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中国や台湾で春節のとき、福と書いた紙を玄関などに反対に貼り付けています。それを中国語で福が倒れると書いて、「倒」の発音は「到」(やってくる)の同じで、福がやってくるという駄洒落です。共産党主導の中国本土にも駄洒落があるということは、まだ話し合える余地があるということになるかもしれません。清朝時代には漫談家や漫才師がいたようですが、現在そうした芸人はいるのでしょうか?政府批判などしていたら、即逮捕されて、死刑になり、臓器提供者にされるかもしれません。いても当たり障りのない駄洒落を連発しているだけで、おもしろくも何ともないものでしょう。同じ駄洒落で、中国料理で「髪菜」という高級食材があり、これをスープに入れたりしています。「髪菜」の発音は「発財」と同じであり、「金持ちになる」ということで、縁起のいい料理ということになります。いまではこの「髪菜」を取ることは禁止され、日本の沖縄のモズクが代用されています。
テレビのクイズ番組で最も画数の多い漢字は何かというものあり、その答えは龍を四つも正方形にまとめたものです。64画にもなり、読みは「テツ」か「テチ」で、意味は「多言」「言葉が多い」ということです。ワードででるかどうかIMEパッドで手書きを試みましたが、途中で書くのが嫌になり、調べるのをやめました。
NHKの中国講座で「男友力」という「いまどき」中国語を説明しています。これは日本語の「女子力」からきたそうで、「男友」(ボーイフレンド)「力」ということです。漢字の宗主国といえども、小賢しい日本の造語力に影響を受けているに間違いありません。日本人が作った漢字に図書館のことを一字にしたものがあります。口の中に書物の「書」を入れ込んだものです。これは一時中国の辞書にも載ったことがありますが、「一字一音節」の原則で1996年あえなく削除されました。
「放屁」は単に日本では屁をひるということですが、中国ではかの毛沢東もよく口に出していたそうですが、「くそったれ」とか「馬鹿をいえ」という意味で使っています。毛沢東の第二夫人江青も裁判にかけられたとき、裁判官に向かって、「放屁!ニシィクシェマコウトンシ!」(ばかやろう、お前みたいな犬ころ野郎)と叫んでいました。
経営のトップがよくこの菜根譚の文句を引用しています。功あり、名を遂げた人がこの本にはまっている人が多い。松下幸之助も菜根譚について書いている。野球監督の野村克也も本を出している。菜根譚には指導者のあり方を指南しているからであろう。指導者でなくても、この本を読めば、大人の生き方ができるような気がしてくる。やはり男は生きる口実がないと生きられないのかもしれない。菜根譚では淡々と生きていくのが最高の生き方だといっているようですが、人は淡々と生きられないから、菜根譚を読んで、自分のあさましさを反省するのであろう。私もつくづくこれを読んで、70歳になろうとしてもまだ商売して小銭を儲けようとする欲かき男だと思ってしまう。
「人の志は清く欲のない生活を心がけてこそ磨かれるが、人の節操は物欲を享受しているうちに失われていく」
で、前日、私は貧乏なトルコ人の絵描きに550円ほど恵んでやった。カネを貸してくれといたから、私は親切なソマリア人を思い出し、貸すよりは喜捨したのだ。
ことわざにもある。「情けは人のためならず」
遠くトルコから日本に来て、貧乏しているということほど、つらいものはあるまい。本当はこのような善行を吹聴していては、善行の意味はなくなってしまう。人知れず善行を積むのが大人(たいじん)としての風格である。550円で、さもたいそらしげに言うこともあるまいとおもうが、小人のゆえについつい漏らしてしまうのだ。このトルコ人は私の店に来るたびに、みかんやバナナを食ってもいいかと尋ねる。もちろん私は鷹揚に許す。貧窮したトルコ人は、いつ何時(なんどき)自分がそうなるかもしれないのだ。
「年老いて病弱になるのは、若い頃の不摂生が原因である。仕事が勢いを失って起こる災いは、盛時の思いあがった行いが原因である。そのために最も充実した時にこそ、君子たるものは自分に謙虚であり、慎み深くあらねばならない」
カネが儲かってウワウワしたという話より、インスタントラーメンをふやかして食べていたという話のほうが、真実味があって好きです。私自身大儲けしたことはなく、かつては中流だと思っていたのに、いつの間にか現在下流になっていて、病気でもすれば一挙に最最下流に落ちること間違いないといった状況です。私の子供時代は金持の子供もいましたが、金持といったって、飛びぬけた金持ちではなく、大方のものが似たり寄ったりの境遇で、食べているものも大よそ思いがつくもので、キャビアなど食べているなんていう者なんか一人もいません。時たま家にバナナなどがあると、お前の家は金持なんだなと思われていました。ところが平成の今日になると、金持も貧乏人も見かけ上服装にしてもそんなに差がないように思われますが、内実収入は何十倍もの差があり、貧乏人は貧乏を見せないために無理な生活を強いられているということです。我々の子供時代は服でも破れたりするとつぎはぎをしたりしてきていました。つぎはぎしなくてもやぶれたままでも遊んでいました。それをからかうものがいたら、そいつの服を破っていたものです。