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インターネットの世界で、ビッグデーターが現れて、それを理解して制するものが世界の覇者になるといわれています。最近無水鍋を買いたいと思ってインターネットで調べてみたら、その後、いろいろなサイトで鍋の広告が現れてきました。つまりインターネットでクリックするたびにビッグデーターに寄与していることになります。要はインターネットをやっていると商売のダシになってしまうということになります。
この混沌としたビッグデーターから、ある傾向を見出すというのはもはや素人ではできないでしょう。多分数字ばかりの世界でしょうから、何がどうなっているのかわかりはしません。それをグラフや地図化するとおぼろげながら少しは判るような気がします。しかし気をつけないといけないことは、その操作の過程で人為的に自分たちに都合のいいように改変する余地があることです。そのような作為もよっぽど鋭い人でないと見抜けないでしょう。「人為的」といわないまでも、やはり人にはそれなりに偏見があり、その意図がないにもかかわらずデーターを改竄することだってありえます。「地図化すると世の中が見えてくる」と言われても、果たしてそれが真実かどうかははっきりと断言することはできないでしょう。こういうこともありうるかなと思うくらいでないと、東芝のような失敗に陥るかもしれません。アメリカの会社を買収するにしても、プレゼンテーションがあり、その中ではいろいろなグラフも出てきたことでしょう。でも最終的にはこのようボロボロになっているということは、データーも確かそうでありながら、解釈のしようでは、どうにでもなる代物だと考えるべきです。
アメリカの問題の根源はすべて人種差別にあるとポール・クルーグマンは言っています。この格差も人種問題から来ています。かつてロナルド・レーガンは福祉で楽をしている人がいると言って、黒人とはっきりと名指ししないでもそれが黒人であるということが分かる演説をしています。白人の納めた税金が横着な黒人のために使われているのは理に合わない言い、このような福祉を止めて、金持には過剰な税金をかけないで、貧乏には横着なので自業自得であり、放置しておくに限ると主張していました。これは現在でもアメリカに全国民を対象にした皆保険ができていない証拠です。この考え方を理論付けたのが「ニューコンサーバティヴ」や「ネオコンサーバティヴ」で、ウォール街と結託し、政治に介入し、税制を変え、金持にカネがドンドン残るような仕組みを作ったのです。シンクタンクを作り自分たちに都合のいいような考え方を広め、政治家には寄付をして、自分たちに意見を反映するような法律を作らせ、国民に不満が溜まると、他所で戦争を起こし、愛国心を掻き立てて、その場しのぎをするといったようなことをやっています。アメリカは戦争国家であり絶えず戦争をしていないと、国内の不一致から来る崩壊を回避出来ない状態になっているのです。
さて最近の国際状況を考えてみると、北朝鮮とアメリカの一触暴発の状態になっています。かつてベトナム戦争で文官の指図で戦争に負けたのだというアメリカ軍の中枢の思いがあります。トランプ政権での国防長官はジェームス・マティスで、元海軍の大将です。第二次世界大戦では黄色人種の日本人を負かせたが、朝鮮戦争では北朝鮮と中国の黄色人種と引き分け、ベトナム戦争では負けてしまいました。ナンバーワンと思っている白人にとってこれは屈辱そのものです。北朝鮮が核を搭載する大陸間弾道ミサイルを開発してアメリカを攻撃するという恐れもありますが、「ニューコンサーバティヴ」や「ネオコンサーバティヴ」が思い描いている構図は、極東の地域に混乱を引き起こし、黄色人種同士の対立を引き起こし、この地が廃墟になり、同時に黄色人種の根絶やしや、衰退を画策しているということになります。アメリカの真の狙いは中国と日本を戦わせ、世界の国民生産高2位と3位の国を一挙に潰すことにあると思えてなりません。「人種戦争」は古い話しかと思っては間違いのもとです。今も水面下で続いているのです。つまりこの「格差」は自然にできたものではなく、人工的に作られていくのです。
どどいつ文庫さんは個人の洋書輸入販売業者だそうです。読んでもためにならないことをマニヤックに収集したものをどどいつ文庫さんは「珍本」といっているようです。「自家製sexマシーン開発マニア」の紹介で多分モーターに連結したペニスの模型を左右に動かす機械を調整するおっさんが載っています。このおっさんは実際に女性とsexして、その女性に合う機械の調整をしているのだと、自分の助平心を満足させながら、機械を作っているようです。「イクイク男性肖像写真集」これは女性写真家が女性には「イクイク」写真があるのに、男性にはそれがないことに腹を立て、射精時の男の写真を撮ったものです。一枚男のイクイク写真が載っていますが、まったくあほ面をしています。アメリカ人は日本のラブホテルに興味シンシンです。