[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
バルザックをベルサイユの庭園というなら、芥川龍之介は盆栽ということになるでしょう。ぶくぶくと太ったエネルギッシュなバルザックと対照的にヤセの龍之介。龍之介が長編を書けなかった理由がわかるようなきがしてきます。体力的に無理だということと、この本でも書いている通り、細部にこだわりすぎるということで、衒学的教養でみなを驚かしてやろうとするのが見え見えです。たとえば「素戔嗚尊」のなかでスサノウが命令する言葉を「しれい」と書かれています。出雲弁風に模しているのです。出雲弁では本当は「せれ」ですが、みんなに分かりやすいようにと「しれい」としたのではないかと説明しています。また「えらぐ」と書いていて、これは「えむ」(笑う)という意味ですが、使われたのは遠く万葉集時代や平安時代です。大正時代でもわかる人は分かったでしょうが、一般の人は使うことのない言葉です。また「鼠小僧次郎吉」のなかで「ひってん」という言葉を使っています。これもまさしく鼠小僧に生きていた江戸時代に使われていて大正時代ではたいていの人が知ることがないものです。意味は貧乏ということです。このような細かいことに気を使った龍之介はこれだけで精力を使い果たしたのでしょう。これでは時代の潮流を書き留める巨大長編など書けそうにもありません。
もうじき70歳になる私は、この3月の終わりごろ、季節の変わり目に体調がおかしくなりかけました。2,3年前に肺炎になったのもこの時期です。歳をとるごとに季節の変化についていけない体になっているようです。安保先生はこの原因をこのように説明しています。冬から春になると空気が温まり気圧が下がってきます。この気圧の変化が体に影響を及ぼすのです。
「春は、交感神経優位から副交感神経優位へと変化する時期であり、白血球もリンパ球の比率も上がり、顆粒球の比率が下がる変化の時期にとなります」
冬は寒いですから気が張って、交感神経がピリピリとして緊張して過ごしているのでしょう。ところが気温が上がってくると、その緊張感の使い道がなくなり、もてあまし気味になるのではないでしょうか。若いときはすぐさまこの緊張感を解除できますが、歳をとると惰性が続き、その解除ができなくなっているのでしょう。高齢者の自動車運転と同じことです。ブレーキをかけるにしても、とっさにそれができなくなるのと同じことです。このように人間の肉体や精神は地球と連動しているので、「大自然のリズム」にいかに合わせるかが健康の第一条件になってきます。要はお天道様が出ている間によく働き、夜はぐっすり休むということに尽きるようです。
この本と三石巌「医学常識はウソだらけ」の2冊は店のお客さんが貸してくれて物です。感謝します。
どうも文章が持って回った言い方で、一体何を主張としているのかわかりません。科学書ならもっとすっきり結論を出してほしいものですが、どうも人類学は自分自身が関わるものですから、明確に言えないことかもしれません。自分が果たしてどういう人間なのか誰も自信を持って言えないでしょう。前著に「98%チンパンジー 分子人類学から見た現代遺伝学」というものがあり、私も2%しかチンパンジーと変わらないのかと驚いた時もありました。ところがこの本では前著の反省に立っているようで、2%でも5%でも違いしかなくても、遺伝子が作り出す反応の多様性は途轍もない差があり、こうまでも形が違ってきているのだということは、2%か5%しか違わないのだから近隣であると単純に言えないらしいという反省です。人種問題も政治が絡みますから、科学的真実もどうのようにも加工できてしまい、この分子人類学もトラブルの源泉になっているようなところもあります。トランプがアメリカ大統領になり、アメリカナンバーワンとがなりたてていますが、これが白人ナンバーワンともとれないことはありません。白人も黒人も黄色人も遺伝子はちょっとの違いかもしれないが、その表現されたものは全くかけ離れたものになっているということで、そこに新たな優劣が発生するのか、発生を意図しているものもいるかもしれません。
昼間流川を歩いている女子高校生などのグループがいます。ビルの飲み屋の看板を見て、キャキャと騒いでいます。勉強ができなく、就職もできないでも、最後にはここに来ればいいのだという居直り感が漂っています。しかしながら流川界隈もAV業界も女子力の偏差値は高くなり、並みの器量では高給にはありつけません。ただ若ければいいのではありません。容貌、体型、おまけにコミュニケーション能力もそろっていないと、この夜の業界でもAV業界でも生き残ることはできません。規制緩和後の自由競争の世界になってますます厳しさが増しているようです。誰もがなれるが飯を食っていけるのはごく一部だということです。だからこの本のタイトルのように、自慢もしていないがさりとて卑下もしていない言葉振りが出てくるのです。こんなはしたない仕事をして恥ずかしいという気持ちは今も若干残っているかもしれませんが、一旦有名になれば、アイドル扱いになり、テレビにだって出たりします。はしないといっても誰もがやっていることであり、それをおおっぴらにするかしないかだけです。派遣で長時間働いてもまともな生活ができないくらいの賃金をもらうより、秘所をさらけだして多くのカネを得るほうが健康的にもいいかもしれません。親だって、貧乏していれば、娘たちがそういった金儲けに走ることは止められるそうもありません。背に腹は変えられないといった状況で、全てカネのために人間は活動しているということになるようです。安倍総理のいう一億総活躍社会の形成のためには、若い娘たちにだけ甘い汁を吸わしてはいけません。娘たちの母親も「熟女」系のAVに出演し、娘にはない色気を振りまいてほしいものです。
人間は精神がおかしくなるとヘンなものを食べる習性があるようです。弾丸206発も食べた人、ゴキブリを食べた人、針や釘を食べた人もいます。よくマジックでガラスを食う人もいますが、胃袋はどうなっているのでしょうか。また肛門や尿道管にものを差し込む人もいますが、これは性的快楽をえようとしているようですが、フォークなどを尿道管に差し込むのは痛いだけではないでしょうか。変わった人もいるものです。針では、着物のしつけの針が心臓に刺さって死んだ和裁の先生もいます。
心理学でかつてはやった「吊橋理論」なるものは全く根拠のないものになっています。
バンジージャンプなど好んでやるものではありません。これをやって一挙に視力が落ちた女性がいます。何Gかの圧力がかかるので、これが血圧を高めて、網膜に血液が湿潤するのでしょう。サーカーのヘディングも考え物で、これが何回も重なると脳に損傷を起こすという所見もあります。だからボクシングなど命がけの仕事となります。
ロックを聴いた人とクラッシクを聴いた人と非行度の違いを医学論文にした人もいます。読まないでもロックを聴いた人のほうが非行度が高いという結論は推察されます。なにしろロック会場はマリファナやコカインが蔓延する中でやっているようなものですから、非行に走るのは目に見えています。一見当たり前のように見えても、研究すると違ったところも見えてくるということがあります。ロックの会場が非行を助長させるものであるかもしれないが、それ以上につんざく音が脳を損傷さしてまともな行動を取れなくしているのかもしれません。そこまではこの論文では書いていないようですが、もっと研究すれば音によって人格が変わるかもしれないということも考えられます。