となく笑えます。
「競輪の帰りに自転車を見ると腹が立ち」(三木助)
この気持ちもよくわかります。
「食いつぶすやつに限って歯を磨き」
江戸時代の川柳で、江戸の洒落者は房楊枝で歯を磨き、花魁に好かれようとしたのでしょう。口の臭い男はもてません。
「江戸っ子の生まれ損ない金を貯め」
宵越しのゼニはもたねーという江戸っ子の資質に反しています。
「新婚は夜することを昼にする」
これは今日でも通じる句でしょう。房事が多寡になると、
「看病が美しいので匙を投げ」
「次の間で毒が薬を煎じてる」
「何よりもそばが毒だと医者がいい」
いまはインターネットでバイブレターを買いますが、江戸時代では、小間物屋が荷を担いで売っていました。
「長いのははやりませんと小間物屋」
「小間物屋ニョキニョキと出して見せ」
「生き物のように扱う小間物屋」
なかなか手つきもよろしかったのでしょう。
この本は去年2016年6月28日にアップしています。また1年経って、はじめて読むような気がして読んでいます。同じようなことを書いても意味はありませんから、別に感じたことを書いてみましょう。
アベノミクスのいうところ「一億総活躍社会」とは、低賃金で、コンピュータではできない「配達や清掃、介護」など、家庭の主婦や年金退職者を引っ張り出して、働かそうということだそうです。要はそれらに人たちを外国労働者並に扱うということです。もはや旦那一人の稼ぎでは世帯がやっていけないのですから、主婦も、おじいちゃん、おばあちゃんも外で働かないといけなくなったということです。日本には中流はいません。一握りの金持と、その他大勢の下流です。
会社員が出張で泊まるところはドヤ街か、サウナのボックス寝室かなどで、シティホテルは中国人に占領され、おまけに値段も高いので泊まれなくなっているようです。中国人の金持は一個500円もする岡山の桃も平気で買いますが、我々日本人は農薬を心配しながら中国の落花生を食うしかありません。これほどまで落ちぶれるとは、あのバブリーな時代からは想像だにできません。あのころはニューヨークのロックへラーセンターも買っていたのです。東京都の土地価格で、全アメリカの土地を買えると豪語していました。戦争には負けたけど、経済では勝ったと溜飲を下げた時もありました。ところが今、まるで敗戦時のような気分が蔓延しています。声の大きい中国人たちが街を闊歩し、これらの集団に日本人は跳ね飛ばされそうです。おまけにあの小癪な北朝鮮の金正恩の、ミサイル打ち上げの嫌がらせをし、新しく韓国の大統領になった文在寅は北朝鮮に擦り寄ろうとしている。ロシアのプーチンも北方領土を返そうという気はない。これらストレスの高まる隣人に囲まれ、おまけに豊かな生活もできないとなると、いくら忍耐強い日本人でも暴発するのではないかと心配です。
ジョークに「アメリカで給料をもらい、イギリスの家に住み、中国人のコックを雇い、日本人の妻にするのが最高の幸福。中国で給料をもらい、日本の家に住み、イギリス人のコックを雇い、アメリカ人を妻にするのが最大の不幸」というのがあると書いています。そういえば歌手の千昌夫もアメリカ人のシェパードという犬の名前のような女性に離婚慰謝料40億円も取られたということを思い出しました。
加藤雅之がイギリスで住んだ家は築100年以上も経っていて、地震が無いからかろうじて建っているというビルです。階上の部屋が階下に落ちてきたというビルです。備え付けの洗濯機やサラ洗い機は故障だらけで、家主に相談しても直るまで何ヶ月もかかるそうです。全てイギリスの家がすばらしいということではないということです。
やはりイギリスの料理はまずいということは間違いないようです。肉ばかりで野菜はほとんど食べていないようです。野菜を料理してもクチャクチャに煮ているか湯がいているようです。魚はあまり食べていないようです。加藤雅之も言っていますが、日本の料理を紹介して魚のうまさに気づかせることのないように願っています。海洋資源が少なくなっているのですから、イギリス人がマグロをステーキのように食べ出したら、日本の寿司屋は大困りでしょう。
イギリス人のドライバーの警笛鳴らしはひどいものであると書いています。加藤雅之が日本に帰ってきて、街の静かさにびっくりしたと感想を漏らしています。私も韓国の釜山で運転手が警笛を盛んに鳴らしていたのを思い出しました。日本ではかつて警笛を鳴らした男が、鳴らされた男、これがヤクザだったのですが、銃で撃たれて殺されました。このようなことがあってかないかもしれませんが、それ以降あまり警笛は鳴らさなくなったようです。この程度で殺されてはたまったものではありません。インターネットの動画ではよくドライバー同士のケンカがアップされています。見るにはおもしろいものではありますが、巻き込まれたと想像するとおそろしいものがあります。アメリカやロシアではまさしくピストルを持ち出したりしています。
加藤雅之はイギリスで妻が働き、彼は主夫をやっていたそうです。イギリスでの日本人会では、大使館夫人が頂点になり、大手銀行や会社の社員の奥さんがそれに続きます。旦那が大そうな給料をもらっているので働く必要はありません。もともと階層の高いお嬢様ですから、社会に出て働く必要のなかったのでしょう。アベノミクスのいう「一億総活躍社会」とは関係の無い人たちで、親も資産持ちであり、旦那も収入大で、一生働かないでもいい人たちです。敗戦後70数年で、このような格差ができたことが不思議です。イギリスもある面格差社会ですから、彼女らもイギリスでは心地よさを感じているのかもしれません。
倉山満の意見は、アメリカから架された日本国憲法を改め、軍事力を持ち、アメリカ占領当時、アメリカ兵に取り入って子供まで作った女たちを、フランスでドイツ兵とくっついた女の頭の毛を刈って、はげ頭にし、市中を練りまわして辱めたように、市中引き回しの刑にしないと、戦後は終わっていないといっているようです。そうは言ってもあれから70年以上も経っています。大方そのような女性は死んでいることでしょう。それらの「あいの子」が生きていても、子供には何ら罪はないと思われます。テレビのドキュメンタリーでそのような場面を見ましたが、何とヨーロッパも野蛮なところだなと思いました。フランスではそれほど人種差別などないように思われますが、戦争直後のことであり、ドイツ憎しという思いからそのようなことをしたのでしょう。今日食うものが無ければ、敵国の男と仲良くし、命を長らえるということは、別に非難に当たることは無いと思われます。フランス国そのものもたびたび他国から蹂躙されましたが、そのような女性の技術を外交に生かして絶えず復活しています。倉山満によればいまだ日本は、国内にアメリカの基地があり、国防をませていて、国の体(てい)を為していないと言っていますが、「傭兵」だと思えばいいのではないでしょうか。「あいの子」の子孫たちは、日本人にもともと無い遺伝子のために、やがてオリンピックの競技でアメリカを負かす選手も育つかもしれません。神風特攻隊も純粋で素晴らしいのですが、これも国花の桜と同じようにあっさりと散ってしまうような気がして、どのようなことでも生き延びるという気概に欠けているようです。その点敵国とも結びついて、どんな忍従を経ようとも、自らの生を生き延びさせた女たちの戦略は子供に引き継がれ、それが後々日本を復活させる要素になるかもしれないのです。