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エヴェレット・カール・ドルマンの経歴は大学卒業して陸軍に入り、国家安全保障局のアナリストになり、ペンシルバニア大学で博士号をとり、アメリカ空軍大学先端航空宇宙学部の教授になったと前書きで自己紹介しています。そこで中堅の軍の士官に歴史と政治学を教えているとのことです。日本でいうところの理系の人ではなく文科系の人であるといえるでしょう。湾岸戦争当時彼はイラクのスカッドミサイル発射基地を探す任務にあたっていたと言っています。
冷戦当時アメリカとソ連は人類を何十回も全滅するほどの核兵器を持ち、お互いに手を出せない状態になり、これは今にも続いています。核兵器はあっても使えない状態です。脅しのシンボルとして核兵器はあるのです。局所的な戦争では相変わらずタンクや機関銃などが主力になっています。そうはいっても最近は戦争のさまが徐々に変化しているようです。特にアメリカは人的資源の保護のために遠隔操作によるドローンやロボットができています。アメリカ国内で、朝、家でコーヒーを飲んだ後、基地に通勤し、ディスプレイの前に座ります。その画面には自動操縦のドローンが映した中近東の砂漠が写っています。そこに一台の車が砂埃を上げながらやってきます。ディスプレイを見ていた課員はミサイルの赤のブタンを押します。車はミサイルに直撃されて、木っ端微塵になります。夕方5時ごろになると、課員は帰り支度をはじめ、やがて家に帰り、妻と子供と楽しい夕食を囲みます。戦争の日常がこのようになっているのです。やがてロボットの師団ができて、これもやがて遠隔操作で機関銃をぶっ放したりして、生身の人間と戦うようになるでしょう。やがて日本の自衛隊もテレビゲーム好きの「オタク」をたくさん雇わないといけない状態になるようです。
ソ連のプーチンもウクライナの内戦で核を使ってやろうと思ったと言っています。アメリカの大統領トランプに核のボタンを任してどうなるのかという心配があちらこちらで出ています。第三次世界大戦が間じかに迫っているような感じがします。
あとがきで、元国税調査官の大村大次郎は高らかに言っています。
「国の盛衰というものには、一定のパターンがある。強い国は、財政システム、徴税システムなどがしっかりと整っている。そして国が傾くのは、富裕層が特権を作って税金を逃れ、中間層以下にそのしわ寄せがいくときなのである。だから国を長く栄えさせようと思えば、税金を逃れる特権階級をつくらないことだといえる」
これだと、もう日本もアメリカも、中国もロシヤも先がないことになるようです。特に日本は水や雪しか資源がなにのですから、今世紀中には消滅するかもしれません。これを見越して日本の金持たちは資産をよその国に隠して、用意万端怠りなく、家族の永続を志しているのでしょう。金もない、そんな術ももたないわれわれは座して餓え死にしかないようです。生物の歴史もそうですが、繫栄の後には衰亡が待ち構えています。日本も一時期世界を揺るがす国であったのです。今やそんな過去の栄光の思い出を抱く老人の国になりおおせています。
今トランプはメキシコとの間に万里の長城を築こうとしています。かつてテキサスはメキシコ領土でしたが、アメリカ人が入植してきて、とうとうテキサスをアメリカに併合してしまいます。今アメリカにはスペイン系が多くいるのですから、やがて大統領選でもスペイン系の大統領ができるでしょう。その時にはアメリカはメキシコになるか、ならなくても国名は「メキアメ」国となるに違いありません。
一方ソ連ですが、この国の男性の平均寿命はウオッカの飲みすぎで長くありません。このような広大な領土に1億人を切れた状態では長く維持できそうもありません。
中国は汚職官僚の蔓延で大村の言うところの、富裕層と貧困層の格差がますます広がり、国家の体を為さないような状態になるようです。
キリスト教系の国と儒教系の国が衰退していくと、やがて再び商売人の宗教・イスラム系の国が再び勃興するかもしれません。
清朝の没落は漢字の重みで潰れたと考えられます。この本でもそうですが、漢字の一つ一つに3000年もの歴史があり、一言言っても漢字ではそれに何百個の注釈がつきます。これでは前に進めません。正しく話すためには数千年もの漢字の歴史を知っていないといけないということは、これを習得するためにだけ時間が取られ、あとは何もできないことになってしまいます。科挙のためにどれほどの有能な中国人が暗記だけの人間になったかがわかります。それだから欧米に侵食され、かつては、物事の道理と文字を教えてやった辺方の蛮人・倭(チビ)・日本人にでさえ、国を荒らされてしまいます。
我々野蛮な日本人は「なに糞」と汚い言葉を発しますが、何千年もの悠久の文化をもつ典雅な中国では「何苦楚」という熟語もありますが、「なに糞」と言っているわけではありません。「何ぞ苦楚せんや」と読み、意訳すればこれほどの苦しみはたいしたことはないということになるでしょう。もちろんこの本の著者はこの「苦楚」の出典を晩唐の詩人杜荀子鶴に見出しています。
