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ウィーンでの貧乏絵描きであったヒットラーがあれよあれよという間にドイツの独裁者になり、世界に大惨禍をもたらしたということは、今からまだ100年もたっていないことなのです。1933年、「ボヘミアの上等兵」と、ドイツ人であることを疑われ、からかわれたヒットラーがヒンデンブルク大統領から首相の首班の命を受け、その後12年と3ヶ月あまりに渡ってドイツを主導し、最後には1945年5月ピストル自殺をしました。ヒットラーの個人的な資質もあったかもしれませんが、それ以上に世界の潮流というものがあり、個人ではいかんともその流れを変えることができなく、ヒットラーはその潮流にのっかかっていただけだという気にもなります。ユダヤ世界支配の幻想もヒットラー一人が抱いているものではなく、多くのヨーロッパ人もソ連の人も持っていて昔から各地でユダヤ人排斥が起こり、虐殺されています。この第二次世界大戦ではその規模が最大になったということになります。ロスチャイルド家でも見て分かるように、兄弟を各国に派遣して、国家同士の戦いに介在して儲けていたということはありましたが、ユダヤ人が意思的に国同士を戦わして、漁夫に利をえていたということではなく、たまたまそうなっていたのではないかと、遠く部外者である東洋から見るとそう思えます。ところがユダヤ人と居を接しているユーロッパ人から見ると、すばやく金持ちになるユダヤ人を見ると怨嗟が巻き起こってくるのでしょう。日本だって、在日朝鮮人が金持ちになると、あまりいい気持ちにならないで、なにかにつけてバッシングしようという思いに駆られる人もいるでしょう。最近の中国の成金が慣れない手つきでナイフとフォークを使って分厚いステーキを食っているのをみると、からかってみたり、あと2,3年で中国は崩壊すると言ってみたくなります。もし宇宙人がいて、人間を見ると、何と頭の悪く、性格も悪く、度し難い生物であろうかと思うことでしょう。
本の機関銃射手といわれる斉藤孝が菜根譚を解説しています。プロフィールに著書多数と出ていますが、100以上は本を出しているのではないでしょうか。この本の中でも自分の他の本を宣伝しています。このようにたくさんの本を出している著者の本はあまり読まないようにしていますが、菜根譚という題名のゆえに、解説者の名など気にせず借りたものでしょう。
漢文で名言を凝縮された文章ほど、精神をきりりとさせるものはありません。ここでは漢文の書き下し文で原典をなぞっていますが、それでも簡潔に考え方が凝縮されています。
「醲肥辛甘は真味に非ず。真味は只是れ淡なり。神奇卓異は至人に非ず。至人は只是れ常なり」
これによると激辛というのは料理ではないということです。何事も行過ぎてはいけません。甘すぎても辛すぎてもいけません。ほどほどがいいのです。人間も癖がありすぎると食えない人間になります。「凡」であることの大切さをしみじみ教えてくれる名言です。
「大巧は功術無し」
これも上の名言と関連するものでしょう。平凡の中には長年の鍛錬が潜んでいるという意味です。だから奇を衒ったものを発表するということはまだ修行が足らないことになります。個性重視とやかましくいわれる時代になりましたが、はっきり言って個性などはた迷惑なものはありません。
霞ヶ関のキャリア公務員の話です。東大か有名大学の出身者たちがひしめく牙城で、我々劣等生が手も足も出ぬ世界の住人たちです。これら偏差値の高い人たちは親も偏差値が高いのです。政治家で2世が問題になっていますが、官僚でも親がキャリア官僚なら子もキャリアになっています。もはや小商売の息子や娘など入学できるようなところではありません。年収の高い家庭で幼少のころから周到に仕込まれ、難なく試験をクリアーできる能力を身につけています。かつて庶民出の総理大臣の田中角栄の娘・真紀子が外務大臣になり、外務省の気の入らない官僚を左遷させましたが、真紀子が失墜すると、いつの間にか外務省の人員は元に戻っていました。