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最近大学を出てサラリーマンになるという生き方に疑問を持つ若者が増えているようです。派遣社員や契約社員が増えて、まともな正社員になっても、死ぬほどこき使われるといったことが知られて、本当にサラリーマンの生活が真っ当な生き方か疑問に思い始めているのでしょう。おまけに会社自体も、あの東芝のように泰然自若したものと思われたものが一挙に倒産寸前になるといったものを見ると、どのような大会社であろうとも一寸先は闇であるとわかります。寄らば大樹の陰ということわざも、そのような大樹の元にいたら腐りかけた大枝が落ちてきて大怪我をするとも限りないということに気づいているのかもしれません。かつてはアルバイト禁止になっていた会社も、今では禁止ではなくなり、退職後の退職金など払えないので、各自若い頃から会社を当てにしないで、自ら老後に備えよとのお達しが出ているようでもあります。高度成長時代のサラリーマンは気楽な家業とはいえない状況になっています。
だったら大学4年間で教養を身につけるよりは、実践的な稼ぐ力をつけたほうがいいのではないかという考えが起こります。また大学4年間を過ごしても何ら専門性も持たないサラリーマンになるよりは、自らの手で稼ぐ能力を身につけられる職業を選び取るような傾向になりつつあります。かつては格好悪いと思われた職業が再び脚光を浴びています。魚を獲ることも釣りの好きなものにはたまらない仕事になるでしょう。趣味と仕事では随分違ってくるかもしれませんが、オフィスでパソコンのキーボードを叩くよりは、海の上で網を引くほうが爽快であるでしょう。陸の上で対人関係に悩むよりは、海の上でイカの墨をかけられたほうが健康的であります。
「私は判断を差し控える」とメダルを鋳造した懐疑主義者のモンテーニュではありましたが、やはり時代の制約からはなれることはできず、封建制の領主としての一面を表しています。この旅道中に馬丁を怒りに任せてぶん殴っています。現在では傷害罪に当たりますが、たとえアメリカ大統領のトランプでさえあっても、このようなことをすれば、一気に大統領の地位から引き摺り下ろされるでしょう。
「怒りは、これを隠すと内向する。わたしはそういう賢人ぶった顔つきをするために、心を苦しめるよりは、いくらか時期をはずしても下男の頬げたに一つ食らわしておやりになることをお勧めする。わたしは自分の激情を内向させるよりは、それを爆発させるほうがすきである。・・・わたしは怒るとなると猛然に怒る」(随想録)
自分の感情に素直になることは精神生活にはストレスを溜めないということでいいことかもしれません。現在の民主主義の世界に住んでいる我々から見ると、使用人を殴るということはあってはいけないことかもしれませんが、当時宗教戦争もほとぼりが冷めておらず、虐殺もあり、政治的にいろいろな問題があった時期ですから、いうことを聞かない使用人を殴るということは、ロバに仕事をさせるためのむちくらいに思ってもいいのかもしれません。
イタリアで雇用者を殺した二人の兄弟の死刑執行を見学しています。首を絞めて殺すところでは見物人は何ら声を上げなかったが、死体を切断する時には大きなどよめきが起こったと記しています。五体バラバラにされるともう天国に決して入れないという宗教上の思いがあるのでしょうか?
ボルドーの市長に任命されたという知らせで急遽モンテーニュはフランスに帰りますが、一緒に来ていた20歳以上も違う弟はイタリアで剣術を学ぶために居残ります。当時フランスからイタリアに剣術指南のために留学する若者が多かったと書いています。この弟はイタリア貴族の決闘に助太刀して、牢獄に入れられてしまいます。男の欠点は面子にこだわってすぐ刃傷沙汰になることです。ましてやフェンシングなど学んだとしたら、それを使ってみたいと思うのは若者だったら大いにありえることです。
ホットケーキミックスでホットケーキを作っても、2枚目は食べられません。飽きてくるのです。一回作っても、後何ヶ月も作らないときもあります。ご飯は飽きないのに、ホットケーキは飽きるというのは、ご飯にはおかずがあるということに気づきました。だったらホットケーキミックスとおかずを合体すれば、毎日でも食べられるということで、ホットケーキミックス粉を何ヶ月も放置することもなくなるでしょう。この本ではキムチなども入れて蒸しパンを作っています。そういうことなら白菜の漬物を入れて蒸しパンを作っても一興かとおもいます。料理とは思索や詩作と同じことであり、異なるものを合体させて、今までにないような世界を作り出すことにあります。毎回同じやり方で安定的な味を出すのは商売では必要でしょうが、これでは作ってみても懲役囚人の強制された仕事と思われて、あまり楽しくはありません。うまいかまずいかわからないけれど、今までにないような料理の仕方で作るとなると、どきどき感が出てきます。世の中も、金正男が暗殺されて、劇場化されてきていますから、ますます目をはなせなくなります。料理もこうした劇場化も必要ではないかと思われます。不安定だから飽きることもないということになるかもしれません。
1824年5月7日に「第九」がウィーンで初演されました。このときベートーヴェンは黒のコートを持っていなくて、緑色のコートで演奏会に出ています。入場料で豊かな生活ができると思っていたのですが、数ヶ月間の家賃くらいにしかならなかったそうです。
ベートーヴェンも小さいとき音楽家の父親にピアノを仕込まれて、神童と言われていわれてあちらこちらに引き回されていました。小さい指で大人顔負けの演奏をして、貴族たちを喜ばしていたのでしょう。やがて作曲も手掛けそれを本にして、収入を得ることにもなります。
やがて難聴になり、「第九」を作った頃は筆談でしかコミュニケーションが出来ませんでした。甥っ子やバイオリンニストのシンドラーの世話になっています。後にシンドラーはベートーヴェンとの会話手帳で、自分の都合の悪いところは全部やぶって捨ててしまっています。5月7日の日もこの二人に伴われてベートーヴェンは音楽会場に歩いて行っています。
この「第九」はナポレオンにささげられたものです。フランス革命後のナポレオンの活躍に心酔したのでしょう。「自由、平等、友愛」の宣言は旧体制を壊し、新しい時代の始まりかと思われましたが、ナポレオンが破れ、王政復興のウィーン体制がとられます。しかし19世紀の流れとして、旧態の状態は長く続くことはなく、いろいろなことで世の中が大いに変わった時代といえるでしょう。軸が王族や貴族からブルジョアジーに移ったことです。現在の我々の生活の基本的なものは全てここ時代に根があります。金儲けが主題になり、いささか下品になったが、言われなき階級差もしこたまカネを儲けると、ビートルズのように男爵にもされてしまうことになったのです。