「燭は寒酸の影を共にし 蛩(キョウ=こうろぎ)は苦楚の吟に添う」
「洗濯」なる文字も日本では、家事のことや、家電の全自動洗濯機などと使われていますが、中国ではもともと心の問題として扱われていました。宋の蘇軾の詩に、
「但(た)だ凡心をして一えに洗濯せしむれば 神人の仙薬も我に遐(とお)からず」
東大出の銀行頭取の文章の中で「和以貴為」と書かれた扁額の思い出を語っているのを見て、さっそくこの本の著者は「以和為貴」の間違いだと指摘しています。東大の漢文の程度はこの程度かと嘆いています。これを載せた日経新聞も「お粗末」であると苦言を呈しています。意味が取れればいいんじゃないと言っても、中国語専門家には許せないことなのでしょう。
日本人は筆を持って縦書きものを書かないと、月たった2日出て、年収1000万円以上ももらえる、恥じらいのない天下り官僚が出てくるのだと言っています。石川の論点を推察してみると、西洋には神の観念があり、中国には天の観念があります。日本は中国の漢字を取り入れましたが、骨幹の天の観念を取り入れないで、不遜にも聖徳太子は隋の煬帝に「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無きや」という書面を出し、上下のわきまえもない、東海の孤島の田舎ものを晒し出しているということになります。万葉集からして、漢字の取りいれ作業は『洒落や駄洒落、地口落ちや、・・・謎謎など言葉遊びによって生まれた言語であり、いわば日本は「吉本興業」立国なのである』ということで、天の観念など毛頭ない漫才言語になったということになります。このような真摯のない言語では責任の取りようがなく、真面目にものを考えるような言語ではなく、「神は死んだ」と哲学的命題でも、「紙は死んだ」ととらえられ、もはやペーパーの書籍は時代遅れで電子書籍の時代になったのだと、軽くいなされる言語体系になっているようです。このような言語環境で育ってきた我々は責任や責務の取りようがなく、理念もなく、論争の術も知らず、思想も構築できず、ただ漫然と「恥じの文化」に没入し、辛うじて体面を保っているだけです。パソコンで文章を書くなんて、はっきり言って軽薄なものしかできないだろうと言い切っています。パソコンで企画書など出したからバブルが弾け、筆で「泡沫」と書いていたなら、バブルなど起こらなかっただろうと言っています。
行間から著者の苛立ちが感じられます。慰安婦のことをとうとう売春婦ではないかと、思っていても言ってはならぬことを他人の口で語り、まるでその売春婦が「聖女」になり、反日のシンボルになり、韓国人たちのストレスの発散の出口になっている、とのようなことを言っています。韓国のことわざに、「川に落ちた犬は棒で叩け」というものがあるそうです。日本にも犬については「犬も歩けば棒に当たる」というものがあります。日本ではいいこともあるかもしれないし、悪いことも起こるかもしれないという意味になります。でも韓国では犬も食用になるくらいですから、失敗したものはみんなで足を引っ張り容赦しないということになります。まったく韓国の犬になりたくないものですが、韓国では日本人を川に落ちた犬と思っているのでしょう。昨今トランプが大統領になり「フェイクニュース」なるものが蔓延しているようですが、韓国が日本との関連する、朝鮮合併以降の事実を「フェイク」することにかけては、開いた口がふさがらないほど、あっけにとらわれてしまいます。韓国の時代劇ドラマを見て分かるように、政変で破れた両班の妻子たちは奴婢に落とされ、敵対者の手慰みになっています。「川に落ちた犬」のように容赦しないのです。だから過酷に両陣営は闘います。ほどほどがないのです。日本の菅原道真のように、一旦蹴落とされても、むごいことをしたという思いから再び祭り上げられています。日本人には甘いところがあるのです。その点韓国は大陸つづきの国であるので、他民族との軋轢はきびしいものがあります。それがひいては自国民まで及びます。朝鮮では何度も中国やモンゴルや、金に攻め込まれ、蹂躙されています。「環郷女」とは中国に差し出された慰安婦です。「胡水満腹」とはモンゴルの男たちの精液を注がれた朝鮮の女たちをさしています。このような女性たちにこの国の民は対して優しい気持ちなど持ち合わせてはいません。かえって軽蔑しています。日本を叩くか貶めるために、「慰安婦」は存在価値があるのです。聖女になった元慰安婦たちは、マスコミに対して、現在のアメリカ軍の基地にたむろする「洋公主」(アメリカ軍の慰安婦)とはわけがちがうのだと声高らかに宣言しています。クリントンが国務長官であった頃、彼がかつて自国にあった奴隷からヒントを受けて、慰安婦を「性奴隷」のほうががインパクトがあるのではないかと提案したことがありました。大いに韓国はこれを受けてアメリカに慰安婦象を建てて行きます。そのうち、韓国の「洋公主」たちがアメリカ軍によっていいようにされたといって、「洋公主」像を建てる運動をするかもしれません。果たしてそのときクリントンはどう言うのでしょうか?