はっきりいって外務省の官僚たちはこの成り上がりの娘を馬鹿にしていたようです。この外務省ほど、2世3世が多くいて、幼少のときから西欧文化の中に浸り、ワインの味も堪能で、西欧人と伍してもいじけることがない堂々とした態度が身についているのだそうです。小さいときから沢庵をかじり、苦学してやっと外務省のキャリアなど悲惨なものはありません。一本何万円もするワインなど飲んだことがないのですから、ワイン談義などできるはずもなく、外国の要人をもてなすことができないのでノイローゼになるようです。縁故とは言わないが外務省ではやはり親を見て、息子や娘たちを採用しているようです。
これらキャリアたちは嫁を取るのもよく計算しています。本能にまけてどこの馬の骨ともわからぬ非正規のアルバイトの女に手を出しては出世できません。親が大会社の重役か、キャリヤ官僚の娘をもらわないと出世街道からはずれることになります。この霞ヶ関のなかには学閥以上に閨閥が幅を利かせているのです。女をたどっていくと、お嬢様大学を出て、父は一部上場の大会社の役員であり、その兄弟には自民党の政治家がおり、その従兄弟は大学の教授であるといったような係累がゾクゾクと見えてくるのです。
もはや日本は江戸以上の階級社会になったようです。このようなものがデンとして上の収まり、わが世の春を謳歌しているようでは、もうそろそろ明治維新のようなことを起こさないといけないという気にさせられます。当時では下級武士や足軽が階級をシャフルし流動化して新しい考え方を取り入れ発展していったのです。今おつにすましてワイなど飲んでいる連中は元を正せば、これら下級武士や足軽の成れの果てです。もはや伊藤博文のように刀で人を殺したという経験などありません。変にソフィストケイトされ、顔に冷笑を湛えた嫌な人間になりおおせています。今一度日本を変えていこうとする覇気ある人間が出ることを願うばかりです。
合成カフェインが作られて、缶コーヒーや清涼飲料水に用いられています。著者は日本のそれらの製品には合成カフェインが使われていないと書いていますが、ほんとうでしょうか?中国の合成カフェインの製造工場のある街は猫の小便臭いにおいがしているそうです。化学反応にアンモニアを介在しているのかもしれません。合成カフェインは化石燃料からつくられているものですから、茶葉から作られたカフェインよりは、放射性炭素年代測定で「太古の昔」にできた物と測定されます。化学式では、茶葉のカフェインも合成カフェインも変わりありません。致死量は人によって違いますが、大人だったら10グラムで心臓停止になるのではないでしょうか。アメリカでは大型ペットボトルのカフェイン入りの清涼飲料水を飲んで死亡した人もいます。コカインや麻薬などとおなじように中毒性があります。私も仕事をしているときは日にコーヒーを2杯飲みますが、休みは飲みません。なくては困るということはありません。しかし日に5,6杯のコーヒーを飲んだり、合成カフェインが入った飲料水やジュースを飲んでいると知らぬままに中毒者になっているかもしれません。アメリカ国民もそうですがコーラが蔓延している国々ではカフェイン中毒者が自覚なしに中毒者になっていると思われます。カフェインを取るとガンにならないとか長生きするとか言っていますが、いづれにしても多量に取ると毒になるということです。運動選手もカフェインをとっていますが、今のところ違反にならないのでしょう。カフェインをとると眠れなくなるので、睡眠薬を処方されます。現在のアスリートたちは身を削って栄光を手にしているということになります。カフェインを摂取すると、「身体を休ませ疲労を回復する睡眠」を減らすことになるそうです。つまりカフェインは昼間の疲労をその昼間に解消するということになります。自然に体力の回復を待っていては記録は伸びません。カフェインの力でその場で回復し、メダルを狙うということになります。やはりこのような不自然な体の使い方をすれば何かしら不具合が起こることは間違いないようです。