ところがいまではそのようなことは許されないのでしょう。大方のものが行儀よくなり、他人とはあまり関わりのないような生き方をし、そうかと言って他人よりは異質な生活はできなくて、それなりの体裁を構えないといけないようです。この体裁に結構カネがかかってしまうのです。下流であっても中流の体裁を整えないといけないということは無理がともないます。つぎはぎだらけや、破れたままの服で子供を外に出しては、一緒に遊んでくれる子供など引いてしまい、相手などしてくれません。子供からして親の影響を受け、小さくして体裁を構うような人間になっているのです。慇懃無礼がまかり通る世界は本当に生き辛い世界だと思われます。結局われわれがそういう世界を志向し作ってきたということで、文句のつけようがありません。世界も日本も一部の上流と大方の下流という二極に別れつつあるのですから、上流でないのなら、下流でいてなんでいけないのだと居直ることが必要で、上流に媚びるようなライフスタイルなどとっていてはますます生活が苦しくなるだけです。この本で誰かが言っていましたが、イギリスの労働者階級のように、お前ら(上流階級)がいるから俺らの取り分が少なくなっているのだと堂々と言える考え方にならないと日本は変りません。
これを書きながら私はNHK番組の「ブラタモリ」の録画を見ています。神戸遍をやっています。アイディアとは異なる二点間の橋渡しをするということで、このような「ながら」活動も面白いひらめきをもたらすかもしれません。アイディアという漠然としたものをはっきりさせるためには、やはり言葉がなくてはなりません。言葉とは物事をはっきりさせるものですが、同時にすぐそれから逸脱しがちになります。言葉が意味するものと意味されるものとの間にいくぶんかのズレがあり、その間隙を別の言葉で埋め合わせをするということも度々起こります。「創造力」とか「ブレイクスルー」とかはその埋め合わせが異質なものであればあるほど、高くなるのではないかと思われます。「ブラタモリ」を見ても、何ら革新的アイディアは起こりませんでしたが、番組の中での洋菓子は食べてみたいとおもいました。なぜ神戸で洋菓子が発展してきたかというと、外人が住み、卵や牛乳が手に入りやすくなったせいだということです。ここで老舗の和菓子屋が出ています。先々代の店主がもともと小麦粉と水と少々の砂糖で焼いたカチカチの煎餅を、大量の砂糖と卵を混ぜ、前歯が折れるほどの固さの煎餅をほどほどの硬さに変えてきたという説明がありました。煎餅という言葉も時代によって、変化しているのだとわかります。この柔らかい煎餅によって、かつて日本人の特徴であった強固で出っ張った前歯の形質はなくなったと思われます。明治時代フランス人ビコーが描いた日本人はみな出っ歯でありました。大正、昭和、平成と時代が進むにつれて、日本人から出っ歯がなくなっていきます。ここで忽然として気づきました。神戸の煎餅と日本人の歯の変化に関連性があるという革新的なアイディアが閃いたということに。
ハイドリヒは音楽学校を経営する両親から生まれ、海軍に入るが、婚約不履行の査問で海軍を追われ、もう一人の婚約者の親がナチス党員であったので、ナチスに入り、それからめきめき出世をし、SS(親衛隊)の長官になり、チェコでテロにあい、重症で程なく死んだという経歴の持ち主です。38歳の短い人生ですが、彼のやったことは何百万人ものユダヤ人、共産主義者、身体や精神の障碍者、ゲルマン人の特質を備えていない他国民の殺戮です。戦後も生き延びてイスラエルの特殊警察に捕まって絞首刑になったアイヒマンと比較すると、アイヒマンは殺人マシーンの謹厳沈着の「能吏」といわれていますが、ハイドリヒはSSの中で高い地位を持ちながら、一介の搭乗員として自ら飛行機に乗ってポーランドを攻撃したというくらいですから、より行動的な人間であったのでしょう。アイヒマンの容貌はユダヤ人に似ているとよく揶揄されていましたが、ハイドリヒは、「金髪、碧眼」それに背の高さもあり、まさしくヒットラーの言う人間の頂点に立つゲルマン資質を備えているということです。東洋の哲学者も常々人間思い上がるとろくでもない人間になると言っています。ハイドリヒも若くして他の人間の殺傷権をもつほどの権力をにぎったということで、自分を見失ったのでしょう。ハイドリヒは第一次世界大戦の戦後派で、実際戦闘には参加していません。ベルサイユ会議でドイツに多額の賠償金を課せられ、ドイツがハイパーインフレに見舞われた時代に青春時代をすごしていたのです。日本でも秋葉原事件があったように、経済的弱者は時には社会に手痛い反抗をおこしますが、これがドイツでは国家規模で行なわれたということになるでしょう。世界の序列にヒットラーは反旗を翻し、それに多くの国民が賛同してついていったということになります。
歴史でよく言われていることは、一度あったことはまた起こるということです。今アメリカではトランプが大統領になり、その原動力には没落気味の白人層にあるといわれています。まさしくベルサイユ体制のドイツ人民に比肩されます。KKKの復活か、そこまではないとしても、今一度白人中心主義の政権の奪取ということになるのではないか。再びアパルトヘイトが復活されるような状況になっているような気がしてきます。アパルトヘイトから収容所の概念は近い。メキシコとの国境に壁を作り、アメリカそのものが巨大な収容所になるかもしれません。