それが本になったのが、「アメリカ人が驚嘆する日本のラブホテルめぐり」部屋の中にブランコがあったりして、アメリカ人はブランコに乗ってsexするのかと妄想たくましくするようです。やっぱり日本人はサルだなと思っていることでしょう。「超重量級女性ヌード写真集」ぶくぶく太った女に興味が沸く人もいるのです。素っ裸ですが肉が垂れ下がって彼女の局所はみえません。一体80万円もするダッチワイフ愛好者の日常生活を写真にしたものもあります。「ダッチワイフ同居生活者たちのお宅訪問」恥ずかしげにもなく写真を撮らしたものです。人形ですから生身の女性より文句を言わない分、付き合いやすいところがあるかもしれませんが、何としても味気ないと思うのはわたしひとりでしょうか?「ヨーロッパの奇人変人観光ガイド」通り一遍の観光ガイドに飽きた人には、いい企画かもしれません。ヨーロッパの王族は近親結婚が多いので、王からして変わった人が多いのでしょう。ここの集められた本は翻訳されていないもので、日本では出版されていないようです。「自家製sexマシーン開発マニア」を図書館で検索しましたがヒットしませんでした。「手づくり棺桶マニュアル」など図書館にあっていいものだと思います。ダンボールで棺桶を作り、そこで寝たりして、そろそろ死の練習をしないといけない歳になりました。
強きをくじき弱きを助けるといわれる日本のヤクザは江戸時代から発生したと思われますが、中国では紀元前の春秋の時代までさかのぼります。義理と人情は何も日本人に限ったことではありません。と、いうか、これももともと日本人の専売特許ではなく、中国から取り入れたものだと思われます。町のチンピラがとうとう中国全土を統一したのが漢の始祖・劉邦です。これ以降たびたび町のチンピラが徒党を組んで、その地域の顔になり、よく行けば領主になることもありました。日本の大名も元を正せば、町のチンピラか強盗団である可能性が強い。他人より肝があるから、いろいろな揉め事や相談事にのり、暴力を背景にして解決していたのでしょう。それが町の親分になり、とうとう領主までなったというのが大名の記歴だと思われます。
元、明、清朝と続く中、明だけが漢人の朝廷ですが、元、清はモンゴル人の朝廷です。つい最近まで中国人の言われる漢人は他国の王朝に支配されていたのです。序列はまずモンゴル人が第一級、第二級が色目人(ペルシャ人など)、第三級が華北の漢人であり、最下層が南人といわれ、江南に住んでいる漢人ということになります。今でこそ漢人主体の国家になりましたが、以前は永らく異民族に支配されていたのです。この時代異民族国家に官吏として受け入れられない漢人の知識人は「小説」や「戯曲」を書いて、日頃の鬱憤を晴らすようになります。それが「水滸伝」や「桃花扇」という傑作に凝結します。
清朝末期中国は列強に国土を蹂躙されていましたが、漢人の中に日本を見習って今の体制を変えていかないといけないという思いに駆られる人がいました。日本に留学し、中国に帰って近代化を目指そうしましたが、保守的な西太后によって潰されます。最終的には日本と中国は敵対するものになりましたが、これも戦争上手な欧米列国によって分断された結果だと思われます。イギリスがアフリカでやったことが現在のアフリカの混乱になっていますが、中国と日本の関係もアメリカやイギリスやロシアの画策でこのようになっていると思われます。アメリカ本土で韓国の慰安婦の像の設置を認可しているのも、この流れの一つです。アメリカは原爆投下の戦争犯罪と言わせないために、韓国に慰安婦を、また中国の南京虐殺をさりげなく開示しているのです。実際にあったかどうかは問題ではなく、自分たちの罪をあやふやにするためにそれらが必要欠くべからざるものになっているということです。
もはや現代では「天に替わって道を行く」といった俠客の時代ではないようです。
テオプラストスは浩瀚な書物を書いたが、残ったのはこの小編の「人さまざま」です。アリストテレスと同学の士で、後にアリストテレスの学校の校長を引き継いでします。テオプラストスの名はアリストテレスがつけたもので、神のように明確に話すという意味があります。プラントンも死んで間もないことであり、アレキサンダー大王が活躍していた時代です。
この時代でも変質者はいたようです。
「淑女に出会うと、自分の外衣をまくしあげて、隠しどころを見せびらかす」(11:いやがらせ)
解説によると、当時でも美人コンテストがあり、それに対してテオプラストスはこう言っています。
「生まれつきの偶然にのみ依存する美しさなどは、名誉に値するものではない。思慮分別が加わってこそ、美はよきものとなる。さもなくば、放埓へ導く危険物だ」
彼は一生独身であったそうで、「愛は無為閑居の魂の病」と言って、異性と付き合うことによる「浮世の煩事」に患わせられることを嫌ったのでしょう。
この「人さまざま」は身内に読まれるために楽しんで書いたということで、これが唯一後世に残ったということは、やはり読まれるものはその中にその人の人なりがよく現れているのが何と言っても親しみをもたらすからなのでしょう。